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119:悪魔と化した双剣

 襲撃者を始末したアリアとリアーナは冒険者ギルドの宿舎で宿泊の手続きを解除して街の一角にある使われていない廃屋へと向かった。

 この廃屋はいざと言う時の為、ハンナが事前に探して確保しておいた場所だ。

 廃屋なので窓の硝子は割れており、壁もそこら中に皹が入り、建物としては安全と言える場所では無い。

 それでも身を隠すには充分な場所だった。


 周囲を警戒しながら中へ入るとハンナとリントがいた。

 二人が入ってきた事に気付きハンナは入り口の方を向く。


「リアーナ様、アリア様、無事で何よりです」


「そっちも問題無かった様だな」


 リントは仲間に命を狙われた事に少し落ち込んでいた。

 自分の招いた不始末だが、そこまで予想をしていなかった。

 彼女は知らないが、他の面々はリアーナを排除する為に動いており、リントの始末はついでだった事だ。


「さて、リント、君にはこちらに従って貰う事に同意して逃がす事になっているが、君にもう一度選択肢を上げよう」


 リアーナはアリアに視線で合図し、二振りの剣を取り出し、テーブルの上に置く。

 リントはその剣が一体何を意味しているのか分からなかった。

 剣が放つ不穏なオーラを感じ、背筋に冷たい汗が伝う。


「これは双子の悪魔が封印されている魔剣だ」


 リントは悪魔が封印されている魔剣と聞き驚愕の表情を浮かべる。


「何故、こんな物を持っているのですか!?」


 リントは問い詰める様に聞く。

 静かにハンナが袖を捲くり、腕にある紋様をリントへ見せる。


「ま、まさか……嘘……」


 リントはハンナの腕の紋様が何か知っていた。


「私にもアリアにもある」


 静かに告げられる言葉にリントは信じたくないと言わんばかりに首を振る。


「リアーナ様……嘘ですよね……?」


 リントはその紋様が神教で異端とされる悪魔の契約者を表す物だと一目で理解していた。

 憧れで理想でもあるリアーナが契約者だと言う事実を受け入れたく無かった。


「事実だ」


 リントの期待と反し、リアーナは無情に肯定する。


「君に与える選択肢はここで悪魔と契約し、我々と運命を共にするか、私としては不本意だが、ここで命を捨てるかの二択だ」


 突如、突き付けられる残酷な選択肢にリントは膝から力が抜け崩れ落ちる。

 衝撃の内容に思考がまとまらなかった。

 全てがぐちゃぐちゃだった。


「私はアリアを危険に晒す者を見過ごす事は出来ない」


 リントの実家であるエペルレーズ伯爵家はカーネラル王国の北に位置し、神教の中心であるヴェニスがある領の隣にあり、敬虔なアルスメリア神教の信徒の家系だ。

 そしてリントもその教えを幼い頃から聞いて育った敬虔な信徒だった。

 そんなリントへ憧れの人が異端か死を迫られる。

 リントの心が激しく揺れる。


「わ、私は……アルスメリア様を信仰する信徒です……」


 言葉が震える。


「そうだな」


「でも……私にとってリアーナ様は昔から憧れておりました……」


 リアーナはそう言う視線を向けられる事は珍しく無かった。

 学院の後輩にはその様に慕う者が非常に多かった。


「どちらかを選ぶなんて……私には……でも……死にたくない……」


 リントのまるで懺悔の様な独白にリアーナは溜息を吐いた。

 既にの顔は蒼白を通り越して真っ白と言って良いぐらいだ。


「一度、落ち着け。ハンナは水を頼む」


 リアーナは震えるリントを椅子に座らせ、ハンナが出した水を飲ませる。

 だが体の震えは止まらなかった。


「リントさん、これを見て」


 アリアは眼帯を外す。


「アリア様、その眼は一体……」


 普通ならある筈の無い眼球が無かった。

 眼球のある筈の場所には真紅に輝く高貴なる真紅(ノーブル・ブラッド)があり、思わず魅入ってしまう。


「私はアナスタシア様を殺していない。やってない罪で封印されて、悪魔の力を得る事で地上へと戻ってきた。この目は神教の人によって付けられた消えない傷。私はあの人達を許す事が出来ない。でも悪魔と契約したからと言ってアルスメリア様の存在を否定している訳じゃない。今の神教と言う存在が許せない。それにアルスメリア様を信じると言う意味ならバンガの人はアルスメリア神教の信徒では無いけど、アルスメリア様を崇めているから神教の教えに沿わなくても信仰を捨てている事にはならないんだよ」


