127:ワイバーンイーター実食
アリア達はリードル商会の建物内にある厨房にいた。
ここは従業員用の食堂で商会の建物内に併設されている。
魔物の素材と取り扱う商会となれば魔物の解体を行う専門の職人や鑑定士、それに加えて素材の加工も行っている事もあり多くの人が働いている。
リードル商会はピル=ピラでも魔物に関する素材の取り扱いは街でも一二を争う規模の大きさを誇る。
店先には並ぶのは低ランクの素材は当然ながらワイバーンやサラマンダー等のBランク以上の魔物の素材も並ぶ。
ここではBランクの魔物素材であれば常に在庫を確保している。
これはギルド以外にも魔物の素材を入手する伝手がある事を意味する。
ギルドに買い取られた魔物の素材はギルドで行われる競りで落札して入手するしかない。
人気のある素材は常に取り合いでどうしても仕入れ価格が高くなってしまう。
リードル商会では個別に冒険者を雇い入れて魔物の素材を調達しているのだ。
ギルドを介さない事で仕入れ価格を抑えて、他の商会との価格競争でリードしようと必死で、それ程までに商会同士の競争が激しいとも言える。
これはこの街ならではの事情もある。
ピル=ピラは南に大きな森を抱え、森はアドレナール山脈が途切れる高ランクの魔物が住むミドラ高原の南部と隣接しており、この付近は他の地域に比べると魔物の平均ランクが高めなのだ。
理由としてはミドラ高原にある腐海と呼ばれる腐った水が溜まって出来た湖から吹く風の影響と言われている。
この風は常に東から西に吹いており、その風に釣られて魔物が森に来ると考えられている。
ミルマットの街はこの風のお陰で危険な魔物に襲われないとも言える。
交易の要衝、周囲の魔物強さもあり、ピル=ピラは冒険者の活動が非常に活発なのだ。
それだけ多くの魔物の素材が持ち込まれる。
商会は如何にそれらの素材を安く確実に入手するかが肝となってくる。
その為、高ランクの冒険者との繋がりは喉から手が出る程欲しい物で、アリアと懇意に出来るのは商機なのだ。
高ランクの冒険者ともなれば当然、討伐する魔物もランクが高い。
Sランクの魔物ともなれば恐ろしい金額になり、購入希望者も殺到する。
武器や防具の素材になる物であれば冒険者や国の武将、装飾品向きの物であれば貴族や豪商、薬になる物であれば国が、と言った形で引く手数多なのだ。
厨房の作業台の上にはワイバーンイーターの脚が無造作に一本置かれていた。
この場にいる人間の反応は二つに分かれていた。
アリアやハンスの様に興味津々で意気揚々とワイバーンイーターを眺めている者。
ヒルデガルドとマイリーンの様に蜘蛛の脚を本当に食べなければいけないのかと戦々恐々としている面々だ。
商会の人間も商売柄とは言え後者の様な反応する者も少なくは無い。
「取り敢えず一本、出してみたよ」
「アリア様、何処を食べられるのですか?」
「殻は外して中の白い繊維状の身だよ」
アリアは脚の付け根から覗く白い身を指す。
ハンスはふむ、と頷きながら一人の職人を呼んだ。
「ペト、毒の判定を頼む」
ペトと呼ばれた青年はナイフで白い身を削いで手に持つ箱の中へ入れる。
「あれは何?」
「毒の有無を判定する魔道具です。これで魔物の毒の有無を調べるんですよ」
へ~、とアリアは興味深そうに魔道具を見た。
魔物の素材を扱う商会では必需品と言える魔道具だ。
この魔道具は非常に高価で普通に手に入れるのは困難な物で、主に王宮や貴族の毒見代わりに使用されている。
魔物の素材を扱う場合、特に食用の魔物肉と薬になる材料を販売する場合はこれを所持している事が必須となる。
所持していない場合、認可が下りないのだ。
特にファルネット貿易連合国では国が一部の商売に関する認可を厳しく管理している。
魔物の肉に関しては過去に毒のある魔物の肉を食用として販売した商会があり、その事件以降、認可制となったのだ。
これはその時の教訓から来る制度だ。
この制度は国民の安全の為と言う事で各国で取り入れられている。
「会頭、毒はありません。食用にしても問題ありません」
「分かった」
ペトの報告にハンスは満足そうにした。
「殻を外す事は出来るか?」
「はい。少々、お待ち下さい」
