106:再会
長い廊下を進むと大きな扉があった。
この扉に封印と同じ様な処置が施されていた。
アリアは躊躇う事無く封印に触れて破壊する。
重い扉を押して開けるとそこには見覚えのある顔が二つそこにあった。
アリアはカタストロフの言葉を思い出した。
協力者がここまで迎えに来ると言ったのを。
それが誰とは言わなかったが、アリアのよく知る人物だと。
その顔を見てアリアは涙が出そうになる。
「迎えに来たぞ、アリア」
懐かしいその声はアリアの心を大きく揺さぶる。
アリアは自らが血塗れなのを忘れ思わずその胸に飛び込んだ。
「リアーナさん……会いたかったよぉ……」
その声は半分嗚咽にと混じりだが、久しぶりの対面に喜びを隠せなかった。
アリアは神殿に来てからリアーナとは一度も会えていなかったのだ。
聖女として王都へ向かった時はタイミングが悪く、不在でそれ以降も会えなかった。
暗い地の底に閉じ込められてからもリアーナ事を考えない日は無かった。
最後までリアーナが助けてくれると信じていた。
「よしよし……ん、アリア!?血だらけじゃないか!?」
リアーナは髪を撫でようとしてその感触に違和感を覚えた。
手には真っ赤な血が大量に付いたからだ。
血塗れのアリアに何処か怪我をしているのでは無いかと思った。
そしてアリアの顔を見て固まる。
「ア、アリア……お前……右目が……」
リアーナはアリアにある物が無い事に気が付いてしまった。
その眼窩に収まるべき右目の眼球が無い事に。
「魔法が使えなくて治せなかったんだよ」
アリアはあっけらかんと言ったが、リアーナは酷く悲しい表情を見せた。
その姿にアリアが酷い拷問を受けた事は明らかだった。
まだ十台半ばの少女に行うには目に余る酷い仕打ちだった。
そしてその表情は怒りに染まっていく。
「奴らめ……何処まですれば気が済むのだ……」
唸る様な低い声でリアーナ言った。
その凄まじい怒気にアリアは思わず身を震わせた。
リアーナもそれに気付き、怒りを静める。
「すまない。他に怪我は無さそうだな」
リアーナはざっとアリアの体を見て判断した。
戦慣れしているリアーナからはその血が傷による物なのか、返り血による物なのか直ぐに判断する事が出来る。
その返り血からアリアが起こした行動も予想が出来た。
「リアーナ様、積もる話はたくさんあるとは思いますが、早く脱出しましょう」
横に控えていたハンナが声を掛ける。
「ハンナ!?」
アリアはハンナが無事だと言う事に喜んだ。
掴まってから別行動で安否をずっと気にしていたのだ。
ボーデンから捕まらないと言っていたが、それだけでは安心出来なかった。
「アリア様、流石にその様相では色々と不味いので洗浄」
ハンナは血塗れのアリアの汚れを消す。
ついでにアリアに抱きつかれて血の跡が付いたリアーナも綺麗にする。
「逃走経路は把握しておりますので、付いて来て下さい」
三人は長い廊下を走り、駆け抜けていく。
******
「リアーナさん、あれはやり過ぎじゃないの?」
アリアは溜息混じりに言った。
神殿から脱出した三人はヴェニス郊外の森の中にある小屋に身を潜めていた。
この小屋は猟師が森で狩りを行う際に休憩に使っている物だ。
なので大した物は置かれていない。
火の回りに暖を取れるように囲いの様にある椅子があるだけだ。
三人はそこに腰を掛け、火を囲んでいた。
「あの程度問題無い。多少、痛い目を見るべきだろう」
リアーナは全く気にする素振り所か当然と言わんばかりの物言いだ。
リアーナが何をしたかと言うと逃げる際に神殿の一角を爆発で吹き飛ばしたのだ。
一応、人の被害が出ない場所を選んで吹き飛ばしている。
本当は軽く建物を壊す程度だったのだが、自らの力の加減を間違えたのと、溜まった鬱憤を魔力に込めてしまったのが原因であったりもする。
半壊程度に留めるつもりが跡形も無く吹き飛ばしてしまった。
元々は足止めだったのだが、結果は完全なる破壊行為でしか無い。
「私もあれはやり過ぎだと思います」
ハンナもアリアと同じ事を思っていた様だ。
「良いんだ。アリアにした仕打ちを考えれば安い物だ」
全く反省する気が無いリアーナ。
神教の行ったアリアへ対する事は到底許せる物では無かった。
小屋に着いてからアリアから囚われてからの経緯を聞いて更に憤り、湧き上がる怒りは際限が無かった。
「そうだね。あの程度で済ますつもりは無いよ」
