110:アリアの冒険者登録
アリア達はヴェニス近くの小屋を出発した後、デランドを通過し、ネッタへとやってきていた。
ここでの主な目的はアリアを冒険者として登録する事だ。
冒険者ギルドから発行されるカードが身分証明書となるので今後は国境を越えたり、街へ入る時等で必要となってくる。
アリア達はカーネラル王国内にずっといる予定は無い。
ボーデンがランデール王国の慰問から戻ってこれば手配される可能性があるからだ。
この事に関してはリアーナが父であるルドルフに相談し一手を打ってある。
上手く行けば手配される事は無いが、万が一を考えての事だ。
向かう先はファルネット貿易連合国を予定している。
神教の影響力が薄いのが大きい理由だ。
三人は冒険者ギルドへ向かう前にある所へ寄っていた。
それは冒険者御用達の防具屋だ。
アリアの右目に埋まる高貴なる真紅を隠す為の眼帯を探す為だ。
そして店内の眼帯が置いてあるコーナーで手鏡で確認しながら色んな眼帯を合わせていた。
「アリア、これが良いんじゃないか?可愛いからきっと似合うぞ」
リアーナが見つけてきたのは眼帯に可愛い兎の刺繍があしらわれた物だ。
アリアはその眼帯にちょっと引いた。
「流石にそれは恥ずかしいよ。私、もっとカッコいいのが良いかな」
そんな可愛い眼帯をした冒険者なんて何処にいるのかと思うアリアだが、着けないとリアーナが拗ねるので恥ずかしいが、一応着けてリアーナに見せる。
「可愛いから似合うと思うんだがな」
真面目な顔で言うリアーナに複雑な表情を浮かべるしかない。
「アリア様、こちらはどうでしょうか?」
横からハンナが一つの眼帯差し出した。
そのデザインにアリアは思わず受け取るのを躊躇した。
「ハンナ、女の子にこれは無いと思うけど……」
眼帯に髑髏の模様があしらわれた物だ。
アリアは髑髏だけならそんなに気にしなかったが、その眼帯は金属製のスパイクが装飾であり、女の子が着けるには厳つ過ぎた。
「このスパイクの荒々しさがカッコ良くありませんか?」
ハンナのセンスがよく分からないと思ったアリアだった。
アリアは二人に選ばせると碌でも無いデザインの物になりそうな気がしたので、自分で探して選ぶ事にする。
横目で見るとリアーナは動物柄の可愛い物を見ており、ハンナはと言うと先程と似た様なデザインの物を物色している。
アリアは並んでいる眼帯を見るが、どうもしっくり来る物が無い。
だが思っているよりもたくさんの種類がある事に驚いていた。
眼帯は傷を負った目を隠す物なので普通の人は必要が無い物ではあるが、お洒落の一環で買う人間が意外といたりする。
特にここの店は品揃えが多いので街の外から買いに来る客がいるぐらいなのだ。
アリアは適当に物色しながら一つの眼帯に目が留まる。
それはアリアの着ている服と同様に黒に差し色で赤を使った配色で眼帯自身は割りとシンプルな物だった。
手に取って自分で着けて手鏡で確認してみる。
無難ではあるが悪くないと思った。
「よし、これにしよう」
アリアはこの眼帯に決めて着けたままリアーナとハンナの所へ向かう。
「これにする」
リアーナとハンナは真剣な表情でアリアの選んだ眼帯を見る。
「もっと可愛いのが良いんじゃないか?ほら可愛いホーンベア刺繍されているぞ」
「いいえ、こっちの竜が描かれたの物の方がカッコいいですよ」
二人はまたもや微妙なデザインの眼帯を出した。
「どっちも嫌。これでお会計してくるね」
アリアはこれ以上は無駄だと思い、カウンターへ向かっていく。
少し残念そうなリアーナとハンナだった。
眼帯を購入するとアリア達は冒険者ギルドへと向かった。
ネッタの冒険者ギルドはカーネラル王国の交易の中心となる街にあるだけあり、規模が大きい。
街の規模は王都ドルナードと同じなのだが、交易の中心と言う事もあり、冒険者ギルドへの依頼が多いのだ。
この街で一番、多い依頼は商隊の護衛だ。
冒険者ギルドは一番の得意先である商人に都合が良い様に街の東西南北に支部を設けており、利用しやすい様になっているのだ。
その為、ネッタの冒険者ギルドはカーネラル王国内で一番の規模を誇っている。
アリア達が来たのは西の街門近くにある冒険者ギルドだ。
この街のギルドは支部によって特徴がある。
中央にあるネッタのギルド本部は貴族向けの為、非常に綺麗で豪華な作りになっており、冒険者ギルド定番でもある併設の酒場が無い。
その代わりにお洒落なカフェが併設されている。
冒険者も貴族受けが良い様に身形に気を遣った者が多い。
北の街門の傍にあるギルドは神教の総本山であるヴェニスへの巡礼者への護衛が多い。
