108:悪魔達の会話
「少し私からの苦情を良いかしら?」
濃い青い髪の小屋に場違いな扇情的なドレスを着た女性がリアーナの直ぐ横に現れ、腰を下ろす。
「こうやって会うのは何年ぶりかな?アスモフィリス」
カタストロフは文句有り気な表情のアスモフィリスを気にする事無く懐かしい友人に会う様な気軽な感じで声を掛けた。
「七百年ぶりかしらね。私の全てを燃やす獄炎すら壊してしまうその能力が恨めしいわ」
忌々しげに言うアスモフィリス。
この二人はある因縁があった。
決着を見る事無く再会した二人の仲は決して良いと言う物では無い。
今回のアリアの救出劇はカタストロフがアスモフィリスに頭を下げた形だった。
「正直、説明をして貰わないと納得出来ないわ。何故、その子がアメリアの複製と言う事を黙っていたのかしら?」
「そんなに難しい話じゃないよ。そうしないと君は間違いなく断るだろ?だからさ。恥も外聞も無く頭を下げる僕の姿は珍しいでしょ?」
「当たり前よ。何であの女の為に私が動かなければいけないの?あれが本人じゃないのは見れば分かるけど、あの子を魔王にしてどうするつもり?」
アスモフィリスの問いにカタストロフの眉が僅かばかり動いた。
「力を貸すだけなら力の譲渡なんか必要無い。それにあの子があの御方に認められる訳が無いと思うのだけれど?」
アスモフィリスは魔王の真の意味を知っていた。
だからこそカタストロフの行動が理解出来なかった。
「それについては問題無いと行っておこうかな。あの御方は既に知っているし、了承を得ているよ。でなければこんなやり方は出来ないからね」
アスモフィリスは予想もしていなかった答えに困惑する。
「え、それって、相当不味いんじゃないかしら?」
「だからアメリアを探すんだ。それに君の探し物も見付かるかもしれないよ?」
「腹立つわね。私の目的もお見通しって訳ね」
カタストロフの態度に苛つきを覚えながらも目的の為であれば仕方が無いと割り切るアスモフィリス。
「横合いから済まないが、あの御方とはどう言う者なのだ?」
リアーナは二人が名言を避ける相手が気になった。
「契約者のあなたには何れ分かる……と言うかあの子といればいつか会わなければいけない御方だけど、まだ話せる段階では無いわ。あの子の復讐が終わったタイミングなら話しても良いかもしれないわね」
「そうだね。君達が知るにはまだ早い。それに知らない方が彼女の負担が少ないからね」
二人とも今、この場で話す気は一切無いとの意思表示だった。
リアーナもこの二人相手に食い下がる気は無かったので大人しく引き下がる事にした。
明らかに魔王の一角とされるカタストロフが気を遣う必要性がある存在。
そんな存在がいるのかと信じられない思いをしながらも、何時か相対しなければいけないと思うと身震いがした。
「バジールは元気そうで良かったよ」
カタストロフが声を掛けた瞬間、ハンナの横に一人の青年が姿を現した。
「その様なお言葉を頂き恐縮です。王よ」
バジールは普段の女性っぽい口調ではなくキリッとした貴族の従者の様な振る舞いだった。
「今回は色々と助かったよ。彼女と一緒に今後も頼むよ」
「有り難きお言葉。王よ、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「構わないよ」
バジールは恭しく一礼をして質問の許可を得て聞いた。
「王の契約主であるアリア嬢はどの様にお扱いしたらよろしいですか?」
バジールはアリアに対してどの様に接するべきか迷っていた。
「僕の後を継ぐ者として考えてくれれば早いかな。僕の力のほとんどは彼女に渡してしまっているし」
カタストロフの言葉にバジールは表情には出さなかったが、驚きを禁じ得なかった。
自らの力を渡す行為は契約では無く、後継と言う事であり、その意味を理解出来たが、素直に信じられなかった。
バジールからすればアリアは唯の人間でしか無い。
カタストロフにはバジールが知りえない何かがそこにあるのだろうと思っていた。
彼自身、長年に渡ってカタストロフの眷属として仕えてきたので、主の命令に逆らうつもりは無かったが、少し納得が出来なかった。
「アリアじゃ不満かい?」
バジールの思っている事を見透かしたかの様に言葉を放つ。
「いえ、滅相もありません」
内心を言い当てられ、平静を装いながら返すが、カタストロフには通じなかった。
「君は僕の事を誇りに思っていてくれる事はよく知っているよ。君はアリア……いや、アメリアの真実を知れば彼女が僕の後を継ぐのに相応しいと言うのが分かると思うよ」
バジールも聖女アメリアとは一度、会った事はあるのだが、普通の人間と言う印象しか持っていなかった。
