128:森の街道での襲撃
あれから二週間経ち、アリア達はリードル商会のハンスと共にプレゼへと向かっていた。
結局、アリア達はハンスの護衛依頼を受ける事にしたのだ。
あの後、宿舎へ戻ってリアーナにリードル商会での事を話して相談したのだ。
リアーナは手頃な護衛依頼が無く手ぶらだった為、アリアが持って帰ってきた護衛依頼は渡りに船だった。
冒険者ギルドへ行ったリアーナだったが、ハルネート方面の護衛依頼がほとんど無かったのだ。
ほとんどバークリュール、カーネラル、首都のサールナーン行きばかりだった。
何故ハルネート方面への依頼が少ないかと言えば以前に増して治安が悪いからだ。
ハルネートがあるカルピモデナ領は嘗てカルピモデナ公国と言う鉄鉱石、ダイアモンドの輸出で小さいながら力を持った国だった。
しかし、今から百年程前、ダイアモンドを産出していた鉱山からダイアモンドが余り採れなくなったのだ。
それに伴い財政が悪化し、国の運営も傾き始めたのだ。
財政が悪化した状態でまともな運営が出来る訳では無く、都市は荒れ、治安が悪化して行ったのだ。
そこに目を付けたのがファルネット貿易連合国だ。
鉄鉱石は非常に豊富に採掘が可能であり、国力を上げると言う意味でも魅力的だったので当時のカルピモデナ公家に吸収合併の提案を持ち掛けたのだ。
公家はこのままではクーデターが起こり、この地位を失う事を恐れ、その提案を飲み、首長の座を得た。
しかし、一部の国民がこれに納得が行かなかった。
当時の反体制派が独立派に名を変えて独立運動を始めた。
首長である公家はこれを武力で弾圧。
それが溝を深めてカルピモデナ領では領軍と反体制派の小競り合いが続く不安定な地域となってしまったのだ。
その様な状態で治安が良くなる事は無い。
悪化の一途を辿るだけだ。
ピル=ピラの南部に広がる森を抜けるとミルベールと言う街があるのだが、そこから僅か東に行った所にある山間の街、フィエルローラは反体制派が制圧し、拠点としており、ミルベールとフィエルローサの間は定期的に衝突が起きる場所なのだ。
簡単に言えばハルネートへ行くには紛争中の街を抜けなければならないのだ。
これはかなりの大きなリスクで避けたい事だ。
実際、商人達もハルネート方面、特にミルベールを経由するルートは避けている。
その為、ハルネート方面の護衛依頼が非常に少ないのだ。
それに加えて普通の護衛依頼と同様の金額で依頼が出されている事が多く、冒険者もリスクが高い為、手を出さない。
一行は二台の馬車に分かれて鬱蒼とした森を進む。
先頭はハンナ、ヒルデガルド、マイリーンが乗ったヒルデガルド所有の馬車。
後方の馬車にアリアとリアーナがハンスを護衛しながら乗る形だ。
ピル=ピラとハルネートの間に広がる森は嘗ては迷いの森と呼ばれていた。
それまではハルネート方面へ行くには森を大きく迂回し海岸沿いを通っていた。
今はハルネートまで馬車で五日程で行く事が出来るが、以前は二週間も掛かっていた。
この森を縦断する様に街道が出来たのは三百年前、ミルベールの商人が森の中にある集落を結ぶ形で交易を始めた事がきっかけだった。
森にはいくつか人が住む集落があったのだ。
人の行き交いが増えれば自然と道が必要となり、徐々に整備されていった。
それでも馬車が通れる様になったのはここ百年程の事でそれまでは徒歩と馬や牛を使った移動だった。
平野に道を作るのとは違い、森は木があり、馬車を通す道となれば木の根も除去せねばならず整備に多くの時間が掛かってしまうのだ。
このピル=ピラ~ハルネート間の開通はハルネート側の人々は大いに喜んだ。
今までは街道の行き止まりだったのに対して中継点となるので、今まで以上に人が行き交うようになり街の発展に期待したからだ。
当時はダイアモンドが豊富に採れていたのでピル=ピラやバークリュールへダイアモンドを輸出し、街が発展していくと思われた。
しかし、ダイアモンド産出量減少に伴う国の財政悪化により一気に悪い方向へ進んだ。
アリアは護衛と言う事で大人しくハンスの向かいでリアーナと一緒に姿勢を正して馬車の席に着いていた。
落ち着きの無いアリアと言えど仕事なのでしっかり護衛の仕事を全うしている。
ただ座っているだけでは無く常に悪意のある気配が近くにいないか探っている。
『と言ってもほとんど僕の仕事なんだよね』
自嘲気味にカタストロフが言った。
『いきなり何を言ってるのさ?』
『気分だよ。気分。それより前方に気配が複数あるよ。悪意が微妙な感じだけど多分、盗賊じゃないかな?待ち伏せって感じだし』
アリアの表情が引き締まる。
『具体的に何人でどんな配置?』
『街道を挟む様に右に六人、左に五人、木の上に二人。木の上は狙撃要員っぽい感じかな?』
アリアの変化にリアーナが気付いた。
「アリア、何かあったか?」
カタストロフとの会話を止める。
