126:リードル商会での一幕
アリア達はハンスに案内され、ハンスのお店にある応接室へと通されていた。
案内される途中、店内に並ぶ品を見ていたアリアだがどれも高値が付いており、この店が高級店だと言うのは直ぐに分かった。
今いる応接室も調度品もそうだが、部屋の雰囲気、座っているソファーに机にしてもリアーナの屋敷に置いてある物と並ぶぐらいの品々だ。
アリア達に香り高いお茶が振舞われ、三人は戸惑いを隠せない。
「すみません。突然、お声を掛けてお時間を頂いてしまって」
三人はハンスの勢いに負けて成すがままこの場に来ていた。
「一度、マイリーン様とはお話をしたいと思っておりまして。偶々、私のお店を見ておられたのでつい……」
ハンスは少し照れ臭そうに笑う。
「それにマイリーン様は以前から知っておりましたし、治療して頂いた事がありますので」
マイリーンはそう言われて記憶を辿る。
一生懸命思い出そうとするが、ハンスの顔に覚えが無かった。
神教の教会は治療院としての役割も大きく治療を求めて来る者が多く、マイリーンがその顔を思い出せなくても仕方が無いとも言えなくも無い。
「お気になさらないで下さい。マイリーン様はいつも毎日忙しいのにも関わらず住民の治療に当たられていたのですから」
日中は治療、夜になれば書類作成や各種報告書の確認等、やる事が多く働きすぎと心配されるぐらいだった。
ハンスはそれを充分に理解していた。
「そう言って頂けると嬉しいです」
マイリーンは感謝の言葉とは裏腹に自分の未熟さを思い出し、少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「あなたの様な神官がこの街おられたのは街に住む者として非常に誇らしい事です」
ハンスの言葉にアリアは頷き、マイリーンは褒められすぎて何処か落ち着かない。
「ハンスさんのお店は色んな物を取り揃えておられるのですね」
マイリーンはこれ以上褒められるのは色々と照れくさいので話題を変える。
「えぇ、私の商会は魔物の素材を専門に取り扱っております。マイリーン様がギルドに出されている卵も非常に人気で入荷次第売れてしまいます。体も商売の面でもマイリーン様に足を向けられませんな」
ハンスは笑いながら言うがマイリーンはそっちでも褒められるとは思わず苦笑いを浮かべる。
「皆さんがランクの高い魔物を倒されているので我々も非常に助かっておるのですよ。以前にマーダーウルフの毛皮を扱わせて頂きましたが、あれは私の代で最高の品でした」
マイリーンはマーダーウルフの事は知らなかったので首を傾げる。
「確かそちらのアリア様が討伐されたと聞いております」
「そうだよ。毛皮なのに硬くて大変だったよ」
アリアはマーダーウルフとの戦いを思い出す。
マーダーウルフの毛皮は非常に硬く、そこいらの剣では全く歯が立たない。
精霊銀製の武器でも刃が通らないぐらいだ。
アリアの場合、カタストロフの能力があるので毛皮の硬さは問題では無かった。
実際は心象魔法で拘束して破壊の能力で首を落としただけだ。
大変そうに言っているが苦戦していないのだ。
過去に非常に大きい被害を出しているSランク超えの魔物なので大変だったと言う事にしているだけだった。
「最近、ランクの高い魔物を討伐していたりしませんか?」
「ほとんどBランク以下が多いかなー。あ、一匹だけAランクいるかな」
「ほう……それはどんな魔物でしょうか?」
Aランクと言う言葉にハンスの目が光る。
アリアが討伐した魔物に興味津々だ。
「ワイバーンイーターだよ」
アリアの挙げた名前にハンスは感嘆の声を上げる。
ワイバーンイーターはワイバーンを好んで獲物にする蜘蛛の魔物だ。
ワイバーンを狩るだけあり、体躯が大きく、その牙にはワイバーンを一撃で仕留める程の猛毒がある。
糸を出さないタイプの蜘蛛の魔物だが動きが素早く、針の様な毛を飛ばすのでかなり危険な魔物である。
