124:お菓子は銀貨五枚まで
アリア達はピル=ピラの冒険者ギルドの宿舎の食堂でいつも通り朝食を摂っていた。
合成獣襲撃事件から一ヶ月も経っているが、まだピル=ピラに滞在していた。
本当なら適当に護衛の依頼を受けて他の街へ移動するつもりだったが、事件の後処理、と言っても基本的にはギルドマスターのガルドがほとんどやっているのだが、その一部の処理があったので残らざるを得なかったのだ。
今回の事件は神教の神父が起こして事件の中ではトップクラスの不祥事とも言える事件の為、何度も説明を求められたのだ。
ギルドだけでは無く、領主、それにファルネットの軍幹部にも。
基本的に対外的な対応はリアーナとハンナが行っているので、特に問題が起こる事は無いが、どうしても時間は掛かってしまうのだ。
その間、居残りのアリアとヒルデガルドとマイリーンの三人はちまちまと近隣の魔物討伐でお金を稼いでいた。
いくらお金に余裕があるとは言え、稼げる時に稼いでおかなければ万が一、大きい出費があった時にどうにもならなくなる。
ギルドとしてはSランク冒険者であるアリアに時の人となっているマイリーンが依頼を受けてくれるのは非常にありがたかった。
Sランクは冒険者の憧れであり、マイリーンは街を救った悲劇の主人公なので、その二人に刺激を受けて頑張ろうとする冒険者達が多く、ギルドは大盛況なのだ。
本人は全くそんな事を意識している訳では無いのだが、本人の知らない内に大きい影響を持つ様になっていた。
更に五人とも美人なのもあり、話題には事欠かなかった。
そして朝食を囲みながらアリアは周囲の視線が気になっていた。
街に来た頃はとんでもなく強い冒険者のイメージが先行し、遠巻きに見ているだけだったが、合成獣事件が終わってからガルドやニールに揶揄われたり、マイリーンに悪戯をして叱られているのを度々、目撃される様になり、畏怖よりも親しみの方が勝っていたのだ。
アリアはまだ十六歳で少し幼さの残る面立ちに誰をも惹き付ける魅力がある。
彼らの認識が変わってもアリアに声を掛ける勇気のある者は少ない。
何故なら声を掛ける者にとってアリアの前に最強の壁が存在するからだ。
それはリアーナの存在だ。
愚かな冒険者がアリアをナンパし、リアーナに叩きのめされている。
この事は冒険者の中では有名な話ではあるが、何よりも合成獣を悉く葬る姿を目撃した者も多く、リアーナの強さはピル=ピラの冒険者界隈では語り草となっており、その強さには憧憬を通り越して畏怖を覚える者が多い。
その為、リアーナを敵に回してはいけないと言う思いを抱いているのだ。
だがこの状況はアリアにとって悪い事ばかりでは無かった。
アリアの可愛さからお菓子を差し入れる冒険者が多い。
お菓子を食べる姿は非常に愛らしく冒険者達の一つの癒しとなっているのだ。
悲しいのはそれで癒される冒険者のほとんどは厳ついオッサンが多い事か。
貰ってばかりで申し訳ない気持ちもあるアリアだが、皆揃って嬉しそうに渡すので断り辛く、つい受け取って食べてしまっている。
その為、アリアはここ最近、自分でお菓子を買っていない。
「そろそろこの街を出ようと思う」
リアーナが全員の朝食が終わるタイミングで口を開いた。
「もう大丈夫なの?」
「あぁ、後はガルド殿に任せて良さそうな内容だからな。あんまり私達が長居するのも良くないだろう。今回の件で私達がここにいる事も掴まれているだろうからな」
合成獣事件での活躍、特にリアーナはその強さからかなり噂になっていた。
知っている者がリアーナの特徴を聞けば直ぐに思い当たるだろう。
リアーナは最初、偽名で活動する事も考えたのだが、どうせいつかバレると思っており、それなら最初から本名で良いとなったのだ。
それに加えてピル=ピラに来る前に神教の暗部、王国の密偵を始末しているので、その線からも気付かれると判断していた。
「ベリスにガリアの行方を追ってもらっているが、未だに分からない。大司教と言いながら謎が非常に多い。今、分かっているのは暗部との繋がりが強いと言う事ぐらいか」
ガリアの足取りを追うのにベリスに再度、神殿の調査をさせているが、一向に尻尾を掴ませない。
「ガリア大司教ですか……異端関連ですね」
ヒルデガルドがリアーナの言葉に反応して漏らす。
「異端関連の施設は公表されていない施設もあると聞いてますから足取りを追うのは難しいかもしれませんね……」
神教の暗部は基本的に秘匿されている存在の為、一般の信徒はその存在を知らない。
ヒルデガルドが知っているのは母であるアナスタシアから齧る程度に話を聞いたからだ。
「ガリアを直接、追うのが難しくても関係している人間から辿るのも一つだ」