 リントはアリアが教皇殺害の罪で封印された事も知っているし、封印から脱出した事も知っている。

 だがその間で起こった事の詳細については王国側では掴んではいなかった。

 リント自身、聖女と言う立場のアリアが教皇を殺害したとは思えなかった。

 それが冤罪であれば当然、憤りを感じる。

 だからと言って悪魔と契約をしても良いのか、と葛藤していた。


「私達は悪魔に魂を売ろうがアリアの復讐を果たす」


「私はアリア様を何としても守ると誓いました。その為に必要であれば悪魔でも何でもなりましょう」


 リアーナとハンナは強い意志を持った言葉で言った。


「私は……私は……悪魔に魂を売るなんて……」


 いくらアルスメリアを信仰していても神教の異端に身を堕とすなんて考えられなかった。


「じゃあ、ここでお別れだね」


 アリアは冷徹に告げる。

 リントは全く感情の篭っていないその言葉に嫌な汗が止まらなかった。

 リアーナはと言うと少し残念そうな顔で見ており、ハンナは全く表情に変化が無かった。


「いや……いや……死にたくない……」


 リントは涙と鼻水でくしゃくしゃの顔をしながら首を横に振る。

 アリアはちらっとリアーナを見た。

 表情からリントをここで殺してしまう事には抵抗がある感じだった。

 アリアはリアーナの事を考えるとリントを殺してしまうのはどうかと考えた。


「リントさんは自分で決められないんだよね。それなら私が決めてあげる」


「……え?」


 リントは一瞬、アリアが何を言っているのか理解出来なかった。

 そしてアリアはテーブルに置いた魔剣を手に取る。


狂気の審判ジャッジメント・インサニティ


 リントは魔力の十字架に突然、磔にされる。


「あぁっ!?何!?」


 必死に手足を動かすが全く抜け出せない。

 アリアは躊躇い無く二本の魔剣をリントの手の平に一本ずつ突き刺す。


「あぁぁぁっ!!」


「アリア!?」


 突然の凶行にリアーナもアリアを止めよう肩を掴む。


「リントを痛めつけるのはやめてくれ!」


 リアーナは悲痛な声でアリアに訴える。


「別に痛めつけるつもりは無いよ。リントさんは自分で決められないし、リアーナさんはリントさんを殺したくない。封印されている悪魔は強制契約させられる程、魔剣に封印されている悪魔は力が回復してない。それなら私みたいに強制的に取り込ませるしかない」


 リアーナはそれが意味する事を理解した。

 だがそれはリントにとって一番辛い現実を目の当たりにする事になる。


「無理矢理悪魔にすれば私達に従うしか無い」


 アリアのその言葉にリントが血の気が引く。

 実際に人を悪魔に出来るのかと言う疑念はあるが、アリアの強い言葉にそれを否定出来ず、自分には人として生きる事すら許されない選択肢しか残されていない事に絶望を覚えた。


「だからと言ってそれは!」


 リアーナはリントにそこまでの枷を背負わせる決断が出来なかった。

 なまじ自分の友人の妹と言う事もあるだろう。


「リントさんを殺さないなら、もうこうするしかないよ」


 アリアは静かにリアーナに告げる。

 リントは人として生きるなら契約する以外の道しか残されていなかった。

 異端として扱われるなら堕ちる所まで堕ちた方が楽かもしれない、とリントの頭に過ぎった。

 中途半端な状態でいる方が辛いかもしれないと。

 リントには正常な思考が出来る精神状態では無かった。


「我は告げる」


 アリアはリントの胸に手を当てて魔力を注ぐ。


「アァァァァッ!!!」


 膨大な魔力を注ぎ込まれた事によりリントの体に激痛が走る。

 リアーナは思わず目を逸らした。


「水鏡のウェパル、氷絶のウヴァルよ。破壊の王たるアリアの命に従い彼の者の糧と成れ。彼の者に我が印を刻まん」


 アリアの言葉に呼応し、リントに突き刺さった魔剣が鳴動し、光を放つ。

 アリアと魔剣から一気にリントへ流れ込む。

 その膨大な魔力によりリントを変質させる。


 暫くするとリントに手の平に突き刺さっていた魔剣が抜け、乾いた音を立てて地面に転がった。

 リントのくすんだブロンドの髪はまるで純白の雪原の様に輝く白銀の色に変わり、碧眼だった瞳は燃える様な真紅に変化した。

 そしてリントは十字架から解放されると力なく地面に膝を着いた。


 自分の白銀に変わった髪を手に取り、意識を手放した。

 リアーナは咄嗟に崩れ落ちるリントを抱き止めた。


「……ごめんなさい。でも私はリントさんを殺すよりは良かったと思う」


 アリアはリアーナに嫌な思いときっと長く後悔する思いを抱かせてしまった事に頭を下げた。

 リアーナは素直にアリアの謝罪を受け取る事が出来なかった。

 二人の事情からリントをそのまま解放する選択肢は無かった。

 国境を越えて解放したとしてもリントが掴まる可能性が高く、国内にいるのと変わらない結末を辿る事は読めていた。


「……リントはどうなったんだ?」


「無理矢理、私の眷属の悪魔にした」


 アリアにはカタストロフと同等の力を有している。

 全ての能力を完全に使う事は出来ないが、今回の様なやり方であれば眷属を作る事が可能だった。


「……すまない。私が決断出来ないばかりにアリアに辛い役目を負わせてしまった……」


 リアーナが判断していればアリアに決断させる事は無かったのだ。

 友人の妹を巻き込む事にどうしても抵抗があった。


「リントの様子は私が見ている。ハンナ、アリアの事は頼む」


 リアーナはリントを抱えて奥の部屋へと消える。

 その背中は何処か悲しげだった。



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