12:王太子からの密命
第五騎士隊ミリル・ランベルトと第二騎士隊ブレン・サドウィックは王太子であるヴィクトルの執務室にいた。
彼らの目の前には机を挟んでヴィクトルがおり、いつも以上に緊張していた。
二人とも所属の隊長にヴィクトルの執務室に行く様に命令され、ここにいる。
「第五騎士隊ミレル・ランベルト、第二騎士隊ブレン・サドウィック、二人にはすまないが無理を言って私の執務室まで来てもらった。ヴァン、二人へ説明を頼む」
ヴィクトルの横に立っているヴァンが一歩前に出る。
「君達にはある特別な任務を受けてもらう為に殿下の執務室まで来てもらった」
二人は特別な任務と聞き唾を飲む。
「この手紙をとある人物の元に届けて欲しい」
そう言ってヴァンは一通の王家の印が入った封蝋がされた封筒を取り出した。
「これを届ける人物、それは元第五騎士隊長のリアーナ・ベルンノットだ」
二人はそれを聞いて固まった。
「ミレル、ブレン。お前達がリアーナと普段親しくしていると聞いた。手紙の内容は国としてアリア・ベルンノットを犯罪者として扱わない旨を認めた物だ。陛下が既に承認済みだ」
ヴィクトルは既に父である国王に話をしていたのだ。
国王は前教皇アナスタシアとも親交が深く、聖女アリアを孫の様に可愛がっており、聖女をやめてヴィクトルとの結婚を勧めたぐらいだ。
国王も前教皇アナスタシアを殺害した犯人はアリアでないと確信している。
「ヴァン隊長、任務を受ける条件として遺書を預かってもらって宜しいですか?」
ブレンの本音ではこの任務は受けたくなかった。
リアーナがアリアを溺愛している事はよく知っていたからだ。
彼女の暴れた現場で吹き飛ばされた人間の中の一人なのだ。
「ブレンよ、そこまでの覚悟が必要なのか?」
ブレンの言葉にヴィクトルは返す。
「殿下、リアーナ様はアリア様を非常に溺愛されております。今のお話の流れだとアリア様と侍女のハンナも一緒にいる可能性が高いと思います。リアーナ様は我々を敵と判断した場合、迷わず始末するでしょう。侍女のハンナは元は凄腕の暗殺者です。万が一を考えると逃げる事は不可能、戦えば死ぬ事は間違いないでしょう」
「それを承知の上で頼みたい。だからミレルとブレンを選んだ」
ヴァンは今動ける騎士の中ではこの二人しかいないと思っている。
「殿下、ヴァン隊長、私はリアーナ様と公私ともにご一緒させて頂く機会が多い人間と自負しておりますが、アリア様の事になるとリアーナ様は一切の容赦がありません。我が国では戦女神と呼ばれておりますが、ランデールでは鮮血の虐殺姫と呼ばれている事はご存知でしょうか?リアーナ様が敵の将と対峙した時にアリア様が侮辱された結果が戦の勝利に繋がったのです」
ランデールとの戦争で勝敗を分けた戦いでランデール兵千人を一人で屠ったのだが、それはアリアを侮辱され、狂戦士状態となった事だ。
身体中返り血に染まったリアーナを見たランデール兵はその姿に恐怖した。
逃げ延びた兵もその恐怖にトラウマを負ったぐらいだ。
ミレルもその戦にリアーナの補佐として共に戦っていたのた。
キレたリアーナに巻き込まれない様に兵を下がらせたのもミレルだったからよく分かっているのだ。
「迂闊な者が近づけば敵とみなされる可能性は高いでしょう。そう言う意味ではブレンの事はよく分かりませんが、私の方が他の方よりは敵と思われない可能性は高いと思います」
ブレンの事を意に介さず言った。
ブレンはミレルの言う事には間違いが無い事はよく分かっていたので反論はしなかった。
リアーナはアリア以外の事には疎く、服選びからアリアへのお菓子の手土産、誕生日プレゼント選びを手伝う程の仲だ。
そんな仲だからこそアリアへの溺愛振りをよく知っているのだ。
「殿下、謹んでその密命をお受け致します」
ミレルはヴィクトルを真っ直ぐ見つめ答えた。
「私も謹んでお受け致します」
ブレンは半分諦めたような感じだった。
「二人とも無理を言って済まない。出来る限り報いよう。この任務については他言はならん。頼んだぞ」
「「はっ!」」
二人はヴィクトルに向って敬礼をし、執務室から退出した。
「無事に戻ってくるんだぞ……」
ヴィクトルの呟きをヴァンは聞き逃さなかった。
「殿下……」
ミレルとブレンはヴィクトルの執務室を出て王宮内を歩いていた。
「おい、食堂の個室を使ってお茶でも飲まないか?」
ブレンは疲れた口調でミレルを誘った。
王宮の食堂には食事をしながら打ち合わせが出来る様に個室があるのだ。
「あー、良いわよ。少し落ち着きたいし」
ミレルはブレンの提案に素直に頷いた。
密命の件で一気に気が重くなった。
