112:冒険者初心者として頑張ります
冒険者として登録を終えたアリアは翌日、早速依頼を受けにリアーナとハンナと共に冒険者ギルドへ来ていた。
初めての依頼を受ける為、依頼書が張り出されている掲示板を眺めていた。
「うーん……どれにしよう?」
アリアは依頼書を眺めながら悩んでいた。
迷い犬の捜索、街中での荷運びの手伝い等の雑用みたいな依頼が多いからだ。
そして討伐系の依頼が一つも無いのだ。
アリアは討伐系の依頼が良いと思っていたのだが目的の依頼が無いので、どれにしようかと悩んでいたのだ。
Eランク冒険者への依頼には魔物討伐の依頼はほとんど無い。
Eランクの冒険者は戦闘に関して未熟な者が非常に多い為、討伐系の依頼はDランク以上とギルド側で制限を設けているのだ。
だからと言って魔物と戦う機会が無い訳では無い。
薬草の採取等で森へ行けば当然、魔物と遭遇する事がある。
ギルドでは基本的に無理に戦わない様に注意を促している。
EランクやFランクに指定されている魔物でも戦いに慣れていない者にとっては充分、危険だからだ。
一般的にEランクの冒険者は常設依頼の魔物では無く兎や鹿の捕獲を受けて慣れる所から始めるのだ。
「アリア、無難に薬草摘みの依頼にしておいたらどうだ?」
悩むアリアに業を煮やしたリアーナが常設の薬草採取の依頼書を指す。
だがアリアの表情は渋い。
「何か問題があるのか?」
「それだと孤児院に住んでいた時と変わらないと思って……」
アリアにとって森に入って薬草を採ったり、兎や鹿を仕留めるのは極々普通の日常なのだ。
こう言う街で冒険者になる者にとっては日常では無い。
アリアの住んでいた孤児院が貧しく辺境だと言う環境だからこそであるので、一般的な平民にとっての普通では無い。
「それなら薬草採取にしたらどうだ?これなら森にいる魔物を狩りながら出来るから」
「そうだね……そうする!」
アリアは依頼書を取って意気揚々とリントのいるカウンターへ向かう。
「これをお願いします」
リントはアリアからカードと依頼書を受け取る。
「あら、アリアちゃん、この依頼にするのね。最初は面白い依頼が無いかもしれないけど、頑張ってね」
依頼の受注処理をしてカードをアリアに返却する。
「アリアちゃん、森は危ないから気を付けてね」
リントはそうアリアに声を掛けながら離れた所にいるリアーナとハンナを見た。
雰囲気から二人が冒険者である事は間違いないと思った。
それに加えて強い。
剣を交えた訳では無いが、二人の佇まいと冒険者としての直感が強いと訴えていた。
あの二人がいれば何かあっても大丈夫だろうとも思った。
「うん。リントさん、ありがとう」
アリアは笑顔で返事をしてリアーナ達と一緒に冒険者ギルドを出て行く。
リントはその後姿を見ながらリアーナとハンナの事が気に掛かった。
あれ程の強い冒険者でありながら記憶に引っ掛からないのだ。
ネッタは交易都市と言う事もあり、たくさんの冒険者が集まる。
下のランクの冒険者もそうだが、高ランクの冒険者も多く訪れる。
受付嬢と言う職業柄、基本的に国内及び近隣諸国の高ランク冒険者であれば頭に入っている。
それなのにも関わらず二人の事を思い当たらないのだ。
遠い他国から来た人間と言う事も考えたが、リアーナがリントの事を知っている事から遠い国の人間では無いと考えた。
カードを見ればもう少し情報が得られるのだが、如何せん三人はこの街に来たばかりで何か依頼を受けた訳でも無いので、カードを見る機会が無かった。
そして、リントがリアーナ達の正体を知るのはまだ先の事だった。
ネッタの街から北西に森が広がる。
そこはネッタの街の冒険者、特に低ランクの冒険者が狩場にしている場所だ。
街から近い上に強い魔物が余り現れない事もあり、冒険者初心者の定番スポットである。
アリアは腰に薬草用の麻袋を提げ、毒草や雑草には目も暮れず薬草をピンポイントで摘んでいく。
「全く迷いが無いな」
「そうですね」
その様子を見たリアーナとハンナは感心していた。
だがアリアからすれば森で薬草を摘んだり、果物を採ったり、動物を狩る事は王都に来るまでは極々当たり前の日常なので、苦になる要素が無い。
寧ろ久しぶりの森での散策なので楽しくて仕方が無かった。
依頼に書かれていない薬草も摘んでいく。
アリアから見ればここの森は薬草の宝庫だった。
これはアリアのいた孤児院のある地域とネッタでは環境が違うのが大きい。
ネッタがあるカーネラル王国の中央部の平野は気候も温暖で水も豊富な為、土地が非常に豊かだ。
農作物の栽培も盛んで食料には恵まれている。