「別に教えてあげても良いんじゃない?アメリアの事」
アスモフィリスが横から口を出す。
バジールはそれを苦々しく見る。
彼は眷属では無いアスモフィリスが真実を知っていそうな事が気に食わなかった。
「ダメだよ。この事を知っているのはあの御方と君とアルスーヤだけだ。この中で知る権利があるのはアリアしかいない。君は話してしまって良いと思っているのかい?」
「私は構わないと思っているわよ。あの御方は許さないかも知れないわね……」
アスモフィリスは虚空を見つめながら悲しげな表情を浮かべた。
それは遠い過去の記憶を一つずつ思い出す様に。
「ま、私はあなたの意見を尊重しておくわ」
手の平をひらひらと振り、お任せと言った感じの態度にカタストロフは少し不思議そうな顔をする。
「君にしてはどうしたの?もう少し何か言うと思ったんだけど」
「そんな不思議じゃないわよ。暫くしたら私、消えちゃうから。私の契約者なら真実を知り、どんな事があってもちゃんとあの子を導いてくれるわ」
アスモフィリスはにこやかにリアーナを見ながら言った。
リアーナは突然、振られてどうしてものかと考えてしまう。
「君が消えるとはどう言う事だい?」
「簡単に言えば相性が良すぎたのよ。私自身が彼女の魂に引っ張られていてね。融合して消えてしまいそうなのよ」
自嘲気味に話すアスモフィリスにカタストロフは真剣な顔付きに変わった。
「君は最初から分かっていたのかい?」
「そんな事ある筈ないじゃない。分かっていたら契約なんてしないわよ。結果的にはある意味、ミイラ取りがミイラになった感じかしら?まぁ、私としてはアメリアじゃなくてこの子なら問題無いわ」
「もっと嫌がると思ったんだけど」
「見た目はそっくりだけど、中身は別物でしょ?性格は全く似て無いわよ。あの性格の悪さは似なくて良かったわね」
横で聞いていたリアーナは聖女アメリアが一体どんな性格だったのだろうかと思いながら二人の話を聞いていた。
世間一般的には慈愛に溢れた聖女と言うイメージを持たれている為、アスモフィリスの言う様な性格の悪いと言うのが意外なのだ。
だが実際に面識のある人物が言うのだからそう言う所があると思うしか無い。
「僕はアリアの性格を正確には知らないから何とも言えないけど、アメリアはお世辞にも良いとは言いにくいね。あー、でも悪戯が好きな所は似ている感じがするかな」
カタストロフはアリアの記憶を覗いている為、どんな行動を取ってきたのかは知っているのだ。
「顔はそっくりだけど別人として認識しているから」
「君が良いなら良いよ。大分、脱線したけど、バジールには少し我慢してくれると嬉しいかな。時期が来ればちゃんと説明するから」
「畏まりました。誠心誠意尽くします」
バジールは主が何れ明かす時が来るのであれば気長に待とうと思った。
そして主に相応しいかはこれから見ていけば良いのだと。
「そうそう、君にこれを渡しておかないと」
カタストロフは虚空から赤く光る石を取り出した。
「一応、目の代わりでは無いんだけど、彼女の右目代わり入れておいてあげて。折角の可愛い顔が崩れてしまうかもしれないから」
アリアの右の眼球は抉られて眼窩は空洞になっている。
長期間、空洞状態だと顔が歪む恐れがあるのだ。
「分かった。明日、アリアが起きたら説明して付けるようにさせる」
リアーナは石を手に取ると若干の魔力を感じた。
「これは魔石か?」
「いや、これは高魔力を浴びたルビーで高貴なる真紅と呼ばれる物さ。一応、気休め程度だけど、精神を安定させる魔法陣を組み込んである。僕も常時フォローと言うのが難しい事もあるかもしれないからね」
リアーナにはその宝石の価値が今一理解出来ていなかった。
高貴なる真紅は最高峰のルビーで高い魔力を保有し、通常のルビーとは比べ物にならない程の輝きを放つのだ。
小さいサイズの高貴なる真紅が入っている指輪でも購入希望者が殺到する程、人気があり、希少な宝石だ。
ある国では国王の王冠に埋め込まれ、王家の証とされている。
アリアの眼球サイズの高貴なる真紅となればその価値は下手な国を丸ごと買い取れる金額になる。
宝飾品に興味を持たないリアーナは綺麗な宝石と思うだけで、さっと懐へ仕舞う。
「明日、アリアに渡しておく」
「よろしくね。今日はそんな所かな。でも今日の話は彼女には話さなくて良いよ。結構、気にするみたいだから」
「分かっている」
リアーナが頷くとカタストロフはよろしく、と言葉を残し、姿が虚空に溶ける。
アスモフィリスもバジールもそれを見て姿を消す。
リアーナとハンナは交代で火の番をしながら一夜を過ごした。




