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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第三章:闇に沈みし影の刃
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131:今では無い懐かしい思い出

「森に出る魔物についてだ」


 リアーナの言葉に受付嬢の表情が明るくなる。


「もしかして、討伐依頼を受けて頂けるのでしょうか!?」


 そしてカウンターから乗り出しそうになりながら聞く受付嬢だが、リアーナはやんわり窘める。


「落ち着け。受けるかどうかは分からない。まずは情報収集だ。情報が無い事には判断が出来ん」


 受付嬢は取り乱してしまった事に気が付き、少し自らを落ち着かせる。


「申し訳ありません。依頼を受けて頂けそうな高ランクの冒険者の方が少なくつい……」


「一応、魔物について教えてくれるか?」


「はい。その魔物は―――」


 受付嬢が語る内容は元盗賊が言っていた内容と大きな差は無かった。


「相対した狩人からの証言では尻尾を切断したらしいですが、傷口から触手の様な物が蠢き、切られた尻尾の部分だけで動き始めらしいのです」


 受付嬢の言葉にアリアは何処か引っ掛かる所があった。

 切ったら触手が出てきて別々に動き始めると言うのが、自分の記憶に引っ掛かったのだ。


『それって前の街を襲ってきた変な悪趣味な合成獣(キメラ)に似てない?』


『それだ。私も思った。そうすると合成獣(キメラ)?』


 カタストロフのそれを思い出し、少し気持ち悪さを覚えながら頷く。


『その可能性が高いんじゃないかな。特徴の悪趣味丸出しな感じも似ていると思うよ』


 アリアは受付嬢の言っていた事を思い出し、確かに、と心の中で思った。


「アリア、どうした?何か気になる事でもあったか?」


 横で難しそうな顔をしていたアリアに気が付いたリアーナが問いかける。


「う~ん、ちょっとね……」


 アリアはこの場で言うか迷ったが、憶測でしか無いので後で話す事にした。

 リアーナもアリアの曖昧な返事の意図を読み、それ以上この場で聞かない事にした。


「……あの……依頼って、受けて頂けるのでしょうか?」


 少し不安げに受付嬢は尋ねた。


「もう少し情報を集めて仲間と相談してみてだな。期待に応えられなくてすまないな」


 リアーナが頭を下げると受付嬢は慌てて止めに掛かる。


「そ、そんな頭を下げないで下さい!こちらが無理を言っているんですから。それに未知の魔物と言う事でリスクも高いですから……」


 この討伐依頼のリスクは何と言っても未知の魔物を討伐しなければいけない事にある。

 魔物のランクは冒険者にとって一つの安全指標の様な物だ。

 その為、未知の魔物となるとランクが定められていないので自分の力量との比較が難しい為、一般的に敬遠される。

 冒険者も死んでしまっては意味が無いので極力リスクを減らしたいのだ。


 因みに魔物ランクは過去の討伐状況、魔物の生態、被害状況等の色んな要素を考慮して冒険者ギルドの本部で判断される。


「依頼を受けるにしろ受けないにしろ、また来る様にするさ」


「はい」


 リアーナはそう言ってアリアの手を引き、依頼書を見ながら渋い顔をしている面々のっ方へ行く。

 依頼書を物色していたハンナがリアーナが来た事に気が付き、振り向く。


「リアーナ様……」


 少し申し訳無さそうなハンナの様子を察してリアーナが口を開く。


「プレゼからミルベールへ行くのは無理だ。ミルベールで領軍と独立派が衝突したらしく、この先で通行が制限されている―――」


 リアーナは先程、受付嬢から聞いた話を皆へ伝えた。


「いつ衝突するかと噂になっていましたが、それは困りましたね」


 内乱勃発と聞き、暗くなるマイリーン。