ペトは腰から提げているナイフの一つを取り出す。
彼は魔物の鑑定士ではあるが、解体も必要に応じて行うので解体も問題無く出来るのだ。
「もしかして極硬鋼と精霊銀のナイフですか?」
ヒルデガルドが興味を示したのはペトの使うナイフだった。
「はい。Aランク以上の魔物になると精霊銀のナイフでも解体が困難ですから。あれであればマーダーウルフも解体出来ます。アリア様達が待ちこんだマーダーウルフもギルドの依頼で当商会で解体しましたので」
冒険者ギルドの解体技術は優れているが、設備が一番、整っているかと言えばそうでは無い。
冒険者ギルドで手に余る魔物の場合は専門の商会へ依頼する事もあるのだ。
ペトは迷い無い手付きで殻から身を剥がしていく。
あっと言う間に身と殻が分けられた。
「殻が無いと蟹に似た身ですね」
ハンスは興味深そうに身を手に取って見る。
「味も似ているかな」
「まずは味見がてらシンプルに塩で炒めてみましょうか」
ハンスの言葉に従い、使用人らしき女性がフライパンに油を敷いて、ワイバーンイーターの身を炒める。
徐々に香ばしい香りが漂ってくる。
「これは期待出来そうです」
ハンスはその匂いに期待に胸が膨らむ。
アリアはもう食べたくて堪らないのかそわそわしている。
ヒルデガルドとマイリーンは怪訝な目でその様子を見ながら何とか食べるのを回避出来ないかと必死に考えている。
使用人の女性が炒め終わったワイバーンイーターの身を皿に盛り付けていく。
「それでは食べましょうか?」
「うん!」
ハンスの言葉にアリアは待ちきれないと言わんばかりに元気に返事をする。
その手には既にフォークが握られている。
アリアは迷わずワイバーンイーターの身を口に運ぶ。
ハンスもゆっくりとその身を口に運び噛み締める。
そんな二人を余所にワイバーンイーターの姿が頭に過ぎり手が出ないヒルデガルドとマイリーン。
「美味しいよ。メイルスパイダーより美味しい!」
「これは美味しいですね。蟹と違って強めの歯ごたえですが、噛めば噛むほど甘みと旨みが出てくるこの感じが有りです。ペト、あなたも食べてみなさい」
ハンスの命令でペトもワイバーンイーターの身を食べる。
「もぐもぐ……これは予想外です。味は普通に売って良いレベルです。食感も面白いのでハマりそうですね。ただ、見た目の抵抗感が強いのをどうするのかは考えないといけません」
ペトはそう良いながら尻込みするヒルデガルドとマイリーンの方へ目を移す。
「ヒルダさんとマイリーンさんは食べないの?美味しいよ?」
アリアは美味しいのに何で食べないのか不思議そうに二人を見て首を傾げる。
二人は意を決して恐る恐る口へ運ぶ。
「あれ?意外と美味しいです」
「そうですね。お酒と合いそうな気がします」
いざ食べてみるとその味に美味しそうな表情を浮かべる二人。
食べてみるとその味は嫌いな物では無かった。
「酒か……加工して珍味として売り出すのも手か……」
ハンスはマイリーンの零した言葉をしっかり拾っていた。
既にハンスの中では商品にする気になっていた。
「乾燥させるか燻製ですかね?」
「これだけ旨みがある食材だから乾燥させてスープの出汁に出来そうですね。アリア様、因みにメイルスパイダーもこの味に近いですか?」
「これよりはもうちょっと味が薄いけど似た感じかな」
「なるほど……」
ハンスはメイルスパイダーなら庶民や冒険者向けの携帯食料に出来ないかと考えていた。
具にもなり、出汁にもなる食材であれば塩漬け乾燥させてお湯を入れるだけで簡単にスープを作る事が可能だ。
ワイバーンイーターは味としては文句は無いがAランクの魔物なので討伐難易度が高く安定供給するのは難しい。
なので森や草原に多く生息しランクも低いメイルスパイダーであれば代替が可能ではないかと考えたのだ。
そうすれば安く安定して供給が可能だ。
「他に調理してみましょうか?」
物足りなさそうにワイバーンイーターの身を見つめるアリアに気が付いたハンスは他の料理法も試してみるかと聞いてみる。
「うん!」
アリアは嬉しそうに首を大きく縦に振る。
簡単なスープ料理やサラダ、揚げ物等を作り和気藹々と珍味の試食会となった。