二人は足早に食堂に向い、飲み物を準備して個室に入って扉を閉める。
ミレルはさっと自分とブレンの分の紅茶を淹れる
「お、サンキュ」
ブレンは紅茶を一口飲みながら密命の件を頭で整理する。
「どうも」
ミレルも紅茶を飲み、ブレンと同様に密命の件について考えていた。
「「はあ~……」」
二人揃って溜息を吐いた。
「リアーナ様への使者とかマジで勘弁して欲しいんだが……」
「それは私も一緒よ。アリア様絡みなら尚更よ。今になってどの面を下げて行ったらいいのか分からないわ」
ミレルはアリアが封印された事はリアーナ経由で知っていた。
だがあの時、国は神殿内の事だから、と何もしなかったのだ。
アリアとリアーナをよく知る彼女にとって国の薄情さに呆れたのだ。
かと言ってミレル自身が何か出来た訳ではない。
「あの雰囲気だとアリア様が一緒にいる可能性は高そうなんじゃないか?」
「それが安心材料なのか不安材料なのか判断しかねるわ。アリア様が一緒にいれば落ち着いていると思うけど……」
「それよりも侍女のハンナが怖い」
ブレンは迷わず言った。
「彼女もアリア様第一主義だからね。一度、彼女と模擬戦をした事があるけど、全く歯が立たなかったわ」
「マジか!?お前で歯が立たないとか、もう侍女じゃないだろ!」
ブレンはハンナの腕を聞いて驚愕を隠せない。
経歴は知っていたが、実際にどのぐらい強いかは分からなかったのだ。
第五騎士隊の中ならミレルは上位五位以内に入る腕前だ。
女性と思って侮ると痛い目を見る。
「行く時は決して武器を向けない事ね。リアーナ様にハンナさんを相手には勝つどころか逃げる事すら無理よ」
逆立ちしても二人に相手出来る様な強さではなかった。
ブレンはただ頷くしかなかった。
「今回は密命だろ?騎士の格好で行くのは不味いよな?」
「えぇ、だから普通の冒険者を装っていくしかないと思う」
ミレルはそこについては既に考えていた。
外で騎士の格好していると悪目立ちするのは明らかだ。
冒険者なら旅をしても国境を越えても違和感が無い。
騎士で国境を越えるとなると緊急時以外は先触れを出さないといけない。
「それしかないよな」
ブレンも素直に頷く。
「ちゃんとギルドに登録してあるでしょうね?」
冒険者を装うのだからギルドの登録が無ければ街の出入りに困る。
特に国外に出た時に。
「あぁ、それは問題無い。ま、ほとんど一年に一、二回しか仕事を受けないからCランクだがな」
「え、Cランクなの?」
ミレルがランクの低さに驚いた。
「そう言うお前のランクは?」
「私はAランクよ。鍛錬とお小遣い稼ぎも兼ねて魔物狩りをしてるから」
最近、化粧品や婚活目的の夜会に参加したりと入用が多いのだ。
「取り敢えず、出発は明後日にしましょうか?一応、私の方で食料と馬車の手配はしておくわ」
「それは助かる。暫く宜しくな」
「えぇ」
二人は食堂の個室を後にした。
思いの外、長く休憩してしまった為、戻るのが遅い、と隊長に怒られる二人だった。
アリア「漸く十二話だね!」
ヒルダ「何て中途半端なタイミング?それも唐突に始まった!?」
ア「今後は不定期で後書きに私達の雑談コーナーにするらしいよ」
ヒ「えー、それは突然ですね」
ア「うん」
ヒ「適当に始めて適当に終わりましょう」
ア「じゃあ、王子様出てきたね。ヒルダさんの同級生?」
ヒ「そうですよ。あの時は私も若かったんです」
ア「殿下と余り話をした事が無いんだよね。陛下は王宮に行くと必ずお菓子くれるんだよね。いつも結婚しないかしつこいんだよ」
ヒ「まぁ、陛下も殿下のお相手探しに手を焼いていましたから」
ア「殿下は学校ではどんな感じだったの?」
ヒ「勉強熱心な真面目な方でしたね。成績はずっと学年一位でしたし、生徒会会長もやっておられましたし、非常によく出来た方でしたよ。ただ女性の気持ちには疎い方でしたね」
ア「何その万能イケメン!?」
ヒ「そう言えば今回出てきたミレルさんはどの様な方なのですか?」
ア「ミレルさんはリアーナさんのお世話係に近いかも。リアーナさんって、無頓着な所が多くて家ではハンナさん、騎士隊だとミレルさんがお世話する感じになってた」
ヒ「リアーナ様、実は私生活はダメダメ説……」
ア「まぁ、その通り何だけどね。あれでも侯爵家のご令嬢……」
ヒ「アリアちゃんも一応、そうなるんじゃ……」
ア「それは言わないでー!野生児の私には無理なんだよ……木登りしただけで怒られるんだよ?」
ヒ「自分で野生児と言ってしまったら元も子も無いですよ。普通は木登りしません」
ア「そんな事言ったって……(涙目)」
ヒ「アリアちゃんが涙目になっている所で今日はこの辺でさようなら」
ア「そんな突然に!?」