 カルピモデナ領の情勢は以前から耳にしていたので起きてしまったかと思ったのだ。


「そうするとハンスさんの帰りの護衛を受けるのが良さそうですね。一旦、ピル=ピラに戻るしかありませんね」


「そうだね。明日にでもハンスさんに相談すれば問題無いかな。多分、問題無さそうだし」


 ヒルデガルドの言葉にアリアは肯定する。


「問題があるとすれば森に出る魔物だね。ちょっとここでは話しにくいから宿を取ってからが良いかな」


 アリアは森の魔物で気が付いた事があったが、憶測でしかないので他の人に聞かれる様な場所で話してはいけない気がした。

 迂闊に森に合成獣(キメラ)がいるなんて情報が流れれば混乱を起こしかねない。


 アリア達は冒険者ギルドで宿舎の空きを確認すると多くの空き室があった為、ギルドから少し離れた場所にあるロッジを一軒借りる事にした。

 プレゼは他の街と違い大型の建物がほとんど無いので、宿舎も一軒家を貸し出す形が多い。

 この一軒家も街の建物と同様に丸太を組み合わせて作られている。


「うわー、凄―い!」


 リアーナが物件の鍵を開けるとアリアが中へ走って入っていく。


「アリア、部屋の中で走るんじゃない」


「だって久しぶりに広い部屋だもん」


 苦笑いをしながら走っていくアリアを窘めるリアーナは何処か優しげだった。


 神殿を脱出してから早九ヶ月。

 神殿から脱出後、ネッタで冒険者登録し、半年程、バークリュール公国で過ごしピル=ピラへ。


 実はアリア達はネッタから直接、ピル=ピラ向かった訳では無かった。

 ピル=ピラへ向かったのはベリスのみだ。

 これは追っ手に偽の情報を流して、追っ手を始末する為だ。

 ピル=ピラへ向かった王国と神教の密偵は全てベリスによって始末されている。

 実はヒルデガルドの出発が早かった場合、アリアと合流出来なかった可能性があった。

 そう考えると中々運が良いとも言えた。


 半年程、国外のバークリュール公国で過ごしたのには訳がある。

 万が一、手配が掛かった場合、国内にいれば当然、追っ手が多く差し向けられる。

 何より気懸かりだったのがアリアの精神状態だ。

 脱出して一ヶ月は毎日魘れ精神的にも余裕が少なかった。

 感情も今程安定しておらず、感情の起伏が激しかった。

 ベリスの時もその影響が顕著に出ていた。

 そう言う事情もあり、ある程度アリアが落ち着いた段階でピル=ピラへ向かったのだ。


 バークリュール公国滞在時はアリアの鍛錬も同時に行った。

 アリア自身、カタストロフの能力を使えば非常に強く、そんじょそこらの冒険者では太刀打ち出来ない。

 しかし、何と言ってもアリアに戦いの経験が圧倒的に少ない。

 それは時には大きな弱点となる。

 リアーナとハンナ、ベリスの三人でアリアに戦い方を叩き込んだ。


 只管、三人との模擬戦だ。

 能力無しで戦うとアリアは三人に全く歯が立たなかった。

 三人はそれぞれ幼い頃から鍛え抜かれた猛者なのだ。

 ちょっと能力を持っただけの素人に負ける道理は無い。

 それでもアリアは復讐と言う目的を糧に必死に食らい付いた。


 模擬戦で三人に負けっ放しで、半年と言う短い時間なので三人に並ぶ技術を持つまでには至らないが、何とか様になる程度には経験を積む事が出来た。


 実際に能力と魔法を使用すれば互角に近いぐらいに戦える。

 アリアは良くも悪くも戦いに於いてはこの世界で唯一、最強の矛を持つ者だ。

 カタストロフの能力で破壊出来ない物は無い。

 だがリアーナはその力に頼る事を恐れた。

 未熟な精神、未熟な戦い方、そこに最強の矛を持つのだ。

 非常にアンバランスな存在だ。

 最強の矛は使い方を間違えれば大きな後悔を生む事になる。

 それを防ぐには色んな事をしっかり妥協せずに鍛えていくしか無かった。


 常々、能力に頼りきりにならない様に教えていた。

 心象魔法の使用を制限している理由の一つでもあった。