「何か当てがあるの?」
「あぁ……と言うかベリスに指示を出した時にアリアも一緒にいたと思うが……聞いてなかったんだな」
リアーナはその時の状況を思い出し、夜遅くだったのもあり、アリアが船を漕いでいた可能性に思い当たった。
当のアリアは照れ臭そうに頭をポリポリと掻いている。
アリアは話が長くて半分以上夢の中へ旅立っていた。
「ベリスから気になる人物がこの国のバンガとの国境に近いハルネートにいる事が分かった」
「それは誰でしょうか?」
リアーナが気になる人物と言うのに興味が湧いたヒルデガルドが聞く。
「ボーデンの息子のヘルマンドだ」
ヘルマンドの名前を聞き、ヒルデガルドとマイリーンはあぁ、と言った感じで顔に覚えがある人物だった。
対照的にアリアとハンナはヘルマンドの名前を聞いても顔が思い浮かばない。
名前は聞いた覚えがあるのだが、面識が無かった。
「何をしている人なの?」
「ベリスの情報では役職は司教でハルネートの教会の統括をやっている様だ。どうやら彼はボーデンが教皇になると同時に異動になったらしい」
「何か意外ですね。教皇の息子ともあろう方がそんな辺境に赴任されるなんて」
ヒルデガルドは赴任した街の名前に訝しげな感じを覚えた。
神教内では神教の布教が行き渡っていないファルネットへの赴任は左遷と同様だ。
神教と対立姿勢を取るバンガとの国境に近い街なら尚更だ。
「そうですね。私もこの街への赴任は左遷同然の扱いでしたからね」
マイリーンもヒルデガルドの言葉に同意する。
「私としては極力会いたくない相手ではあるがな……」
リアーナにしては珍しく嫌そうな表情を隠さずに言い、その言葉にヒルデガルドはその意味を察した。
「そう言えばヘルマンドはリアーナ様の婚約者候補として噂になっておりましたね」
ヒルデガルドはヘルマンドがリアーナの婚約者になるべく熱烈にアタックしている事は耳にしていた。
情報源はヴィクトルだったりする。
生徒会で繋がりがあったので、その関係で話を聞いていたのだ。
「まだ諦めてないと言う噂を耳にしてな……」
リアーナのうんざりとした表情に二人の間に面倒な事があったのを四人は察した。
「リアーナさんは渡さないもん」
アリアは口を膨らませてリアーナの服の端を掴む。
もしリアーナに求婚する場合、最大の難関はアリアだろう。
リアーナもアリアが認めない相手を認める事は無い。
「因みにボーデンの息子のヘルマンドとはどの様な人物なのでしょうか?」
ハンナは該当人物との面識が皆無の為、どの様な人物か知りたかった。
「ヘルマンドは簡単に言えば女たらしですね。神殿でも綺麗な女性がいれば見境無く口説くと言うので有名でしたから。まぁ、仕事はそれなりに出来るので評価は低く無かったと記憶しております」
「そうですね。マイリーンさんの仰る感じで概ね間違い無いかと。付け加えるなら結婚相手が側室であるグレース様の妹であるハーノア家の次女、イラーナ様と言う事でしょうか?」
「そう言えばそんな事があったな。陛下が苦虫を噛み潰した様な顔をしていたのは記憶にあるぞ」
カーネラル国王は神教への政治介入にも繋がりかねない婚姻に危惧を覚えており、その話を知った時は既に外堀が埋められており反対する事が出来なかった。
これはボーデンがかなり強引に事を進めてからだ。
それもありカーネラル国王の神教不信は一層強くなったと言える。
「接触するかどうかは現地の調査次第だな。本音を言えば接触は避けたいのだが、必要があれば止むを得ないだろう。取り敢えず、ハルネート方面への護衛依頼を受けながら向かう感じになるだろう。ハルネート方面はファルネット内でも治安の悪い地域が多いから依頼には事欠かない筈だ」
ハルネートの治安が悪いのもそうだが、道中の街もお世辞にも治安が良いとは言えないのだ。
「護衛依頼が見付かるまでは大人しくしている感じ?」
「そうだな。依頼は私とハンナで見繕うからアリアはヒルダ殿とマイリーン殿で食料等の物資の調達を頼む」
アリアは甘い物をたくさん買っておこうと考えているとリアーナの視線を感じて目が合う。
「お菓子は銀貨五枚までだぞ。マイリーン殿、頼むぞ」
「畏まりました」
アリアの思考は読まれていた様でお菓子を買い過ぎない様に釘を刺されてしまう。
マイリーンが目を光らせるとなると無駄な買い物はほぼ不可能だ。
肩を落とすアリアを見ながらハンナも心の中で密かに肩を落としていた。
ハンナもアリア同様、いやそれ以上に甘味には目が無く、アリアにたくさんのお菓子を買う様にお願いしようと考えていたのだ。
最後は締まらないムードで終わり、席を立ち、出発の準備に取り掛かった。




