137:襲撃者の宣戦布告
「あいつらは何者だ?」
レナードは磔にされた者達を見ながら首を傾げる。
レナードの疑問は当然だ。
アリアに拘束された者達は全身黒ずくめで鼻から下はスカーフで覆われており、明らかに普通の者では無い出で立ちをしていた。
「リアーナさん、喋るタイプかな?」
「見た感じ裏にどっぷりと言った雰囲気だな。一人確保出来れば他はいらないだろう。口を割る様なタイプには見えないが念の為だ。レナード殿、それで構わないか?」
リアーナの提案にレナード゛は考える。
「そこは任せる。基本的に盗賊と同じ扱いで良いだろう。この状況なら何か言われてもどうにかなる」
「だ、そうだ」
レナードの答えにアリアは僅かに魔力を込め、十字架から飛び出した棘に一人を除いて命を散らす。
残った一人も鎖で喉を絞められ呻き声しか出せず、両手両足は棘で貫かれていた。
「……えげつない」
カヤはアリアのやり方に静かに吃驚しながら呟く。
処刑に近い殺し方にジョージとダナンは言葉が出ない様だ。
アリアは魔法を解除しながら次の魔法を準備に取り掛かる。
次の標的は気配を露にした襲撃者だ。
襲撃者達はと言うと予想外の反撃に撤退すべきか否か迷ってしまい、その場から動けなかった。
本来であれば半数が殺された時点で任務の失敗と見做して撤退するべきなのだ。
しかし、アリアの未知の魔法での処刑の様な光景に彼らの思考は停止してしまった。
彼らにとってそれが命取りになる。
「響き渡るは懺悔の叫び。天を駆け、狂い回るは嘆きの刃。|裂き狂うは狂う譫妄者の剣」
無数の高速回転する刃がアリアから解き放たれる。
無数の刃は四方八方へ広がり、森の中へ吸い込まれる。
魔法の発動前に襲撃者達は一斉に撤退に動いた。
だが動き始めるのが遅かった。
高速回転する刃は襲撃者達を容赦無く追い詰め切り刻んでいく。
最初に味方が拘束された時点で逃げていれば逃げきれたのだ。
だが判断を誤った。
その結果、彼らは無惨なバラバラ死体となり森に転がる事になる。
「……出番が無かった」
少し拗ね気味に刀を玩びながらカヤは口を尖らせた。
「まぁ、被害が無いだけ良ししたら良いのでは無いでしょうか」
ヒルデガルドがカヤを慰める。
それでも納得が行かないのか刀をクルクル回す。
ヒルデガルドは苦笑いを浮かべるしか無かった。
「アリア、これで全員始末したのか?」
「うん。気配は全部始末したよ」
二人は近場に倒れる襲撃者の一人へ近づく。
だがその瞬間、襲撃者の男が突如、痙攣しながら立ち上がる。
「アリア!」
リアーナはアリアに呼び掛け、二人は武器を構える。
アリアは両手両足を貫いていたので立ち上がるとは思っていなかった。
襲撃者の男の動きは異常だった。
立ち上がったが全身痙攣し、目の焦点は定まらず、ふらふらと揺れている。
「あ……リあ……べル……ん……ノ……と……リあ……ナべ……るンノ……ト」
断片的に喋る言葉にアリアとリアーナが自分達の名前を呼んだ事に警戒を強める。
「お……マえタ……チは……カラ……す……ノ……え……モの……ツぎ……ハ……カな……らズ……」
男は一通り言葉を喋り終えると糸が切れた人形の様に崩れ落ちる。
リアーナとアリアは男の傍へ寄り、リアーナは首を横に振る。
「既に事切れている。何か魔法的な処置を施されていた様だな」
アリアは徐に男の服を捲ると男の背中に紋様が描かれていた。
「大当たりみたい」
「その様だな。狙いは私とアリアか……」
リアーナは追っ手を差し向けられる事は想定していた。
厄介なのは向こうに完全に自分達の所在が割れてしまった事だ。
「面倒な事になった?」
「あぁ……」
アリアの言葉に静かに頷くリアーナ。
離れた所にいたハンナが駆け寄ってくる。
「リアーナ様、アリア様、大丈夫ですか?」
ハンナが二人を心配して声を掛ける。
「問題無い……とは言えないな。ハンナ、私とアリアは烏に目を付けられた様だ」
ハンナはリアーナの言葉に普段では有り得ない程、表情が険しくなる。
「それは由々しき事態です。ベリスを至急、こちらに合流させるべきかと」
「あぁ、そのつもりだ。アリア、今日中にこちらへ来る様に言ってくれるか?」
「分かったよ」
アリア素直に頷く。
「おい、あんたらどうした?」
レナードやカヤもこちらに集まってくる。
「どうやらこの襲撃者の狙いは私だった様だ。すまない。関係無い君達を巻き込んでしまった」
リアーナはアリアが狙われている事を伏せて頭を下げる。
これは怒りの矛先をアリアへ向けられない様にする為だ。
「気にすんな、気にすんな」
レナードは手を横に振り、リアーナに頭を上げる様に促す。
「あんたみたいな高ランクの冒険者だったら気が付かない内に恨まれているなんて珍しくないだろ?そんなの不可抗力だ。こうやってあんたらに守ってもらってるしな」
レナードの度量の広さにリアーナはホッと胸を撫で下ろす。
「ま、それでも申し訳ないと思うなら後で酒でも奢ってくれ」
そう言って笑顔を浮かべるレナード。
「分かったよ」
こう言う気風の良い男は悪くないと心の中で思ったリアーナだった。
「……火を消さなくて良いの?」
和やかになっている所でカヤ周囲の状況を見て、冷静に突っ込む。
全員、しまった、と言う顔をする。
森はあちらこちらから火の手が上がっている。
このままでは森の火事が街へ向かう可能性があった。
アリアはヒルデガルドを見る。
「ヒルダさん、出来る?」
「大丈夫ですよ」
ヒルデガルドはアリアの言葉に首を縦に振り、魔法を発動させる。
「凍結霧」
ヒルデガルドから猛烈な冷気がの霧が広がる。
それは一気に森を包んでいく。
冷気の霧に包まれた炎は徐々に小さくなっていく。
そして暫くすると無数に上がっていた火の手が消える。
「すげぇ……」
「一瞬で鎮火するとは……」
レナードとジョージはヒルデガルドの魔法に驚きを隠せない。
一般的に六級の魔法を使える人間は少ない。
六級の魔法となれば制御の難易度も格段に上がる。
それを難なく扱うヒルデガルドの魔法の力量が高いと言う事。
「ありがとう。俺達の大事な森を守ってくれて」
ダナンがヒルデガルド感謝を述べる。
正直な所、森の火事は諦めるしか無いと思っていたのだ。
あの広範囲を鎮火するのは無理があり、最悪、街の周囲の木を伐採して、街に燃え移らない様にするいしかないと考えていた。
「いえ、そんな事はありませんよ」
「いや、そんな事は無い。あんたらのお陰であの魔物も討伐されたし、森の家事も鎮火してくれた。まぁ……あれは余計だったが……」
ダナンはちらっと事切れた襲撃者に視線を移す。
「それでもあんたらには感謝の思いしかない」
アリアとヒルデガルドはダナンの真っ直ぐな謝罪の言葉に何処か照れ臭そうに視線を逸らす。
こうして森の魔物は退治されたが、プレゼの街は徐々に元の状態へと戻っていくのはまだ先の話。