「流石です。Aランクの冒険者でも危険度が高いので敬遠されがちな魔物なので滅多にお目に掛かれないのですよ。そうするとギルドに買い取りに出されたのですか?」
「うん。あ、でも脚は持っているかな」
アリアの言葉にヒルデガルドとマイリーンは顔を引き攣らせる。
「脚だけとはまたどうして?」
「美味しいかな、と思って」
アリアはワイバーンイーターの脚を食べるつもりだったのだ。
蜘蛛の魔物と言う事もあり、二人は食べるのに大きな抵抗があった。
「ふむ……確かに蜘蛛の魔物の脚は食べられますね。買う客がいないので市場には出回りませんが」
ハンス自身が食べた事がある訳では無く、知識として知っているだけなので、美味しいかどうかは分からない。
虫系の魔物は見た目の抵抗が大きいので敬遠されている。
そう言う意味ではハンタータームの卵は非常に珍しいと言えた。
「やっぱ食べられるんだ!?皆酷いんだよ。見た目だけで判断するんだもん」
此処に活を見出したと言わんばかりに喜ぶアリアとは反対に余計な事を言ってくれたと言う厳しい視線を向けるマイリーンとヒルデガルド。
振舞われる身になってみろ、と言いたい気分だった。
「虫系の魔物を食べた事があるんですか?」
抵抗が無く美味しそうと言うのがハンスには引っ掛かった。
「あるよ。メイルスパイダーの脚はとっても美味しいよ。塩で簡単に炒めるだけで美味しいしお腹が膨れるしね。スープに入れても味が出るし、炙ってパンに挟んでも美味しいから大好き」
ハンスはアリアがにこやかに本当に美味しそうに話すので味が気になってきた。
ハンスは蜘蛛の魔物は食べられるとは聞いていたが、美味しいとは聞いた事が無かった。
職業柄、ハンスは美味しい魔物であれば確認してみたくなってしまい、見た目が多少悪くても珍味として売れるのではないかと考えたのだ。
「アリア様、もし時間がよろしければここで試食してみませんか?私もこの商売をしている関係上、気になりますので」
ハンスの言葉にアリアは喜びの顔を浮かべ、ヒルデガルドとマイリーンは一気に血の気が引いた。
「本当!?」
「勿論ですとも」
意気投合するアリアとハンスにヒルデガルドとマイリーンはこのままでは蜘蛛の魔物を一緒に食べないといけなくなると思い、咄嗟に口を挟む。
「アリアちゃん、リアーナさんが依頼を見つけていると思いますから、そろそろ帰らないと」
「そうです!ヒルダさんの言う通りです。それに待たせていると悪いですから」
二人は必死に用事を適当に言い繕い、何とか避けようとする。
脳裏には討伐したワイバーンイーターの姿が浮かんでおり、食べられるとしても受け付けられなかった。
「まだ時間はあるよ。ちょうどおやつの時間だからちょうど良いよ」
ヒルデガルドは応接室にある時計を見てしまった、と言う顔をした。
「偶に甘味じゃなくても良いよね」
「アリア様、今日は無性にケーキが食べたくなりました」
「私はプリンが作りたくなりました」
何がなんでも食べるのを避けたいと言う想いが二人を必死にさせる。
だがアリアの興味はワイバーンイーターに向いており甘味程度では揺らがない。
「二人とも食べたくないの?」
アリアは不思議そうに首を傾げて聞く。
その誘いにヒルデガルドの心が揺らぐ。
正に悪魔の誘惑だった。
アリアは純粋に美味しいから食べようと誘っているのに断ろうとしている自分に罪悪感が生まれていて葛藤していた。
マイリーンは別の意味で葛藤していた。
教育でアリアには幾度も食べ物は好き嫌いせずに食べる様に言っており、それを言っていた自分が食べないと言う事に教育係としての矜持と心の中で格闘していた。
ワイバーンイーターは好き嫌いの範疇の外なのだが、マイリーンはその事に気が付かない。
「一緒に食べよう?」
アリアの純粋な目に二人は抗えなかった。
「「はい」」
肩を落としながら首を縦に振る二人。
アリアは満面の笑みでハンスとの会話に盛り上がっていた。
憂鬱になりながら二人はアリアとハンスの後ろをとぼとぼ付いて行くのだった。




