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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第二章:貶められた聖女
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102:神殿に現るは砂塵の主

 夜の神殿は静寂に包まれていた。

 普段は巡礼に訪れる信者が後を絶たず、神殿に務める神官達の往来が幾多としてあるが、夜になるとその様相は違った物となる。

 巡礼者が行き交う神殿の階段は人っ子一人もおらず、神殿に灯される篝火に照らされるのは警備の者ぐらいだ。


 だがこの日はおかしな事があった。

 こんな夜更けに一人の若い青年が神殿の階段を登っていた。

 神殿の入り口にいる警備の兵は当然、その青年の事には当然、気が付いていた。

 彼らは態々青年の下まで下りて注意する気は更々無かった。

 どうせ登ってくるのだからここに来てから注意すれば良いだけの話だった。


 青年が階段を登りきると警備の男は帰る様に促す為、青年へ近寄る。


「既に参拝時間は終わっている。神殿に用があるなら明日にしてくれ」


 警備の男はやんわりと注意を促す。

 しかし、その青年は言葉を聞いている様な素振りを見せなかった。

 言葉を掛ける警備の者を面白そうに見て、笑みを浮かべる。

 警備の男はその青年を訝しげに感じたが、面倒事になっては厄介だと思い、とっとと青年を追い払おうとする。


「おい、聞いているのか?参拝時間は終わっていると言っているだろう。さっさと帰れ」


 警備の男は語気を強めて注意するが、青年は僅かに口角を吊り上げる。

 その表情は不気味で警備の男はこれ以上関わり合いになるのは面倒だと思い、青年を掴もうとする。

 そして掴んだ瞬間、青年は砂に変わり崩れ落ちる。


「な、何だ!?」


 警備の男は目の前の不可解な光景に思わず声を上げる。

 その声に近くにいた警備の者達が近寄ってくる。

 青年は階段の先にいた。

 警備の男は一体、何が起こったのか理解出来なかった。


「良い夜だねぇ……」


 青年はここで口を開いた。

 そして夜空を見上げる。

 警備の男もそれに釣られて夜空を見上げるが綺麗な月が浮かぶだけだった。


「知っているかい?夜の帳が下りる頃に砂嵐が起きる言い伝えを……」


 青年の言葉に警備の男は一体、何を言っているのか、と思った。

 不思議そうな顔をする警備の男を気にせず青年は続ける。


「満月の夜に月が赤くなる時に砂嵐が起こるらしいよ。さて今日はどうだろうか?」


 青年の問い掛けに昔聞いた御伽噺を思い出し、空を見上げるとさっきまでは金色に照らしていた月が真っ赤に染まっていた。

 赤い満月が不吉の前兆、砂漠で砂嵐を起こす悪魔の話だ。

 警備の男は風の無い夜なのに乾いた風が吹いている事に気が付いた。


「良い色だ……真紅に染まる月は美しい……。乾いた心地よい風が吹いてきた」


 恍惚とした表情を浮かべ、言葉を紡ぐ青年に警備の男はその異様さに息を飲む。

 乾いた風は徐々に強さを増していく。

 異変はそれだけでは無かった。

 風に乗って何か細かい物が飛んでおり、視界が悪くなっていく。


「今宵は時期外れの砂嵐と洒落込もうじゃないか」


 青年の言葉と同時立っていられない程の暴風が吹き荒ぶ。

 他の警備の者もこの異常に気付くが余りにも強い風に身動きが取れなかった。

 更に風に混じった砂の所為でまともに目を開けている事が困難だった。

 警備の男は御伽噺に出てくる悪魔の名前を思い出した。


「砂塵のバジール……」


