15:嫌な奴はまたやってくる
午後まで実技試験までは時間はあったが、今日は特にやる事も無かった為、宿舎の食堂でお茶をして、そのまま昼食に移行する形になった。
ギルドの酒場は変なのに絡まれる可能性があったから避けたいのだ。
他愛の無い話をしているとあっと言う間に実技試験の時間になり、アリア達はギルドの受付へ戻ってきた。
「ヒルデガルドさん、本当に大丈夫ですか?」
ミランダが心配そうに尋ねてくる。
「心配して下さって有難う御座います。これでもカーネラルからここまで一人で来れる腕ぐらいはありますので」
「分かりました。それではご案内しますので私に付いてきて下さい」
ミランダに案内され奥への修練場へと向う。
修練場に入ると既に何人かの冒険者が鍛錬の模擬戦をしていた。
壁際の棚には模擬戦用の武器が並んでいる。
模擬戦用の武器は冒険者の安全を考慮して刃が全て潰されている。
それでも怪我が耐えない為、治癒が得意な魔法使いが一名待機している。
アリア達は入口近くにある水晶玉が置いてある机に向かう。
「ヒルデガルドさん、今から魔力適正検査を行いますのでこちらの魔道具に手を触れて下さい」
机に置いてある水晶玉は魔道具で光の強さで魔力量、色で属性が分かる様になっている。
ヒルデガルドは魔道具に手を置く。
その瞬間、魔道具から強い光が溢れた。
色は薄い青の光と茶色の光が交互に明滅した。
光が出たのを確認し、魔道具に置いた手を離す。
「魔力量は申し分の無い量ですね。属性は申告通り氷と土。」
赤は火、水は濃い青、氷は薄い青、茶色は土、緑は風、金は光、黒が闇となっている。
水と氷は厳密には違うが属性に親和性があるのかどちらかの適正があれば使用出来たりするが、上級の魔法になると適正が無いと使えない。
「それでは実技試験の模擬戦です。無理はしないで下さいね」
本人がいくら大丈夫といってもミランダ心配だった。
「大丈夫です」
ヒルデガルドは強い声で応えた。
ミランダに案内された場所に向うと模擬戦用の斧を担いだ大男が待っていた。
昨日、アリア達に絡んできたゴザだ。
「今日の実技試験を受けられるヒルデガルドさんです。こちらが今日の実技試験の担当しますBランクの冒険者のゴザさんです」
ミランダの紹介にゴザの眉が僅かに動く。
ヒルデガルドの後にいるアリア達に気付いた様だ。
「何だ昨日のガキの連れかよ。どうせ盗賊討伐に行くのに人数が足りないから新人で補おうって、魂胆か?それなら大人しく俺たちに譲っておけば良かったんだよ」
アリアはヒルデガルドの実技試験なので腹は立っているが我慢した。
「ゴザさん、そんな言い方は無いと思いますよ。今はヒルデガルドさんの実技試験です。くれぐれも大怪我はさせない様に」
ミランダが間に入ってゴザに釘を刺す。
正直、彼女も出来ればゴザの様な輩を冒険者にしておきたくないのだが、Bランクとなると数が少ないからギルドとしては手放す事が出来なかった。
「ああ、仕事だからな。きっちり実力って、言うのを分からせてやるよ」
ゴザは下卑た笑みを浮かべた。
彼は昨日の鬱憤をアリア達の連れのヒルデガルドで晴らすつもりだ。
だがその行いが彼の心に大きな傷を残す事と知らずに。
「さっさと始めてもらえませんか?あなたが話していると口臭が臭くて鼻が曲がりそうです」
ヒルデガルドの目が据わっている。
アリアはそれを見て明らかにキレる寸前なのが見て取れた。
火に油を注ぐ彼女が心配でならなかった。
魔法が得意なのは知っているが何処までのレベルかは分かっていない。
リアーナは溜息を吐きながら最悪、乱入すれば良いと気楽に考えていた。
「いい度胸じゃねぇか。てめぇなんかが全力出してもどうにもならねぇだろうから全力で来な!」
「えぇ、全力でやらせて頂きます」
ヒルデガルドはゴザの物言いに満面の笑みを浮かべて返す。
二人はある程度の距離を取り、戦闘態勢を取る。
「それでは実技試験を始めます。始め!!」
ミランダが号令を掛けると共にヒルデガルドは手を広げ、魔法を発動させる。
「液化鉄精製」
ヒルデガルドの頭上に艶やかに光る鉄の球体が出現する。
その球体は流動していて液体の塊の様だ。
「てめぇ、魔法使いか?」
ゴザは斧を構える。
「一応、得意ですよ。アリアちゃん達にした事を償ってもらいましょう」
「ハッ!何を言ってやがる」
ヒルデガルドは右手を頭上に掲げる。
「錬成、剣雨」
流動的な鉄の球体は一瞬にして無数の剣に変わり空中を漂う。
