129:尋問と異変
アリアがせっせと死体を掻き集めてリアーナがそれをひたすら焼く。
それを二十分程、繰り返すと死体は一通り焼き払い終わった。
その後は周囲の血をヒルデガルドの水の魔法で洗い流す。
死体は焼いても血が周囲に大量にあれば血の匂いで寄ってくる魔物がいるからだ。
普通の街道ではここまでする必要は無い。
この森では少し事情が違ってくる。
余り危険な魔物が多くないと言われている森ではあるが、全く危険が無い訳では無い。
この森に住む固有の魔物、悪食の存在だ。
この魔物は死体を好んで食べる。
生き物を前にしても襲ってくる事は基本的に無い。
しかし、死体を前にすると獰猛で凶暴な性格に豹変する。
死体の近くにいた場合、獲物を横取りする敵と勘違いして襲ってくるのだ。
悪食は普段は人を襲う事が無いのでBランク扱いなっているが、凶暴化した場合、下手なAランクの魔物より危険だ。
その為、森で魔物や盗賊を殺した場合、迅速に処理しなければならない。
死体の匂いに釣られて悪食が集まってくるからだ。
血を水で洗い流したのは血の匂いを街道から外す為だ。
リアーナは盗賊のリーダーらしき男を無理矢理眠らせてヒルデガルドの馬車へ放り込む。
いくら後片付けをしたと言っても悪食が寄ってこないとは言えないからだ。
死体が無ければ悪食が凶暴化する事が無い為、比較的安全だ。
リアーナはハンスに事情を説明し、了承を得た所で急いでその場から離れる。
今回は護衛依頼なので依頼主への危険を極力、避ける為だ。
ハンスの乗っている馬車にはリアーナでは無く、ヒルデガルドが乗っていた。
リアーナが盗賊に尋問する為に前方の馬車に乗っているからだ。
尋問を何故リアーナがするかと言えば尋問が可能なメンバーが少ないからだ。
アリアだとやり過ぎて殺してしまう可能性が高い。
ヒルデガルドとマイリーンはそもそも尋問をした事が無い。
そうするとリアーナかハンナと言う事になるのだが、先頭を走る馬車を操るのは気配に敏感なハンナがこの中で一番適任だった。
消去法でリアーナが行う事になったのだ。
リアーナは先程眠らせた盗賊の男の髪の毛を無造作に掴み、壁へ打ち付ける。
「がっ!?」
男は突然の衝撃と痛みに意識を取り戻す。
「……な、何だ!?てめぇ、何しやがる!!」
手足は縛られ、髪の毛を掴まれている事に気が付き、怒鳴り散らす。
リアーナはそんな声を気にも留めず、男の頭を再び馬車の壁へ打ち付けた。
「ぐぁっ!……さっきから何のつもりだ!?」
「喚くな」
静かに一言を放ったリアーナは掴んでいた男の髪を放し、徐に足を上げた。
足の下にあるのは男の手だ。
躊躇いも無く足を勢い良く下す。
それと同時に骨が砕ける鈍い音と肉が潰れる湿った音が響くが、馬車の音に掻き消される。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!」
男は悲鳴を上げて馬車の床をのた打ち回る。
だが両手両足を縛り上げられており、その様は転がる芋虫だ。
「少し自分の立場を理解したか、盗賊?いやもどきと言った方が良いか?」
リアーナの言葉に僅かに男が反応した。
「盗賊にしてはイマイチ締まりの無い顔をした面々が多い様に感じたからな」
リアーナは馬車から盗賊の面々を見て違和感を感じていたのだ。
盗賊にも関わらず人を襲う事に戸惑っている者が半数近くいたからだ。
人数の割りに殺気が少なく表情を見れ一目瞭然だ。
明らかに人を襲いなれていないのが。
「だからと言って襲ってくる人間に手加減をする事は無いがな」
本来なら様子を見て手加減をしても良かったのだが、アリアが有無を言わせず始末してしまったので、今更どうしようも無い。
リアーナが事前に出方を窺う様に言ったが、余り意味は無かった。
「貴様達は元々は何者だ?」
静かに見下ろしながら問うと男は手を潰された痛みに顔を歪めながらも口を開いた。
「……俺達はプレゼ周辺の狩人だ」
「何故、盗賊紛いの事をしている?」
「……仕方が無かったんだ。森の魔物の生態系が変わって狩人が出来なくなったんだ」
男は暗い表情をしながら言った。
「この辺の森は悪食の生息地だから俺達はあれを狩るのが仕事だ」