その為、敬虔なアルスメリア神教信者の冒険者が多い。
なのでアリア達はここのギルドへ寄るのは避けたのだ。
アリア達が向かった西の街門近くのギルドは北東にある森には魔物が多く潜んでいるので魔物討伐を中心にした冒険者が多い。
簡単に言えばこの街のギルドの中で荒くれ者が集まる治安が悪いギルドだ。
中へ入ると如何にも冒険者と言わんばかりの厳つい冒険者達が昼間から酒を呷りながら賑やかな様相を見せていた。
アリアは初めての冒険者ギルドに思わずキョロキョロと周りを見回す。
孤児院にいた時はシスターから冒険者ギルドへ近づかない様に厳しく口酸っぱく言われていたのだ。
孤児院から近いディートの冒険者ギルドは鉱山街、且つ国境に近く、カーネラル王国内ではかなりの辺境になるので、こことは比較にならない程、治安がかなり悪いのだ。
「アリア、あそこで登録が出来るから行こうか」
「うん!」
アリアはリアーナに連れられて空いている受付カウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルド北門支部へようこそ。本日はどの様なご用件でしょうか?」
受付の女性はくすんだブロンドの髪を揺らし軽く会釈し、用件を問う。
「この子の登録をしたい」
リアーナは横に並びアリアを視線で指す。
「新規の冒険者登録ですね。失礼ですが、お幾つでしょうか?」
「十五だよ」
カーネラル王国内では最低十歳にならないと冒険者登録は出来ない。
最低年齢が低く設定されているのは身寄りの無い子供でも働いてお金を稼げる様にと言うセーフティネットとしての意味合いがある。
十五歳未満の場合、冒険者ギルドが設ける講習を全て受けないと討伐、護衛等の戦闘が絡む依頼を受ける事が出来ない様になっている。
「年齢は大丈夫ですね。それではこちらの用紙に可能な範囲で記入して下さい」
アリアは受付の女性から用紙を受け取り記入していく。
さっと書き終えて受付の女性へ渡す。
「お名前はアリアさんで特技が剣ですね。魔法は無しと……」
受付の女性は十五の少女に不釣合いな背負う大剣に目が行く。
普通の前衛タイプの十五歳の少女が持つ武器は一般的には軽めの長剣、槍を持つのが一般的だ。
比較的小柄なアリアの様な少女が大剣を扱うのは非常に珍しい。
「魔法は使えないと言う事なので、訓練場で実技試験を行いますので、私の後に付いてきて下さい」
アリア達は受付の女性に付いて訓練場へと向かう。
登録時、魔法が使えないと申告すると適正検査は免除される。
魔法を使えるアリアが何故、魔法無しで登録したかと言うと面倒事を避ける為だ。
治癒魔法が使えるとギルド権限で緊急招集で強制的に治療の依頼をこなさなければならない事があるからだ。
更に聖女だったアリアの治癒魔法は余りにも特異であり、正体を誤魔化すのが難しい。
心象魔法については特殊過ぎるのと、映し出す心象が余りにも無惨な物が多い為、隠す事にした。
訓練場へ入ると冒険者達が鍛錬の為、模擬戦を行っていた。
受付の女性は空いている模擬戦スペースへと案内する。
「実技試験を担当する冒険者がいない様だが?」
リアーナは模擬戦スペースにアリアとハンナ、受付の女性の四人しかいない事に気付き尋ねる。
「今回の模擬戦の試験官は私が担当させて頂きます。申し遅れましたが冒険者ギルド北門支部のリントと申します。今は受付嬢をやっておりますが、元Aランクの冒険者なので試験官としては問題ありませんのでご安心下さい」
リアーナはリントの説明に納得した。
冒険者ギルドの職員には元冒険者と言うのが多い。
「アリアさん、そちらに並んでいる武器からお好きな武器を選んで下さい」
「はーい」
アリアは軽い返事をして扱いやすそうな武器を探す。
手に取ったのは身の丈より少し大きい大剣だ。
これが背負っている魔剣と感触が似ていた。
「決まったよ」
アリアは身の丈のある大剣を軽々と提げながらリントの元へ戻る。
「本当にその武器で良いのですか?」
リントはアリアの体格で大剣を扱うのは無理なのでは無いかと思ったのだ。
「これが一番しっくり来るからこれで良いよ」
アリアは大剣を片手で持ち上げて言った。
「畏まりました。これは試験で実力を見る為なので勝敗は関係ありません。好きなタイミングで掛かってきて下さい」
リントはアリアに向けてそう言うとその両手には一振りずつ長剣が握られていた。
構えたリントの姿に場外で眺めていたリアーナは彼女の二つ名をを思い出した。
『双剣のリント』と呼ばれる凄腕の冒険者がいた事を。