その光景に周りにいた冒険者達も息を呑んだ。
冒険者達はこの状態で彼女の取るであろう行動に戦慄を覚えた。
これは単なる冒険者登録の実技試験だ。
だが彼女の揮おうとしている力は明らかに過剰だ。
皆ゴザが虚空を漂う無数の剣に串刺しにされる光景しか浮かばなかった。
「な、何だよ……これは……?」
対峙しているゴザも突き付けられた無数の剣を前に自然と足が後に下がる。
背中には嫌な汗が流れていた。
「それではご覚悟を」
手を振り下ろすと同時に無数の剣がゴザに向って射出された。
「ヒィッ!?」
ゴザは咄嗟に構えた斧で身を隠す。
轟音と共に地面の土が舞い上がる。
周りの冒険者達は佇を飲んで見ていた。
審判役のミランダもその光景に圧倒されて動けなかった。
「……情けない」
ヒルデガルドが小さい声で呟く。
舞い上がった土煙が収まるとゴザが腰を抜かして座り込んでおり、周囲にはヒルデガルドの放った剣がゴザを囲む様にして地面に突き刺さっていた。
ゴザの座り込んでいる地面に水で濡らした跡がある。
余りの恐怖に失禁してしまったのだ。
「分解」
ヒルデガルドの言葉に反応し、地面に突き刺さっていた無数の剣が虚空へと消える。
圧倒され呆然としていたミランダは漸く我に返った。
「そこまでです!ミトさん、ゴザさんの介抱をお願いします!」
ミランダは修練場にいた同僚にゴザの介抱を指示する。
ヒルデガルドはアリア達の方へ戻ってきた。
「問題なく終わりました」
アリアはやり過ぎだと思ったが突っ込むのが少し怖かったので口にするのをやめた。
打って変わってリアーナとハンナは満足気だった。
「アリアちゃんに絡む愚か者はこれで二度と絡んでこないでしょう」
自慢げに言い放つ。
「ヒルダ殿、よくやった」
「ヒルダ様、流石で御座います」
ヒルデガルドを褒め称えるリアーナとハンナ。
リアーナは母親として、ハンナは姉として、ヒルデガルドは親友としてアリアに愛を向けていた。
だがその重さにアリアは苦笑いを浮かべるしかなかった。
『愛されてるんだし良いと思うよ』
どさくさに紛れてカタストロフからも援護射撃。
「ヒルデガルドさん、お疲れ様です」
ゴザの後片付けの指示をしていたミランダがやってきた。
「実力は充分と判断し受付でギルドカードを発行しますので一緒にお願いします」
ミランダに促されアリア達はは受付に移動した。
「Bランクのゴザさんが瞬殺とは恐れ入りました。あれで本人も反省してくれると良いのですが……」
ミランダは溜息交じりに呟いた。
「ではこれがヒルデガルドさんのギルドカードになります。個人の魔力で認証してますので偽造とかは出来ません。ご存知かと思いますが、身分証も兼ねておりますので、紛失しない様に気を付けて下さい。再発行には銀貨十枚必要になります。それではカード魔力を登録しますので、カードに触れて下さい」
ヒルデガルドがカードに触れるとカードが淡い光を放つ。
「離して頂いて大丈夫ですよ」
ミランダは受付の魔道具にカードを置き、個人情報を登録していく。
「これで冒険者登録は完了になります」
ミランダからカードを受け取ったヒルデガルドは物珍しそうにカードを見る。
「通常はFランクからのスタートなのですが、Bランクのゴザさんを一蹴する実力をお持ちなので、実力は問題無しと判断し、Eランクからになります」
通常Fランクでスタートするが実力がある一定以上あると判断された場合にEランクからのスタートが認められているのだ。
優秀な冒険者を下位のランクに縛り付けたくないのとFランクは初心者が多い為、初心者の仕事を奪わない為の措置でもある。
「これはギルドからの提案なのですが、昇級試験を早めに受けて頂けないでしょうか?」
「はい?」
ミランダからの突然の提案にヒルダゲルダから変な声が出た。
ヒルダ「スッキリしました」
アリア「何あの過剰攻撃?」
ヒ「不届き者にはしっかりお灸を据えないと」
ア「ヒルダさんを怒らせないようにしよう(小声)」
ヒ「ああ言うのは何処にでもいるのですね」
ア「所謂テンプレ」
ヒ「少し実力を見せれたので満足です」
ア「よくよく考えたら悪魔の能力が分かっているのはまだヒルダさんだけなんだよね」
ヒ「そう言えばアリアちゃんの能力は何ですか?」
ア「それを教えたら意味無いよ。今後の楽しみだね。暫く私の出番は無いから明かされるのはまだまだ先だね」
ヒ「じゃぁ、ベッドでゆっくりと」
ア「私寝相が悪いから無理だよ」