悪食は死体食いの魔物ではあるが、肉は食料、、内臓は薬、毛皮は衣服、骨は道具の材料と捨てる所が無い有用な存在である。
特にプレゼでは悪食の肉は普通に日々の食卓に並ぶぐらいだ。
「今年に入ってから悪食が全く現れなくなった。こんな事は初めてだ。代わりに悪食を餌にする魔物が現れたんだ……」
プレゼでは男の様に森で狩人として生計を立てている者が多い。
元々この森に住む者達は森に住む野生動物や魔物を狩り、生活を営んできた。
それは今でも変わらない。
だがその状況がこの半年で大きく変わった。
狩人達の一番の獲物である悪食が姿を見せなくなったからだ。
最初は住む場所が変わったと思っていた。
だが狩人達は異変に直ぐに気が付いた。
森の中で悪食の骨をよく見掛ける様になったのだ。
狩人達が見つける死体は食い散らかされた悪食だった。
悪食は死体であれば同族でも食べる。
故に悪食と言われるのだ。
悪食はこの森でも食物連鎖の頂点に立つ魔物の為、死体しか食べない悪食同士が争う事は無い。
そう考えると他の魔物に襲われたとしか考えられなかった。
そんなある日、街の狩人のグループが大怪我を追いながら命からがら森から逃げてくると言う事が起こった。
周りの者達は運悪く気が荒くなった悪食に襲われたと思った。
だが憔悴しきった彼らの口から述べられた事に周りの者達は困惑した。
何故なら悪食を食べる大型の魔物が現れたと言うのだ。
狩人達は彼らから魔物の特徴を聞くが、この付近では見た事が無い魔物だった。
腐海に接する森なので悪食危険な魔物がいない訳では無い。
特に腐海付近はSランクの魔物が多く生息し、極稀に街の近くで目撃される事がある。
十何年に一度と言う程度なので狩人達は万が一、遭遇したら一目散に逃げる事にしていた。
その魔物は蛇の様な長い胴体を持ち、蛇の頭の部分には無数の人の頭が着いており、悪食をその長い胴体で締め上げて食べていたそうだ。
偶然にも彼らはその魔物に遭遇し、狩人としての長年の経験から咄嗟に退却を選んだ。
だがその魔物は彼らの存在に気付き、猛スピードで追い掛けてきたそうだ。
グループの内の数人が犠牲になり、何とか街まで戻ってきたと言う事だった。
その話に狩人達は戦慄した。
それ以降、悪食がよく現れる狩場でその魔物の目撃する者が増え、悪食の姿を見かけなくなってきた。
それと同時に狩りに出てその魔物に襲われる者が後を絶たなかった。
そんな状況が続けば狩人として生活が難しくなってくる者も出始めてきた。
彼もそんな狩人の一人だった。
リアーナは男の話しを聞き、少なからず嘘を言っている様には感じなかった。
それが正確な情報かは判断が出来なかったが、少なからず森で異変が起こっている事には違い無いと言う事だ。
「そうすると冒険者ギルドへ討伐依頼を出さなかったのか?」
「お飾り程度に依頼は出ている……。狩人達は下手な冒険者より森の中では強いんだ。狩人がやられる魔物に手を出す冒険者なんていない……」
男は暗い表情で語った。
冒険者でも悪食を討伐するとなるとAランクぐらいは無いと厳しい。
この街の狩人はグループで狩りを行うとは言え、そんな悪食を狩る事を生業としている。
プレゼで冒険者をやっている者なら狩人が森で如何に勇敢で強いかをよく知っていた。
「他の街へ応援は呼ばなかったのか?ピル=ピラやハルネートならランクの高い冒険者がいるだろう?」
男は首を横へ振った。
「応援は要請したらしい。でもどっちも自分の街で手一杯でこっちまで手が回せないと断られたんだ……」
男の言葉にリアーナは直ぐに原因が思い当たった。
ピル=ピラはここ数年、合成獣の被害で余裕が無かった。
ハルネートは内乱状態で他の街を気に掛けていられる状況では無い。
森の中にあるプレゼは孤立してしまった。
「なるほど」
リアーナは街の状況を異常を大体ではあるが掴み、元狩人である男の状況を理解した。
「ま、殺しはしないさ。街の衛兵には突き出すが、命があるだけ運が良いと思え」
静かに男へ告げて、馬車内の別室にいるマイリーンへ男の治療をさせた。
一度、馬車を停めてヒルデガルドと交代したリアーナはハンスに男から聞きだした事を伝えて一同はプレゼへと向かう。