 これに関しては見た時のイメージが悪いと理由が半分以上占めていたりするが、少しそう言う理由もあるのだ。


 半年が経つ頃にはカタストロフの言う通り精神も大分安定してきていた。

 とは言っても独り立ち出来る程では無い。

 毎晩では無いが魘れる日があり、魘れた日の朝は少し精神的に不安定になる時がある。

 それでも顕著に違いが現れてきていた。

 それは昔みたいに笑う様になったのだ。

 これにはリアーナもハンナも泣いて喜んだ。

 屋敷にいた頃の、それもお転婆で周りを困らせていた頃のアリアが戻ってきたと錯覚したからだ。

 この時期は色々と大変ではあったが誰もが笑っていた時期だった。


 リアーナは今も同じ様に感じたのだ。

 そんなリアーナの表情をハンナは逃さなかった。

 ハンナも同じ気持ちだからだ。


「アリアちゃん、借りるお部屋だから大人しくして下さい」


 まるでやんちゃな妹に世話を焼く様にヒルデガルドがアリアを大人しくさせるべく追い掛ける。


「アリア様、埃が舞うのでやめて下さい」


 アリアの教育係であるマイリーンも大人しくさせるべく後を追う。


「えー、折角広い部屋なんだから楽しまないと損だよ」


 賑やかな声が奥の部屋から響いてくる。


「何かお屋敷に戻った感じですね」


「そうだな。エマの代わりがヒルダ殿かな?」


「どちらかと言えば昔の私ではないでしょうか?」


「確かにな」


 リアーナとハンナは昔を懐かしみながらその光景を眺めていた。


「アリア様!大人しくしないとお仕置きですよ!」


 マイリーンの鋭い声にアリアははしゃぎすぎたと思い、反射的に走るのをやめてマイリーンの前に正座した。


「走り回って調度品とかが壊れたらどうするんですか」


「……ごめんなさい」


 マイリーンに叱られ素直に頭を垂れて謝るアリア。


「アリアはマイリーン殿には頭が上がらないな」


「本当ですね」


 アリアが叱られている光景も二人にとっては微笑ましい光景に映る。


「また昔みたいにあんな風に生活出来たら良いな」


「はい」


 ハンナはリアーナの言葉に静かに頷き、微笑ましい光景を暖かく見つめていた。




ヒルダ「ふと気付いたんですけど、私がピル=ピラでアリアちゃんと合流出来たのは運が良かっただけだったりします?」


アリア「実はそう。ベリスが対象がピル=ピラにいると分かったからいただけでその情報が無ければバークリュールにいたんじゃないかな。ネッタからピル=ピラに向かう様に見せ掛けただけだから」


ヒ「もしかしたら合流出来ていなかったと思うと辛いですね……」


ア「でも結果的にヒルダさんに会えたのは嬉しいかな」


ヒ「アリアちゃん……」


ア「ピル=ピラで一気に賑やかになったね。マイリーンさんも一緒だし」


ヒ「そうですね。アリアちゃんも楽しそうですよね」


ア「みんなと一緒にいるのは楽しいよ」


ヒ「でも少しマイリーンさんの気持ちが分かりました」


ア「え、そう……?」


ヒ「はい。マイリーンさんがアリアちゃんをいつも必死に追い掛けている大変さを身を持って体験しましたから」


ア「でもそのお陰で痩せたって言っていたから良いんじゃないかな……?」


ヒ「アリアちゃんはもう少し大人しくすると言う事を覚えた方が良いと思います。もう十六歳なんですから」


ア「え、そうかな?」


ヒ「はい。十六歳にもなって部屋を走り回る女性はいません。今後の為にお淑やかな行動も身に付けないとダメだと思います。」


ア「冒険者だからそこまでいらないと……」


ヒ「アリアちゃん、これからマイリーンさんと一緒にマナーのお勉強をしましょうね?」


ア「え、それは流石にもう……」


ヒ「しますから」


ア「ヒルダさん……目が笑ってないよ……」


ヒ「大人しく勉強しましょうね?」


ア「……はい」


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