109:エピローグ
アリアは目を覚ますと体には毛布代わりマントを掛けられており、枕代わりに丸めたマントが当てられていた。
そのお陰で思いの外、寝やすかった。
と言っても猟師が休憩に使う様な小さな小屋なので木の板が簡単に張られているだけの床で良い寝床とは言い難い。
しかし、深淵の寝床で封印されている時は冷たい石の上に裸に直で寝ていたので、それに比べれば楽な方だ。
寝る直前の事を思い出そうとするアリアだが上手く思い出せなかった。
自らの事を話した事は覚えているのだが、そこから先の記憶が曖昧だった。
「あれ……何を話していたんだっけ?」
アリアが記憶を一生懸命に辿っていると突然、目の前にふさふさの毛の塊が現れ、思わず顔を埋めた。
豊かな毛並みに程良い毛の柔らかさに包まれつい笑顔が零れる。
「おはようございます、アリア様」
それはハンナの尻尾だった。
先程の呟きにアリアが起きた事に気付き、アリアが一番好きな尻尾を触らせてあげる事にしたのだ。
それに加えて昨日の話を思い出そうとしているのも呟きから分かっていたので、アリアの精神安定剤として差し出したと言うのもある。
アリアが普段より激しくもふもふしているが、今日は我慢するつもりだった。
たくさん辛い事があった事は想像に難くも無く、今日ぐらいはたくさん甘やかしても良いと思っていた。
「ハンナの尻尾だぁ~」
アリアも久しぶりの感触に思考を停止して一心不乱にその感触を堪能していた。
その笑顔にハンナは安堵を覚えながらも不安は拭えなかった。
いつ昨日の様な状態になるか分からないと思うと気が気でならなかった。
尻尾を堪能している内にアリアは昨日の記憶が少しずつ思い出してきた。
リアーナとハンナが悪魔との契約者になった事を。
思い出すに連れてアリアの手が止まる。
「ハンナ……何で……?」
アリアの震えた声の問いにハンナは頭を撫でながら有無を言わさず尻尾を器用に動かしてアリアの顔を尻尾に埋めてしまう。
「うぷっ」
アリアは突然の尻尾の動きに変な声を出す。
「私もリアーナ様もアリア様をお一人にする筈が無いじゃないですか。もっと私達を頼って下さい」
アリアは声を上げようとしたが尻尾に阻まれて文句を言う事が出来ない。
「特にリアーナ様はアリア様の母親なんですからもっと頼ってあげても良いじゃないですか?もっと周りを見て下さい」
アリアはハンナの言葉にハッとなる。
「アリア様は一人ではありませんよ」
大切と言いつつも何処か知らない内に距離を取ろうとしていた事に気付いたのだ。
アリアに家族と呼べるのはリアーナしかいないし、それは掛け替えの無い存在だ。
だから自分の為に迷惑を掛けたくないと思っていた。
でもそれが大切思っている人間の感情を考えた結果だろうか?
否、アリアはそこまで考えが及んでいなかった。
アリアのこれまで育った環境の所為か、無意識に甘えると言う行為に制限を掛けてしまっているのだ。
それに加えてアリアは人の悪意には敏感だが善意に対して鈍感な所がある。
「そうだぞ。もっと頼って良いんだ」
ふと後ろから声が掛かったと思うとアリアは軽く持ち上げられ、声の主の膝の上に座らされる。
先程まで寝ていたリアーナだったが、アリアとハンナの声に目を覚ましたのだ。
「……リアーナさん?」
アリアはゆっくりと振り返るとそこにはいつも以上に優しいリアーナの顔があった。
「私もハンナも二度とアリアに寂しい思いをさせるつもりは無い。屋敷は売り払ったからな」
「えっ!?」
王都の屋敷を売り払ったと聞いて思わず驚きの声を上げた。
「騎士隊には辞表を提出してきた」
リアーナはさらっと言ったがアリアは信じられなかった。
ここに来る前に国王に辞表を提出したきたのだ。
国王は必死に引き止めたが、リアーナの意思は固い。
アリアを救う為には騎士隊にいたままではいる事は出来ない。
最悪は罪人となる可能性もあるからだ。
国王もそれを分かってはいたが、説得が出来る程の材料はなく止める事が出来なかった。
更に悪魔の契約者となった為、この事が露呈するれば大問題になるのは明白だ。
アルスメリア神教の教えでは悪魔は忌まわしき人間の敵とされており、悪魔の契約者は異端狩りの対象になる。
それが国の要職に就いているとなれば国として批判は免れない。
出奔する身ではあるが、リアーナにとってこれまでお世話になった祖国であり、家族が住む国でもあるので極力、迷惑は掛けたくないのだ。
だが実際には財務大臣である父のルドルフには世話を掛けっ放しだ。
リアーナの屋敷、そこにいる使用人については基本、ベルンノット侯爵家に引き取ってもらったのだ。
王都の屋敷は今まで通り顕在で使用人もそのままだ。
ルドルフはリアーナに話してはいないが、リアーナが戻ってきた時の為、そのままにしている。
戻ってこないと知りながらも心の何処かで娘の帰還を待ち望んでいるのだ。
「私としてはアリアとのんびり旅を出来ればと思っていたから都合が良かったと言うべきかな」
リアーナの言い分は流石に無理があるとアリアは思った。
そんなアリアとは裏腹にリアーナはアリアと何処へ行こうかと楽しみにしていたりする。
「それにアリアの復讐をするにしても準備がいる」
復讐と言う言葉にアリアの表情が変わる。
「ボーデンは今、ランデール王国へ慰問に出ていてここにはいない。それにアリアに戦い方を教えないといけない」