「前方に十四人程の集団が街道を挟む形で潜んでいる感じ。多分、盗賊だと思う。ハンナにも伝えた」
カタストロフ経由であれば悪魔同士、念話で連絡が可能なのだ。
その為、ハンナへの連絡はカタストロフからバジールを経由する事で伝達している。
「と、盗賊ですか?」
ハンスが盗賊と言う言葉に少し怯える様な反応を示す。
「雰囲気的にそんな感じかな」
アリアは怯えるハンスとは対照的に気楽に返す。
「リアーナさん、私が魔法でまとめてやってしまって良い?」
「ヒルダ殿に任せた方が無難じゃないか?」
リアーナは人前で心象魔法を使うのは避けるべきと考えており、比較的融通が利きやすいヒルデガルドに任せる方が良いと考えたのだ。
「私の方が正確に距離を測れるし、地味なヤツにするからダメ?」
アリアは上目遣いでリアーナを見る。
心象魔法を使う機会が全く無かったアリアだったのでここなら森の中の街道なので多少、使っても問題無いと思ったのだ。
そしてリアーナはアリアのお願いには弱い。
「……分かった。盗賊はアリアに任せよう。一応、違うかもしれないから出方は窺う様にするんだぞ」
「うん、分かった」
アリアは頷き、御者の横へ移動する。
「アリア様だけで大丈夫なのですか?」
ハンスはアリア一人で対処する事に不安を感じリアーナに尋ねる。
「盗賊程度ならアリア一人で充分です。寧ろ過剰とも言えますね」
リアーナは迷い無く断言した。
「一応、私とアリアとハンナはSランク、ヒルダとマイリーンはAランクですので安心して下さい」
護衛の面々のランクを改めて聞き、胸を撫で下ろすハンス。
「ですが何かあると行けませんので、馬車からは決して出ない様にして下さい」
「そうですね」
ハンスは馬車の席で自らを落ち着かせて護衛に対処を任す。
御者席に移動したアリアは御者に盗賊がいる旨を伝えて周囲を警戒する。
馬車は徐々に敵意が潜む地点へ近付いていく。
速度を落とさず馬車を進める。
カタストロフが殺意に一早く気が付く。
『木の上から殺気が二人。仕掛けてくるよ』
カタストロフの予想通り、潜んでいた盗賊が弓を番えて一斉に馬に狙いを定めて矢を放つ。
アリアも予想したいた事態なので慌てずに対処する。
「光障」
馬車二台を囲う様に結界を張る。
矢は結界に阻まれ虚しく地に落ちる。
それと同時に盗賊達が一斉に街道脇の木陰から姿を現し、武器を手に一斉に襲い掛かってくる。
アリアは馬車の上に陣取り、両手を広げる。
先に攻撃してきたのが相手なので様子を伺う必要は無いと判断した。
「罪過の代償は血、此処に裂き狂え、暗澹に潜みし剣舞」
盗賊達は魔法を詠唱するアリアへ注目し、足を止める。
アリアの背後に無数の魔法陣が出現し、それに気を取られてしまったからだ。
だがその停止が命取りだ。
アリアの口元が三日月に歪み、嗤う。
「|裂き狂うは狂う譫妄者の剣」
力ある言葉がアリアの口から放たれた瞬間、魔法陣から無数の回転する刃が射出される。
高速で回転する刃は弧を描きながら盗賊へと向かっていく。
「な、何だ!?」
リーダーらしき男が突如放たれた魔法に動揺する。
「ぐぁっ!!」
「ぎゃぁっ!!」
周囲から高速回転する刃に切り刻まれた盗賊の悲鳴が上がる。
何とか飛来する刃を弾いたり避けたりする者もいるが、別の方向から飛んでくる刃を受け、地に伏していく。
気が付けばあっと言う間に街道には無数の盗賊の死体が出来上がっていく。
死体の中に腰を抜かして動けなくなっている男がいた。
盗賊のリーダーと思しき男だ。
一応、尋問する為にアリアはその男を生かして残しておいたのだ。
周囲が静かになるとリアーナが馬車から出てくる。
それと入れ替わるようにヒルデガルドが馬車へと乗り込む。
誰もハンスの護衛をしない訳には行かない。
リアーナは辺りを見回して溜息を吐く。
「……全く、随分と派手にやったな……」
馬車の周りには無数の盗賊だった者達の細切れとなった死体が散らばっていた。
リアーナの溜息の理由はこれの後片付けの事だ。
街道で殺した魔物や盗賊等の死体は原則、焼却するか街道脇に埋めなければいけない。
何故なら街道に死体を放置すればアンデッド化の恐れもあるし、死体に魔物が群がってきて街道の安全上、問題となるからだ。
大型の魔物みたいにどうしても処理が出来ない場合は最寄の街の冒険者ギルドへ報告しなければならない。
この場合は冒険者ギルドが代行してその死体を処理する事になる。
大型の魔物の死体の撤去は緊急案件として扱われ報酬が高めに設定される。
街道を行く人に被害が出ない為にも迅速に処理する必要があるからだ。
「これは私が燃やすパターンか……」
少しうんざりした表情で溢す。
このメンバーの中で一番、死体処理に向いているのは火を自在に操る事が出来るリアーナだった。
そんなリアーナを尻目にアリアはリーダーと思しき男を縄で締め上げていた。
リアーナは再度、死体を見回し、また溜息を吐き、死体を順番に燃やしていくのだった。




