125:市場での買い物
アリア達は街の中心部に近い市場を進んでいた。
ここはピル=ピラでも一番、店が集まる一角だ。
食料品は当然だが日用雑貨等も並んでいる。
ピル=ピラはカーネラル王国、バークリュール公国、バンガ共和国へ向かう街道と首都へ向かう街道が交わる交易の要衝であり、西の大陸から来る船を受け入れる港も有しており、色んな物が集まる場所だ。
市場もカーネラル王国では見られない様な品がたくさん並んでいる。
食料等の物資を買いに来た面々だが、ほぼほぼ観光目的のショッピングと化していた。
アリアは軒先に並ぶ珍しい品々を見ながら興味深く見ながら手に取っている。
「これ木で出来ているんだ。面白いね」
手に持っていたのは食器だが木製なのにも関わらず表面は艶のある光沢が目を惹く。
内側は鮮やかな朱が塗られ、外側は黒で塗られた上に砕いた貝殻で模様が描かれている。
「確かに珍しいですね」
東の大陸での木製の食器は木から削りだして表面を均す程度に磨く程度だ。
「あぁ、それは西の大陸でも珍しいシッキと言う食器だよ。何でも表面に特殊な樹液を塗って光沢と艶を出しているらしい。飾り用の食器にするには独特の雰囲気があって人気があるんだよ」
興味深く見ているアリアとヒルデガルドへ店主が食器の説明をする。
二人はそれを聞きながらマジマジと手に取って見る。
「ほらこの装飾も綺麗だろ?」
店主が指す貝殻で描かれている花は非常に美しく思わず目を惹かれてしまう。
「こっちの装飾はお値段は高めだが、普段使いするならこっちの絵が描かれているのがちょうど良いな」
店主はそう言って他のシッキを取り出して見せる。
アリアは食器に興味があんまり無いので物珍しさで手に取っただけなので買うつもりは無かった。
興味が薄れていくアリアを余所にヒルデガルドは真剣な表情でシッキを見ていた。
「因みにこれはいくらでしょうか?」
「貝殻の装飾の物は銀貨二十枚、こっちは銀貨三枚だな」
ヒルデガルドは思いの外高いと感じた。
「こっちの装飾は職人の手間が掛かっているからな」
貝殻の装飾は目を見張る物があり、その価値は納得出来なくも無かった。
「ヒルダさん、買うの?」
「少し迷ってます。独特な装飾の手法が気になるので……」
ヒルデガルドは純粋にこのシッキの装飾の手法に興味があった。
練成で色んな物を作るのが趣味な事もあり、未知の職人の技術につい目が離せなくなってしまうのだ。
「ヒルダさん、先日、たくさん鉱石を買ったばかりでは?」
マイリーンがやんわりとヒルデガルドに先日の買い物の事を言うと、目を逸らした。
ヒルデガルドは練成用の鉱石を大量に仕入れて地味に散財していた。
特産の黒精霊銀もそうだが、鉄鉱石や銅の様な一般的な金属に高価な金や銀も少量購入していた。
この街へ来て一番、お金を使っている。
マイリーンはヒルデガルドに様付けをやめていた。
これはヒルデガルドが神教を離れた身でもあり、年齢もマイリーンの方が一回りも上なので様付けで呼ばれる事に抵抗があり、様付けをやめて欲しいと言ったからだ。
「……分かっていますよ」
ヒルデガルドは少し名残惜しそうに手に取ったシッキを店主へと返した。
店主も少し残念そうな顔をした。
三人は店を後にする。
道中、甘味のお店の前に吸い寄せられそうになるアリアをマイリーンが抑えながら野菜を扱う店へと向かう。
「いらっしゃい。たくさん取り揃えているからゆっくり見ていってくれ」
スキンヘッドで何処か愛嬌のある顔付きの店主は自慢の野菜や果物を指した。
「はい」
マイリーンはざっと並んでいる野菜や果物見回しながら心の中で選んでいく。
食料の調達、選定はマイリーンが担当している。
何故なら料理に関しては五人の中でマイリーンが一番、上手いからだ。
元々食堂の娘でもあるのでその腕は確かで、それまで料理を担当していたハンナもマイリーンの料理には勝てないと言い切ったぐらいだ。
