118:心象魔法の実験
リアーナは先程座っていた椅子にゆったりと座り、アリアは部屋の奥に立って闖入者を迎え撃つ形だ。
それまではのんびりと二人は雑談しながら相手が来るのを待つ。
暫く待つと部屋の扉の前に複数の気配が集まる。
そして扉が乱暴に開かれて服装はバラバラだが口許に黒いスカーフを巻いた男が四人侵入してきた。
男達は静かに部屋を眺めると対象がいない事に気付く。
「残念だけど、リントさんはここにいないよ」
アリアは優しい声で男達に告げた。
部屋にいるのがリアーナとアリアの二人だと気が付く。
実は第零騎士隊には監視の命しか下されていない。
王太子であるヴィクトルは決して手を出さない様に厳命していた。
絶対にリアーナを敵に回したくないと思っていたからだ。
だが一部の貴族はリアーナの存在を邪魔と思っている者も少なくない。
廃嫡され、騎士隊を辞した今でも脅威に思っている。
自国にいれば自分達の地位、発言の邪魔になり、他国へ行けばカーネラルにその牙を向く可能性があると考えていたのだ。
そうすると必然的に排除と言う流れになる。
そしてその影響を受けている者がここにもいた。
ここにいる男は第零騎士隊の騎士ではあるが、リアーナ排除を狙う貴族に買収された者達だ。
男達は一斉に剣を抜く。
「このまま帰るなら見逃してあげたのにね」
アリアは愚かな男達を見て笑みを浮かべる。
「悪逆の神殿」
アリアは両手を広げ、魔法を展開すると足元から赤い魔力が部屋を覆い尽くす。
これは心象魔法の一つで結界の近い効果を持つ。
結界とは周囲と隔絶する事が出来る魔法障壁の一つだ。
敵からの攻撃を防ぐのに使うのが一般的だが、今回の様に相手を閉じ込めるのにも使う事が出来る。
結界で隔離された空間は外からは認知出来ても侵入は出来ず、中の音も遮断され、外に漏れない。
悪逆の神殿は唯の結界では無い。
男達に異変が起こる。
突如、苦しげに胸を押さえて蹲る。
この結界は向けられる悪意、敵意に反応して相手に心的プレッシャーを与える。
男達からすればいきなり心臓を鷲摑みにされた気分だろう。
リアーナはその光景を椅子に座りながらのんびり眺めていた。
その光景を眺めながらアリアの心象魔法が非常に歪だと思った。
カタストロフの説明では心象魔法は良くも悪くも自己の心の中の風景を具現化させる魔法だと言っている。
この光景もアリアの中にある心の風景の一つと言う事になる。
とてもでは無いが普通では心の中にこの様な風景を持つとは思えなかった。
「さ、どうしようか?一人ずつ順番に行く?」
男達にはアリアの言葉が死刑執行者の言葉に聞こえた。
「我は死を告げる断罪の主。裁け、裁け、裁け、我が呼び声に応じ下す断罪。死に謳え断罪の刃」
一人の男の周囲に魔力が生まれた瞬間、断頭台が出現し、男の首は固定されていた。
アリアと男の目があった。
「た、助けてくれ!頼む!!」
男は胸の苦しさの中、必死に訴える。
この状態で行われる事は容易に想像出来た。
アリアはそんな男の訴えを切り捨てる様に指を振った。
それと同時に刃が降り、男の首と胴体は綺麗に離れ、首から勢い良く血が噴き出す。
床には血溜が出来る。
それを見ていた他の男達はアリアに戦慄と恐怖を覚える。
結界の所為で男達は酷く息苦しく、喋る事すら間々ならなかった。
「次はどうしようかな?」
アリアは自分の心象魔法がどの様な物か男達を使って実験していた。
リアーナは最初は難色を示した。
狂気に呑まれているアリアは止まらない。
迂闊に止めると不安定になると言う困った状態なのだ。
敵対する者とは言え拷問みたいな事を好まないリアーナだったが、半分諦めていた。
アリアは苦しげに蹲る男に背中に周り手をそっと置く。
「真紅に咲く花を愛でるは愚者。咲き乱れる花は鮮血の棘。狂い咲け血棘の宴花」
魔法の発動と同時に男の心臓から鮮血が噴き出すと共にそこから真紅の花が無数に咲き乱れる。
それは正に男を苗床にして咲く魔性の花。
他の男達は恐怖に打ち震える。
「次はあなただね」
にこやかな笑みを向けるアリアは男からすれば死神に他ならない。
そしてその足音は死へのカウントダウンに聞こえるだろう。
「内は血、外は悲嘆。其の檻は罪無き者も苦しめるだろう。鮮血の棘檻」
男は赤い魔力の鎖に拘束される。
足元から口が開いた棺が現れる。
男はその棺の内側に視線が止まり、絶叫する。
棺の内側には無数の棘が付いていた。
その棺は大きな獣の顎の様にゆっくり閉じようとしていた。
胸の苦しさを忘れ、絶叫する男。
それはアリアにとって心地よいBGMでしか無い。
閉じていくに連れて足に棘が刺さり、太もも、腹、腕順番に苦痛を生む。
そして最後に胸の位置には一際太い棘があった。
それがゆっくり男の胸に沈んでいく。
棺が完全に閉まると男の絶叫は完全に消えた。
棺の隙間からは血が流れ出て先に殺した男の血に合流し、血の池を作る。
最後の男は目の前の光景に既に泡を吹いて失神していた。
アリアはそれを詰らなさそうに見た。
「掃除が面倒だから最後はまとめて片付けようか」
気怠そうにアリアは言い、大きく手を広げる。
「獣が踊るは暴食の宴、喰らい尽くせ、災禍の顎門」
足元に魔法陣が展開され、そこから巨大な獣の顎門が現れ死んでいる男達を含めてまとめて喰らい尽くす。
魔法が消える頃には床に溜まった血の池も綺麗に無くなっていた。
アリアが悪逆の神殿を解除すると、そこには何も無かったかの様に綺麗な医務室だった。
「アリア……」
悲しげな表情で呼び掛けるリアーナにアリアは不思議そうな顔をした。
リアーナはそっとアリアを抱き締めた。
「……リアーナ……さん?」
「あんまり……無理するな。見ている方も辛い……。ああ言う殺し方はやめるべきだ。いつかアリア自身を苦しめる」
リアーナにはアリアが平然とあの様な殺し方が出来るのか理解出来なかった。
人を殺す事を否定するつもりは無い。
リアーナ自身、戦で数え切れない程の人を殺めている。
ただそう言う行為に及ぶアリアを見ているのが辛かったのだ。
「……気を付ける」
アリアには何かいけない事をしたのかと考えた。
敵意を向けてくる者は全て殺しても問題無いと思っていた。
もう一方的に虐げられるのは嫌だった。
アリアの心は細かい所で欠けており、普通なら正常に働くであろう部分が機能していない。
特に倫理的に考える部分は欠損していた。
その為、殺人に対して忌避感を抱かず、残虐な行いも普通に殺すのと感覚としては変わらなかった。
ただリアーナが嫌がる事はしたくないと思った。
アリアの心はカタストロフの力を持ってしても完全に修復されてはいなかった。
「あんまり長居は出来ないな。アリア、行こうか」
「うん」
アリアはリアーナの手に引かれて部屋を後にする。
襲撃した男達は亡骸も残す事も出来ず、葬られた。