 カーネラル王国では余り有名な悪魔では無い。

 砂塵のバジールは砂漠が国の大半を占めるメッセラントでは最も恐れられる悪魔だった。

 気まぐれで徒に砂嵐を起こし、砂漠に行き交う者へ襲い掛かると恐れられているのだ。

 警備の男はメッセラント出身だった為、その御伽噺を知っていたのだ。


「おや……君は僕の名前を知っているんだねぇ」


 バジールは嬉しそうに呟いた。


「悪魔だ!!悪魔が現れた!!誰でも良いから神官を呼べ!!」


 警備の男は叫ぶ。

 それを聞き、入り口の近くにいた警備の者が神官を呼びに走り去っていく。

 砂嵐の中、警備の者達は剣を抜く。

 じりじりとバジールとの距離を詰めていく。


「やれやれ怖いねぇ……。建物に隠れなくて良いのかねぇ」


 バジールはそれと同時にポケットから親指程の大きさの石を放り投げる。

 警備の男はその行為が何を意味するのか理解出来た。

 他の者は砂嵐を経験した事が無いから放り投げられた意味が理解出来なかった。

 その一瞬が彼らの生死を分けた。


「がっ……」


「グッ……」


 呻き声と共に何人かがその場に倒れ伏す。

 倒れた男達は皆、頭から血を流していた。

 砂嵐の暴風に乗り高速で飛来する石が当たったからだ。

 砂嵐に巻き上げられた石は弓矢より凶悪な凶器と化すのだ。

 更にその風はバジールのコントロール化にある。

 警備の男は咄嗟に腕で庇ったので大事には至らなかった。

 彼は砂漠で砂嵐に会う危険性を充分理解していた。


「おや、君はちゃんと防いだんだねぇ。それじゃご褒美をあげないとね」


 バジールは何処か楽しそうに指を鳴らす。

 警備の男にはその乾いた響きは砂嵐の轟音で掻き消されて届く事は無かった。

 彼は異変に気が付いた。

 指を鳴らす仕草をした途端、目の前からバジールがいなくなっていたのだ。

 そして自分の身に起きた違和感に直ぐに気が付いた。

 地面に足が着いていない事を。

 周囲の砂嵐は今も猛々しい程の轟音と共に吹き荒れている。


 彼は自分の身に何が起きているのか理解出来ていなかった。

 彼はバジールの能力により空中の空間と男がいる空間を入れ替えたのだ。

 空中に浮かんだ体は砂嵐の暴風により流され自ら制御出来ない。

 更に砂嵐で視界が全く見通せないので自分がどのぐらいの高さにいるのかすら分からない状況だった。


「うあぁぁぁぁぁぁ!!」


 正に上下前後不覚の状態で叫びを上げる。

 無情にも抗う術は無い。

 その顔は恐怖に染まっていた、

 彼は訳も分からぬまま暴風に弄ばれていた。


 そして下では警備に呼ばれて悪魔祓い専門の神官達が入り口に辿り着いた所だった。


「何だこの砂嵐は!?」


 余りに酷い砂嵐に神官の一人が声を上げ、 神官達は思わず外へ出るのを躊躇った。

 悪魔の起こした砂嵐の中に飛び込むのは自殺に等しい行為だ。

 突如、風向きが変わり神殿へ暴風が吹き込んでくる。

 それと同時に高速で何かが飛来した、


「な、一体何だ!?」


 神官達は身を屈めてそれを躱すとそれは神殿の壁に激突し、潰れたトマトの様な赤い物体が張り付いた。

 それは先程まで砂嵐で巻き上げられていた警備の男だった物だった。


「は……」


 神官達も飛来してきた物が人間であった事に気付き、血の気が引いた。

 彼らには砂嵐に入ればあの様にされるのではと言う恐怖が湧き起こった。

 神官達は砂嵐の中に佇む何者かを見つけた。

 だが砂嵐の前にはっきりと姿を確認する事が出来ない。

 しかし、神官は砂嵐が悪魔の仕業であるのであれば目の前に佇む者は悪魔だと判断した。

 すぐ様攻撃態勢に移り、魔法を放つ為に構える。


光条矢(ルス・フレッシャ)