それに対して孤児院のあるディートのある付近は荒地が多く作物が育てるには向いていない。
森と言ってもここの森の様な青々とした木々がたくさん生えている訳では無く、葉の少ない木が多い。
地面も緑では無く土が剥き出しでお世辞に豊かな森とは言えなかった。
「大量、大量」
薬草を楽しそうに摘みながらアリアは孤児院の近くの森がここの様な豊かな森だったら生活が楽だっただろう、と思った。
ふと目の前の木を見上げると枝の高い所に鮮やかなオレンジ色の果実が実っている事に気が付いた。
その果実には見覚えがあった。
孤児院にいた時にシスターが村へ行った時にお土産で食べさせてくれたのだ。
甘くて瑞々しくて美味しかったのではっきりと覚えていた。
アリアは徐に立ち上がる。
「何かあったか?」
突然、立ち上がったアリアにリアーナは何かあったのかと思い声を掛けた。
アリアは頭上を指し、リアーナは目で指した先を追うと一つの果実が目に入った。
「あれ採ってくる」
そう一言残してアリアはあっと言う間に木を昇っていく。
そんなアリアを余所にリアーナとハンナは呆然としながらアリアを見ていた。
「何と言ったら良いのでしょうか……?」
「私に聞かれてもなぁ……」
ハンナの呟きにリアーナ困った様な返事しか出来なかった。
「それにしても苦も無く昇っていくとは……」
「だから大変なのです……」
何処か疲れた口調で言うハンナ。
アリアがお転婆をして追いかけるのは毎回ハンナだ。
懐かしくもありつつも大変さも同時に思い出していた。
「でも森に入って楽しそうにしているのを見ると安心するな」
アリアは実を付けている所まで昇り、実を採っていく。
手が届く範囲で取れそうな実を腰に提げている袋へ放り込んでいく。
三人で食べる分を採ったアリアは木を下りる。
まるで猿が下りてくる様な身軽さだ。
そしてアリアは採ってきた身をリアーナとハンナへ差し出す。
「はい。これ美味しいから」
アリアはにっこり笑って言った。
「リコの実ですね。確かにこれは良いですね」
「名前は聞いた事はあるが食べた事は無いな」
二人ともアリアからリコの実を受け取る。
リコの実はオレンジ色の薄い皮を持つ果実で爽やかな香りと強い甘みが特徴だ。
非常に美味しい果実ではあるが、市場に出回る事は無い。
何故なら物凄く傷みやすいからだ。
リコの実は手に持っただけでその部分が傷み一日経つと黒くなり悪臭を放つ様になる。
基本的には森に入る者しか食べられない果実だ。
王都に住んでいるリアーナは当然、食べる機会が無い。
「これとっても美味しいから」
そう言ってアリアはリコの実に皮ごと齧り付く。
リコの実の皮は薄いので剥くのが難しい為、そのまま食べるのだ。
美味しそうに食べるアリアを見てリアーナも一口。
「む、これは美味いな。鼻から抜ける爽やかな香りに甘くてジューシーだ。近くで採れる物なのに食べられないとは難儀な果物だ」
「久々に食べますが美味しいです。アリア様、ありがとうございます」
ハンナは昔、任務で森に入る事もあったのでリコの実の事は知っていた。
甘味が大好物のハンナにとって任務中に取れる甘味であるリコの実が大好きだった。
「私も好きだよ。でも一日経つと悲惨なんだよね」
「日持ちしませんからねぇ……」
リアーナは二人が残念に呟いているのを耳にして不思議そうに首を傾げた。
「一日経つと何かあるのか?」
「傷むのが早くて採ってから一日経つだけで凄い悪臭がするんだよ。スラムのトイレより臭い」
「あれなら下水道の臭いの方がマシですね。更にあの臭いは取れないし……鼻が良い獣人にとっては地獄でしかありません……」
その匂いを思い出したのかアリアとハンナは眉を顰めた。
「そんなに凄いのか?」
リアーナは想像も付かなかった。
「市場では取り扱い禁止に指定されております」
王都やネッタの街の市場では取り扱い禁止食物に指定されている。
リコの実はその悪臭がある故に市場に出回らない。
万が一、売れ残ったりした日には大惨事になりかねないからだ。
リコの実から放たれる悪臭は洗浄の魔法で洗っても落ちず厄介極まりないのだ。
手や服に果汁が付着した場合は水洗いすれば落ちる。
「それ程なのか……こんなに美味しいのにな……」
リアーナはリコの実の甘さを堪能しながら複雑な表情を浮かべた。
おやつにリコの実を食べた後も薬草採取に勤しんでいた。
腰から提げた袋は薬草で一杯になり、空間収納から新しい袋を取り出してそちらにも詰めていく。
アリアは地面に生えている雑草を取ると徐に口の中へ放り込む。
「アリア様、今食べた草は何ですか?」
突然、雑草を食べ始めた事に困惑しながらハンナは尋ねた。