リアーナがマイリーンに任せた最大の理由はこの面子の中で一番の常識人だからだ。
アリアは孤児院と言う底辺に近い貧乏と侯爵家と言う上位の裕福な生活しか知らないので常識が色々とズレているのだ。
ヒルデガルドはそんな事は無いのだが、リアーナは教皇の娘だから箱入り娘だと思っていた。
「すみません。玉葱とじゃがいもと人参、ピーマンを二袋、かぼちゃを六個、キャベツを十玉それと―――」
マイリーンは次々と頼んでいく。
玉葱などはたくさん買う時は麻袋の数で注文するのが一般的だ。
大体、玉葱だと一袋に二十個ぐらい入っている。
それ以上多い単位は百個以上入った箱単位になる。
アリアはピーマンがある事に表情を暗くする。
基本的に好き嫌いはしないアリアだがピーマンは苦手なのだ。
食を粗末にする事はしないアリアなので苦手なピーマンが食卓に並んでも残す様な事はしない。
何でも文句を言わず食べる為、アリアがピーマンが苦手だと知っている者はほとんどいなかった。
「銀貨七枚ちょうどだな。これも持って行きな。たくさん買ってくれたサービスだ」
店主は紙袋をマイリーンに渡す。
「これは?」
受け取った紙袋には見た事の無い小ぶりのオレンジ色の果物が十個ぐらい入っていた。
「これはパミの実だよ。南部海岸沿いで作られている果物さ。少し酸味はあるが甘くて美味いんだ」
店主は自慢げに話し、マイリーンはそれならありがたく貰おうと思った。
アリアも興味深々で紙袋の中を覗こうとしている。
「お嬢ちゃんはパミの実が気になるのか?ちょっと待ってな」
店主は店頭に並ぶパミの実を手に取り、さっと素手で皮を剥く。
皮の中にある実は中で六等分になっており、手で簡単にバラす事が出来る様で一つずつアリアやマイリーンに渡す。
「ほら。折角だ。食べてみな」
「すみません。そこまでして頂いて」
マイリーンは代表して頭を下げて、アリアはパミの実を口に放り込む。
口の中に甘酸っぱい果汁が広がり、頬がつい緩んでいた。
「美味しい!」
「これは手軽に食べられて美味しくて良いですね」
アリアもヒルデガルドも満足気だ。
「すみません。追加でこれを一袋お願い出来ますか?」
マイリーンは満足そうな二人を見て追加で購入する事にした様だ。
店主の見事な試食作戦だった。
マイリーンはお金を支払い、パミの実が入った袋を空間収納の鞄へ放り込んでいく。
「毎度あり!また来てくれな」
明るい店主に見送られアリア達は次の店へと向かう。
野菜類を買った後は肉類だ。
肉類の売っている店は市場でも北側の一角に固まっていた。
肉屋は大きく二つに分かれている。
一般的な家畜の肉を扱う店と魔物の肉を扱う店だ。
一般的な家畜は牛、豚、鶏、羊、山羊で安価で庶民が一番口にする肉だ。
後は野兎や鹿や猪もこちらで扱われる。
魔物の肉は高級品とされており、普通の家畜の肉とは扱いが違う。
基本的に魔物の肉は冒険者ギルドが仕切る競りで仕入れる。
個別に調達する店も無い事は無いが、魔物の肉の調達は危険が伴うのでその様な店は極少数だ。
高級な魔物の肉を扱う店では専属でAランク冒険者を雇い入れている場合もある。
食用となる魔物の肉は家畜の肉より格段に美味しい。
その為、EランクのランドボアやDランクのホーンベアの討伐は冒険者の人気が高い。
比較的討伐が容易、且つ取引価格が高めだからだ。
Cランクぐらいの冒険者にとってはこの二つを狙う者も多い。
そしてAランク以上の魔物になると恐ろしく高値で取引される事になる。
過去にSランクのユニコーンが市場に出たがその時は普通のステーキ肉サイズで金貨一枚もしたとか。
因みにアリア達が討伐したマーダーウルフの肉は食用に向かない。
それ所か有害なので毛皮や牙以外は廃棄となっている。
基本的に狼系の魔物は食用に向かないとされている。
マイリーンは魔物の肉を扱う店には目も暮れず家畜の肉が並ぶ店へと入る。
アリアは美味しければ拘りが無いので気にしていなかった。