アリアの残った唯一の目には昏い復讐の炎が宿っていた。
「私は絶対に嵌めた奴らを許さない。どんな事をしても」
アリアは自ら嵌めた者達へ復讐する為に脱出したのだ。
それを成す為にこの身を悪魔に売ったのだ。
「アリア」
「何?」
「私に言えた台詞では無いが、復讐をしたからと言って得られる物ははっきり言って無い。それでもやるつもりか?」
リアーナはいつも以上に厳しい目でアリアへ問う。
「うん。待ち受ける結末がどんな酷い未来でも私は復讐をやめるつもりは無い。でもそれにリアーナさん達が付き合う必要は無いと思う。これは私の勝手な願いだから」
アリアは一人で復讐を遂げるつもりでいた。
自分の大切な人を巻き込みたくは無かった。
「なぁ、何処か遠い所でのんびり暮らすとかは出来ないのか?」
リアーナは国を出て、この大陸から離れれば以前とまでは行かなくても幸せな生活が送れるのでは無いかと考えていた。
「あれを忘れる事は出来ない。それに私はもう、幸せに生活送れる様な人間じゃ無い」
そこには二つの意味が込められていた。
悪魔となりつつある身と自らを血に染めた事。
「そうか……」
リアーナは少し悲しげに残念だと思った。
今なら引き返せないかと考えていた。
自らの手で血に染めた事はあの状況下で返り血を浴びた姿を見れば一目瞭然だ。
アリア同様にリアーナも固く決めていた事がある。
「だがアリア一人にはしないからな。私とハンナも一緒に行く」
アリアは一瞬、嬉しい想いが込み上げたが、この二人を巻き込む事は出来ないと、首を横に振る。
「ダメだよ。私一人で良い。リアーナさんもハンナも今の生活を捨てる必要は無いよ」
「アリアを一人にさせる訳には行かない。それに私とハンナには戻る場所はもう無い」
リアーナは徐に立ち上がり穿いているズボンとパンツを下げた。
「ちょ、ちょっとリアーナさん!?」
アリアはリアーナの突然の行動に慌ててそれを止めようとする。
「え……それって……」
アリアはリアーナの下腹部に刻まれた紋様から目が離せなかった。
「何で……契約印があるの……?」
そう、そこに刻まれていたのは悪魔との契約印だった。
カタストロフの言葉を思い出す。
協力者は契約者だと。
「もしかして……」
アリアはハンナを見るとハンナは左腕の袖を捲り上げた。
そこにもリアーナ同様に契約印が刻まれていた。
「何で……」
アリアは二人が悪魔との契約者になっている事に衝撃を受けた。
魂を売り渡すのは自分だけで良いと考えていた。
巻き込むまいと思っていたが、自分が救われる事により巻き込む形になってしまった事に慙愧の念が湧く。
「アリア、そんな顔をしないでくれ。これは私達の意志で決めて交わした契約だ」
「私はアリア様の侍女です。何処までもお供する所存です」
二人は既にアリアと道を共にする覚悟だった。
リアーナは大切な娘を守る為。
ハンナは仕える主を守る為。
「そんな……嘘……嘘……何で……何で?」
アリアは嫌、嫌とまるで悪夢を振り払うかの様に首を横に振る。
「どうして……どうして……?」
自分の為に大切な人を悪魔とんぼ契約者にしてしまった。
それがアリアの心を大きく責め立てた。
「何で?何で?何で?何で?何で?何で……」
アリアは壊れた機械の様に同じ事を繰り返し呟く。
その様子にリアーナはアリアの方を掴み覗き込む。
表情は悲壮に染まり、ただ同じ事を呟き、首を横に振り続ける。
「アリア!大丈夫か!?」
リアーナの呼び掛けに応える事は無く、先程と同じ事を繰り返し呟きながら首を横に振り続ける。
壊れた機械仕掛けの人形の様に。
「そろそろお休み時間だよ」
突然、アリアの背後に黒髪の青年が現れ、手を当てた瞬間、アリアは糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。
リアーナは咄嗟にアリアの体を抱き留める。
「貴様は何者だ?」
リアーナは突然、現われてアリアを眠らせた青年に警戒する。
「取り敢えず、彼女を横にして休ませてあげなよ。何もしないから」
リアーナはハンナと目を合わせる。
ハンナは板間にマントを引いて、リアーナはその上にアリアを寝かせる。
「まぁ、僕が出てきたのは君達と話がしたいと思ったからだよ」
黒髪の青年、カタストロフは椅子に腰を掛けてにこやかに話す。
「話だと?」
「そう。君達には彼女の状態を理解しておいて欲しいからね」