常に満足気な表情で美味しそうに食べるアリアの姿がそこにあった。
試食会も終わりに近づくとアリアはお腹をポンポンと叩きながら満足気だ。
メイルスパイダーはかなり前に食べた以来でワイバーンイーターは予想以上に美味しくてつい食べ過ぎてしまった。
アリアは自分のお腹を摩りながら少し膨らんだお腹の感触を感じながら食べ過ぎた事を少し反省していた。
横目でちらっとマイリーンを見ると目が合い、その視線はアリアのお腹へ注がれていた。
そしてマイリーンはニコっと笑顔を返し、冷や汗が止まらないアリア。
笑顔だが、その視線は明らかに後でお説教と言う意味が込められており、ここを出た後を考えると憂鬱な気分になった。
ついつい食べ過ぎてしまった事を後悔するアリアだった。
最初は抵抗感があったヒルデガルドとマイリーンだったが、一度口にして美味しい事が分かると他の料理も普通に食べていた。
見た目のハードルを乗り越えれば悪くないのだろう。
「アリア様」
マイリーンのお説教が待っている事になっているアリアにハンスが声を掛ける。
「ん?」
アリアはハンスの声に現実へ戻ってきて振り返る。
「もし可能であれば変わった魔物やランクの高い魔物を気が向いた時にでも良いので買い取らせて頂けないでしょうか?」
アリアはハンスの言葉に少し考える。
討伐した魔物を買い取ってくれるならギルドだろうがハンスだろうが構わないのだが、その為にピル=ピラに来る訳には行かない。
それにリアーナに聞かずに決めてしまって良いのかが分からなかった。
「多分、大丈夫だと思うけど、この街に寄る機会が多くないから寄った時にそう言う魔物がいればと言う程度になるよ?」
偶になら良いだろう、と勝手に判断した。
ハンスの言葉を聞いたのはワイバーンイーターを調理してくれたお礼もあった。
「それで構いません。頻度は多いに越した事はありませんが、我々としては希少な魔物を手に入れられると言う事が大事なのですよ。Sランク以上の魔物の素材や希少な魔物の素材を扱う事は魔物を扱う商会にとっては一つのステータスなのです」
魔物を扱う商会にとって取り扱う魔物のランクはその商会を表す指標だ。
高ランクの魔物を扱う商会イコール設備が充実しており、腕利きの職人がおり、資金力もあり、品質も良いと言う事になるからだ。
特にAランク以上の魔物になると設備や専用の道具が無いと解体出来ない魔物も非常に多くなるのだ。
マーダーウルフにしても精霊銀のナイフ程度では刃が入らないので解体すら出来ない。
魔物によっては解体の手順を間違えると素材の質が落ちたりする。
低ランクの魔物を扱う商会が良くないかと言えばそうでは無い。
ランクが低いと言う事は素材の値段が低いと言う事で需要が高い。
食肉に関しては特に需要が高い為、低ランクの魔物の肉を専門に扱う商会もあるぐらいだ。
そう言う商会は低ランクの魔物のみに絞る事により職人の質を安定させ、解体効率を上げて数を売る事により利益を上げている。
「そうなんだ。暫くはここから離れるから持って来れても大分先になるよ」
「そこはアリア様達のペースにお任せします。因みに次はどちらへ向かわれるのですか?」
「一応、ハルネートかな。移動ついでに護衛依頼が無いか探している最中」
ハンスは顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
「どうかしたの?」
「いえ、もしアリア様達がご迷惑でなければ二週間後なのですが、私がハルネート方面にある街のプレゼに行く予定がありまして、もし宜しければ護衛頂けないかと思いまして」
ハンスの提案に三人は少し考える。
「ハルネート方面へ行くにはプレゼは森の中継地点の街なので悪くは無いですね」
「悪くは無いけど、リアーナさんに聞かないとダメだよね?」
「リアーナ様が別の依頼を受けておられたら面倒ですから。ハンスさん、この件の回答は明日でも宜しいですか?」
「えぇ、出発までまだ時間がありますから大丈夫ですよ」
ハンスはマイリーンの確認に問題が無い旨を返す。
「じゃ、明日、またここに来れば良い?」
「はい」
アリアは明日に返事をする形にして今日は宿舎へ戻る事にした。