 神官の手元から幾条の光の矢がバジールに向かって放たれる。

 この魔法は光属性の魔法で対悪魔用に神教が開発した魔法の一つだ。

 神官達の魔法を嘲笑うかの様に放たれた光の矢は砂嵐に呑まれて消えてしまう。


「何!?」


 その光景に神官の一人が驚きの声を上げた。

 砂嵐に魔法が掻き消される事なんて聞いた事が無かった。

 しかし目の前で起きた事を現実として受け止めると砂嵐には何かしらの魔力による干渉がなされている証拠でもあった。

 その為、迂闊に砂嵐に踏み込む事は出来なかった。


 一人の神官が一歩前に出て詠唱を始める。


「天から下されし雷の檻、ここに彼の者を覆い焼き尽くせ」


 砂嵐の中に佇むバジールの周囲に魔法陣が展開される。


雷陣(アークボルト)!」


 神官の言葉に呼応し、魔法陣に向かって雷が巨大な戦槌の如く降り注ぎ、バジールを囲む。

 青白くスパークしながら雷光は中の者を焼き尽くすべく駆け巡る

 それは正に悪魔へ下される天罰の如き雷。


「無に帰れ、混沌(ケイオス)


 バジールは静かに呟くと魔力の波が瞬く間に広がり、周囲を囲んでいた雷が一瞬で消え去る。

 それと同時に砂嵐も消え、バジールの姿が神官の前に露になる。


「あれが……悪魔……」


 神官の一人が思わず声を漏らした。

 そこにいるのは普通の人の姿をした青年だった。

 悪魔は強ければ強い程、人と変わらぬ姿を持つ。

 弱い下級の悪魔は姿をはっきり顕現させる事が出来ない為、黒い靄の様にしか見えない姿なのだ。

 中級ぐらいの悪魔になると魔物に近い姿を取る事が多い。

 そしてバジールは人の姿を取る悪魔。

 つまり上位の力を持つ悪魔と言う事に他ならなかった。

 神官達もそれに気付いており、冷や汗が背中を伝い、緊張が走る。


 神官達は正直、悪魔が現れた事に半信半疑だった。

 今までに神殿の近くで悪魔が現れた事が無かったからだ。

 悪魔は神殿の者を警戒しているので、自ら危険を冒す等考えられなかった。


「さて、砂嵐が晴れたねぇ……」


 バジールは笑みを崩さず神官達を見る。

 神官達は目の前の悪魔にどの様にして対処すべきか迷っていた。

 対悪魔用の魔法に光の高位魔法もあっさり防がれており、正面から打ち勝てる手段を持ち合わせてなかった。

 上位の悪魔と対抗出来る人間は非常に少ない。

 神教最強と謂われる悪魔殺しは前教皇であるアナスタシアで、他の悪魔殺しの手練はタイミングが悪く他国へ討伐へ出向いてしまっていて神殿を不在にしていた。


 だが神殿に乗り込んできた悪魔を放っておく事は出来ない。

 ここはアルスメリア神教の総本山である神殿なのだから。

 万が一、悪魔を取り逃したとなれば神教への信仰にも大きな影響を与えかねない。


 神官達は覚悟を決め、魔力を滾らせて目の前の悪魔を打倒するべく構える。


「……こんな所で充分かねぇ」


 バジールは突如、神官の方を向いたまま後方、階段を飛び降りた。


「今宵はここまでにしておきましょうねぇ」


 神官達はバジールの思わぬ行動に対応が遅れる。


「追え!悪魔が街の方へ行くぞ。増援も呼んで悪魔を追いかけるんだ!」


 神官達をここまで案内した警備の者は増援を呼ぶ為に神殿の奥へ消え、神官達はバジールを追う為に神殿の正面階段を駆け下りる。

 バジールは追い駆けてくる神官を嘲笑うかの様に暗闇に沈む街へ身を躍らせる。


 悪魔が現れたとの報せに夜中にも関わらず神官総動員で夜を徹してヴェニスの街で悪魔狩りが行われた。

 しかし、神官達は悪魔を見つける事は出来なかった。



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