「私、戦えるよ?」
「それはただ力を振るっているに過ぎない。一度、私やハンナと戦ってみれば分かるさ。当面は冒険者でもしながら鍛えていく感じになるだろう」
アリアは圧倒的な力で敵を倒したに過ぎない。
しかし、その戦い方は非常に危うい。
真に強い敵が現れれば通用しない。
そして、リアーナはいくつもの戦を乗り越えてきた戦いのプロフェッショナルだ。
だからこそ、その危うさが分かるのだ。
「冒険者!?私もなっていいの?」
アリアは冒険者と言う言葉に喜びを露にした。
将来のなりたい職業の中に冒険者が候補に入っていた事もあった。
ディートの街で見かける冒険者を憧れの目で見ており、森の中へ入っていたのも冒険者になれたら良いと思っていたのもあったからだ。
「あぁ……街への出入りや国境を越える時に身分証の提示が必要だからな。ギルドのカードがあればそこら辺のやり取りが楽になるしな」
「リアーナさんとハンナも登録するの?」
「私は学院に入る前に登録しているから必要は無いな。アリアと一緒になる前は休みの日の小遣い稼ぎにミレルと魔物討伐に行っていたから一応、Aランクだ」
アリアはリアーナのランクを聞いて驚くが、リアーナがAランクなのは詐欺だ。
実力からすれば余裕のSランクなのだが、休みの日の気晴らしと小遣い稼ぎ程度でしか依頼を請け負っていないのでランクが上がっていないのだ。
ギルドへは身分を隠していると言うのもある。
「私もリアーナ様同様のAランクです。屋敷に来る前から登録はしておりましたから」
暗殺者時代から冒険者として登録しており、リアーナの屋敷に来てからは訓練と称してレミーラやトムに連れられて魔物討伐に行かされていたのでランクはかなり高い。
そもそも屋敷に来る前の時点でBランクだった。
暗殺者家業だけでは収入が心許無かったからだ。
「私も冒険者か~」
アリアは嬉しそうな顔をしながら感慨深そうに言った。
その様子にリアーナとハンナは温かい目で見る。
「そうだ。ハンナ、あれを出してくれ」
「畏まりました」
アリアは何を出すのか不思議そうに思いながら、ハンナは空間収納から一着の服を取り出す。
三人とも悪魔と契約してから空間収納の魔法が使える様になっていた。
「アリア様、新しい服ですので着替えましょう」
アリアは目を落として自分の服を見る。
カタストロフから渡された男物の服だと言う事を思い出した。
アリアはハンナにされるがまま服を脱ぎ、服を着替える。
新しい服を見ながらアリアは心を躍らせた。
黒を貴重にしたデザインで冒険者でも違和感が無い様に動きやすく、且つ女性らしい可愛さを残した格好だ。
アリアも冒険者っぽい服に満足気だ。
ハンナはアリアを座らせるとリアーナが目の前に来て懐からカタストロフから渡された高貴なる真紅を取り出す。
「リアーナさん、それは?」
アリアは真っ赤に輝く宝石に首を傾げる。
「アリアの右の眼球の変わりになると思ってな。まぁ……見える様になる訳じゃないが、可愛いアリアの顔のバランスが崩れても困るからな」
ハンナは長く伸びたアリアの前髪を上げる。
「アリア、少しキツイかもしれないが我慢してくれ」
リアーナはアリアの顔を優しく掴み、ゆっくりと慎重に空っぽの眼窩に高貴なる真紅を埋め込んでいく。
アリアは自分の眼窩に異物が納まっていくのを感じた。
高貴なる真紅が眼窩に収まるとリアーナはアリアの顔を放す。
「どうだ?」
アリアは瞬きしながら高貴なる真紅の納まり具合を確認する。
ずっと空っぽだった眼窩が埋まり、思いの外違和感は無かった。
「うん、大丈夫だよ」
アリアの言葉にリアーナほっと胸を撫で下ろす。
ハンナはアリアの右目を隠すように前髪を垂らして、ピンで余り動かない様に固定する。
「やはり眼帯は必要ですね」
「そうだな。流石に目立つか……」
様相を整えたアリアを見たハンナとリアーナは同じ事を思った。
髪の隙間から眼窩に納まった高貴なる真紅がチラリと窺える。
前髪だけでは隠しきれなかった。
「取り敢えず、ネッタで見繕うか……」
ヴェニスの次の街は南にあるデランドと言う街なのだが、カーネラル一の交易都市であるネッタは色んな物が揃う街なのだ。
アリアが身に着ける物なので良い物と考えていた。
アリアの着替えが済んだ為、三人は小屋を後にしネッタへ向かった。
アリア「無事に二章終わり!次は三章だね!!」
ヒルダ「その前に幕間がありますよ。十話ぐらいですが」
ア「飛ばして三章に行っちゃえば良いんじゃない?」
ヒ「それは私が困ります。二章で出番が無かった私の話がありますから。ハル姉にも恨まれますよ」
ア「私は話した事ないからいいや」
ハルファス「じゃあ、このクッキーはお預けね」
ア「あー!?私のおやつ!!」
ヒ「何時の間に出てきたんですか?」
ハ「さっき。洗濯物は畳んでおいたから。人の出番を奪う奴におやつ当たらないのよ」
ア「ごめんなさい。おやつを下さい」
ヒ「謝るの早っ!?」
ハ「残念ながら脇役の気持ちが分からない主人公にはしっかり自覚しておかないとね」
マイリーン「そうですよ。そんな事を言っているとお仕置きが待っているんですよ」
ア「マイリーンさんまで!?」
ヒ「これは収拾が着かないので私は今の内に避難しましょう」
ア「あ、ヒルダさん、置いていかないで!?あー!!!」




