111:アリアvs双剣のリント
アリアは大剣を手にしているとは思えない軽やかさでリントへ斬り掛かる。
「ハァッ!」
大剣と自らの体重を充分に乗せた一撃はリントの双剣で力の方向を変えて受け流される。
リントは咄嗟に受け流したが、その判断が正解だと思った。
双剣で斬撃を受け流したが手に残る衝撃は予想以上だったのだ。
正面から受け止めていれば剣を弾かれていた可能性があったからだ。
リントはアリアを初心者として見ていなかった。
パッと見た感じは明るい少女なのだが、纏う雰囲気が明らかに同年代の少女とは違い、異質な気配を醸し出していた。
それが彼女の冒険者としての勘に警戒心を抱かせたのだ。
見た目も警戒するには充分な材料だ。
眼帯をした大剣を背負った少女。
この出で立ちで普通とは考え辛いとも言えよう。
リントは最初の斬撃から体勢の整っていないアリアへ容赦無く剣を振るう。
迎撃態勢に移るには厳しい体制のアリアは体を捻りながらその一撃を避ける。
「うわっ!?」
アリアは距離を一度、置こうと後ろへ下がるがリントも間合いを空けずに詰めてくる。
双剣による素早い攻撃をアリアは大剣を盾にして防ぐ。
アリアが剣を弾こうとすると同時にリントは剣を引き、反対の手に持つ剣を振るい、アリアに主導権を握らせない。
「このっ!」
アリアはリントの双剣を捌きながら何とか攻めようと試みるが手数で押されて攻撃に移る事が出来ない。
その為、大剣を盾にしながら防戦一方になっていた。
「流石はAランクと言った感じだな」
スペースの外でアリアとリントの戦いを眺めていたリアーナが呟いた。
「そうですね。やはり戦闘経験の違いでしょうか?」
「そうだな。剣技のサポートがあるとは言え、実際に判断し動くのはアリア自身だ」
アリアが剣を振るえるのはカタストロフの経験によるサポートがあるからだ。
だがこれはカタストロフに最適化された技なのでアリアの体に馴染む訳では無い。
本来ならこれを自分なりに消化して身に付けないと真の力は発揮出来ない。
「動きと技が一体となっていないからな」
アリア自身は身軽な動きが一番の武器だ。
しかし、カタストロフの使う剣技は身の丈より大きい剣を扱うので相性は良くないのだ。
それに加えてリントの扱う双剣は攻守のバランスが良く、攻撃の回転が速いので尚更、相性が悪い。
「確かにアリア様の身軽さを考えると私と一緒の武器が良いのでしょうね」
ハンナはそう言って腰に下げたダガーに触れる。
「アリアの身軽さなら一番、妥当だろうな」
小柄で身軽さが売りのアリアには大剣はアンマッチだった。
普通であればアリアの体格で大剣を扱う事が無謀とも言える。
カタストロフの力を引き継いだアリアだからこそ扱えるのだ。
「でも大剣も思いの外、悪くないかもな」
リアーナはリントと攻防を繰り広げるアリアを指した。
先程まで防戦一方だったアリアだが、少しずつだが攻めに回る機会が徐々に増えてきた。
アリアはその身軽さを生かして大剣でリントを牽制しながらヒットアンドアウェイを繰り返す。
普通であれば大剣を扱う者が出来る動きでは無い。
カタストロフの力を得たアリアだからこそ可能な戦い方だった。
この攻撃にはリントも苦戦していた。
一撃自体は最初の一撃よりは重くないとは言え、重量武器の攻撃に変わりは無く、受け方を誤れば剣を弾き飛ばされかねない。
更に縦横無尽に駆け回るアリアの身軽さに舌を巻いていた。
アリアの身軽さは元暗殺者であるハンナお墨付きだ。
「くっ……」
リントはアリアの攻撃を受け流しながら攻めに入ろうとするが、アリアの大剣による牽制に阻まれ攻撃へ移れない。
リーチのある重量武器を持ちながらリントを翻弄するアリア。