「これ?かむかむ草だよ」
「かむかむ草?」
耳慣れない植物の名前にリアーナも首を傾げる。
「噛んでいると甘い味が口に広がる草かな。はい」
アリアは二人にかむかむ草を差し出す。
二人には何処にでも生えている雑草にしか見えなかった。
少し抵抗を覚えながら二人は口に運び、噛み始める。
「確かに甘いな」
「そうですね。ずっと甘い味が続く感じが不思議です」
アリアは食べた二人に大事な事を注意するのを忘れていた。
「味が無くなったら捨ててね。飲み込んだらダメだよ」
「何かあるのか?」
「噛んでいる分には問題無いんだけど、飲み込むと凄いお腹が痛くなる」
二人はそれを聞いて思わず固まる。
アリアの言葉から実体験に基づいている事も察した。
このかむかむ草は森などへ行けば生えている雑草だ。
消化する時に何かしらの成分が毒となって腹痛を起こすと言われている。
貧しい農村の子供達のおやつとも言える物でもあった。
「だが興味深いな。アリアは物知りなんだな」
「えへへ……」
アリアは嬉しそうにはにかんだ。
「でも少し行儀が悪いかもしれませんね」
ハンナはこの噛む時に出るクチャクチャと言う音がどうも人前では出したく無かったのだ。
「街の中で食べる訳では無いから良いのでは無いか?人と話す時に噛んでいるのはあれだが」
「確かに……こんな物があったとは……」
ハンナは心の中でかむかむ草の事を覚えておこうと思った。
甘味が欠かせないハンナにとって手軽に手に入る甘味は貴重な存在だった。
戸惑いながら納得した様な二人を見ながらアリアはかむかむ草の甘さを堪能した。
それから一時間程、薬草を摘むと依頼達成に充分な量となったので少し時間は早いが切り上げる事にした。
「たくさん採れたな」
「うん。ここの森は豊かだから採り放題だった」
アリアは満足気に腰に提げた袋を触る。
中は薬草だ一杯に詰っていた。
計二袋分の量なので初回の薬草採取として充分過ぎる量だ。
「それにしてもアリアは詳しいな」
リアーナは感心した様に言った。
「うーん……割と田舎だと普通だと思う。村の子達でも薬草採りにはよく行くから」
田舎では森の中での薬草採りは子供達がやる事も珍しくは無い。
一応、貴族の令嬢であるリアーナは田舎の暮らしに関しては見聞きはするが実情までは知らない。
特に貧しい農村部の暮らし振りなど知る由も無かった。
「大変だったんだな……」
リアーナは王都に来るまでの生活が大変だった事を改めて知り、少し悲しそうな表情を浮かべた。
横で静かに話を聞いているハンナも都市部と農村部での生活の違いに興味深く耳を傾けていた。
ハンナ自身、小さい頃は王都のスラムで生活していたので貧しさの大変さは理解しているので、アリアの大変さは共感出来る事が多かった。
「食べ物は特に大変だったかな~。王都に来る年の冬は村が不作で碌な食べ物が無かったから」
アリアは話をしながらふと、ある食材の事が頭に過ぎった。
思い出すと食べたくなってきた。
そんな事を思いながら雑談をしながら歩みを進めていると、前方の茂みに何かを発見した。
「アリア様、ここは……」
ハンナもその存在に気付き注意を促そう足した。
「いた!?」
アリアはハンナの言葉を遮り、直ぐに駆け出す。
「ちょ、アリア様!?」
ハンナはアリアの予想外の行動に反応が遅れた。
アリアの目には一匹の大きな蜘蛛しか目に入っていなかった。
孤児院で大変お世話になったメイルスパイダーだ。
「おい、アリア!?」
リアーナも掴んでアリアを止めようとしたが、予想以上に動きが速かった為、掴み損ねる。
メイルスパイダーはアリアの存在に気が付き踵を返して走り出す。
「待てー!ごちそう!!」
「は?」
「え?」
アリアの叫びに思わずリアーナとハンナは間抜けな声を出した。
二人の反応は当然とも言える。
一般的にメイルスパイダーは食用として認識されていない魔物だ。
それをご馳走と言うとは誰も思いもしないだろう。
だがアリアにとってはご馳走なのだ。
これのお陰で幾度と無くお腹一杯になる事が出来たのだから。
唖然としている二人を余所にアリアはメイルスパイダーを追ってどんどん進んでいく。
「ハンナ、追いかけるぞ!」
「はい!」
急いでアリアを追いかける二人だった。
アリアは思いの外逃げ足の速い獲物だと思いながらメイルスパイダーを必死に追いかける。
メイルスパイダーも突然追いかけて来られれば慌てて逃げるだろう。
暫くすると森は途切れて街道に出た。
アリアは辺りを見回すとメイルスパイダーは街道を街とは反対方向へと逃げていた。
アリアもメイルスパイダーの後を追い掛けた。