美味しい肉であればヒルデガルドが討伐したグレーターブルがある。
「らっしゃい」
皮のエプロンをした厳つい顔のとても堅気には見えない様な男性がアリア達を歓迎する。
「豚を三頭、牛を一頭、鳥を十羽お願い出来ますか?」
マイリーンは迷う事無く注文する。
「分かった」
店主は他の店員に指示を出していく。
量的には普通には持てない量だが、冒険者は空間収納付きの鞄を持っている事が多いのを知っているので、そこら辺は慣れている。
「銀貨十三枚と大銅貨七枚だ」
マイリーンは懐からお金を出して店主へと渡す。
「確かに。毎度あり」
奥から店員が運んでくる肉を順番に鞄へ放り込んでいく。
肉屋での買い物を早々に終えるとアリアは魔物を扱う肉屋に興味があるのか、店の外から覗く。
「アリアちゃん、どうしたんですか?」
「グレーターブルって、高いんだね」
ヒルデガルドはアリアが指した先を見るとグレーターブルがディスプレイに綺麗に切り分けれた状態で並んでおり、値札を見た。
「あれで銀貨五枚と銅貨三枚ですか……」
簡単に討伐した魔物があれだけ高値で取引されているとは思っていなかったのだ。
ヒルデガルドはニールが高級品だと言っていたのを思い出した。
「でも美味しかったですね」
「うん」
味を思い出しながら頷く二人。
「お二人ともグレーターブルを食べた事があるんですか?」
「はい。マイリーンさんは無いのですか?」
「私は一度だけ食べた事があります。あの値段を見るとその時食べた金額が怖いですね」
マイリーンはガルドと昔、告白されたデートで食べた事があった。
告白の影響もあり、味は全く覚えていないが。
アリアは店を順番に覗いていると店頭に並ぶ物を見て思わず足を止めてしまった。
「アリア様、どうされました……」
マイリーンは突然のアリアが止まり、その方向を見た時に固まった。
「お二方もどうしたのですか?」
ヒルデガルドはよく分からない感じで不思議そうにする。
「いや……何と言うか……」
「ちょっと……複雑な心境ですね……」
ヒルデガルドは二人の視線の先を追う。
そこには魔物の卵が赤いビロードの布に包まれた箱に綺麗にディスプレイされていた。
その卵にはヒルデガルドも見覚えがあった。
「あれって……もしかして……」
ゆっくりとマイリーンの方へ向くと首を縦に振った。
「私の卵です……」
昨日、ちょうど五個程ギルドへ買い取ってもらった所だった。
あれもその内の一個だった。
何よりもその金額に三人は驚いていた。
「たった一つで銀貨十三枚ですか……」
ギルドの買取価格は一つ銀貨二枚だ。
それが店頭ではこの金額になっている事に驚くしか無かった。
ハンタータームの卵は非常に貴重なのでセリではどの店も落札に必死になり値段が釣り上がってしまい、市場価格がかなり高額になってしまっていた。
「マイリーンさんがお店開いたら一瞬でお金持ちだね」
あの価格を見るとアリアがそう思うのも間違いでは無い。
卵を二つ売るだけで平民の平均月収が手に入るのだ。
「あの金額だと月に金貨三枚ですか……」
金貨三枚と言う金額にマイリーンは複雑な気持ちだ。
好きで得た体では無いが、それが安定した生活の材料になるのだから。
遠巻きで複雑な表情で店を眺めている、お店からアリア達の方へ身形の良い男性が向かってくる。
アリア達は出てくる男性を見て首を傾げた。
「あの……大変失礼かもしれませんが、マイリーン様ではございませんか?」
お店の男性は丁寧に一礼をして尋ねてきた。
「あ、はい」
マイリーンは様付けで呼ばれるのはむず痒かった。
「私は魔物の素材を専門で扱うリードル商会のハンスと申します」
「マイリーン・アドニです」
マイリーンはハンスに両手をがっちりと握手されていた。
「マイリーン様にお会い出来て光栄です。もし宜しければお茶を淹れますので、色々とお話を伺えませんか?」
意気揚々として出てきたハンスに強引に三人はお店へと連れて行かれた。