しかし、リントもAランクの冒険者だ。
そう簡単にやられる訳には行かない。
リントは構えを変える。
今までは防御優先とした双剣を十字に構えていたが、剣を下ろし自然体の構えと移る。
アリアはお構い無しに斬り掛かる。
「ふぅ……」
リントは息を吐くと同時にアリアの剣が眼前に迫る。
その刹那、リントは大剣をギリギリの所で躱しながらアリアの懐へ斬り込む。
ちょうどリントがアリアの死角、見えない右目側へ入り込み、斬撃に気付くのが僅かばかり遅れた。
更に剣を振った後で大剣を盾にする間も無かった。
リントはこれで決まったと確信していた。
態と防御に回らず、攻撃をギリギリで避けて、最速で攻撃を叩き込む手段に出たのだ。
そしてアリアには他の者には無い死角が存在する。
それは眼帯で塞がれている右目だ。
片目でしか見る事が出来ないアリアの視界は狭い。
リントはその死角を突いたのだ。
しかし、その攻撃は当たらなかった。
そしてリントの体は空中に放り出されていた。
何が起こったのかリントは理解出来ていなかった。
リントの攻撃が迫っていたアリアは大剣を手放し、体勢を崩れるのを気にせず、地面を倒れこむ様に避けたのだ。
そこから何とリントの足を掴み、力任せに空中へ放り投げたのだ。
そのでたらめな攻防に外野のリアーナとハンナも吃驚した。
リントは空中で姿勢を建て直し着地する。
アリアもその間に手放した大剣を拾い、体勢を立て直していた。
再度、激突すると思いきや、リントは構えを解いた。
リントの行動にアリアは首を傾げる。
「どうしたの?」
「いえ、試験としてはこれで充分と判断しましたので」
アリアは戦いに熱くなって忘れているが、これは新人登録の実技試験なのだ。
アリアは何か負けた感じがして納得が行かなかった。
「それで結果はどうだ?」
試験が終わったのを見てリアーナとハンナがアリアの傍までやって来た。
「文句無しの合格でEランクスタートになります」
不満顔だったアリアは合格と聞いてリアーナに笑顔を向け、リアーナは褒める様に優しく頭を撫でる。
「最後の一撃は大人気無いのではないか?双剣のリントと呼ばれる君にしては」
リントはリアーナに右目の死角を攻めた事を言われてバツが悪そうな顔をする。
「私とした事がついムキになってしまいましたね。アリアさん、強かったですから」
アリアの強さはリントの予想以上だった。
リントが主導権を握れたのは単純に経験の差とも言えた。
身体能力に関してはアリアの方が遥かに上だった。
そしてアリアの学習能力も高いのもあって長引く程、厳しかった。
「本当!?」
アリアはリントに強いと褒められて破顔する。
「それでもまだまだだな。自分の死角はちゃんと把握しないとな」
リアーナに指摘されてアリアは右目を押さえる。
自分の足りない所をうっかり忘れていたのだ。
「それと最後のあれは無いな」
「もう少しスマートな戦い方を覚えた方が良いですね」
リアーナとハンナはアリアが最後にリントを放り投げた事を指摘した。
「あれは私もビックリしました。まさか片手でブン投げられるとは思いもしませんでした」
リントも思わず苦笑いを浮かべる。
「……ごめんなさい」
アリアは肩を落としてしょんぼりとする。
自分自身で思い直してみてもあれはどうかと思ってしまった。
「強い新人の方は大歓迎ですのでそんなに落ち込まないで下さい。普通の方であれば避ける事すら困難なのですから」
リントはあの一撃を避けられた事にショックを受けていた。
彼女自身もまだ修行が足りないと感じた瞬間だった。
「受付でカードを発行しますので受付へ戻りましょう」
こうしてアリアは無事、冒険者として登録する事が出来た。




