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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第二章:貶められた聖女
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98:煉獄のアスモフィリス

 突如、出てきた大物の名前に横にいるバジール以外の面々は驚愕の面持ちを崩せない。


「お前がアナスタシア様が封印したと云われる悪魔だと言うのか?」


 リアーナは信じられない物を見る様な目で問いを投げかけた。

 それは当然とも言えた。

 悪魔アスモフィリスと言えばこの大陸では知らぬ者がいないと言って良い程、有名な悪魔だ。

 ガル=リナリア帝国ではアスモフィリスと契約した者が四つの街を灰燼と化し、帝国に大きな傷跡を残している。

 別の地域でもアスモフィリスによって滅ぼされた街は数知れず存在しており、恐怖の対象として悪い事をすると悪魔に食われると言う叱り方の大本となった悪魔だ。


「そうよ。封印とは言ってもアナスタシアが死んだら解かれる物だし、封印されていたのは力の一部だからここ二十年ぐらいは各地をのんびり旅をして過ごしていたわよ」


 衝撃の事実が明らかになり、部屋にいる人間はもう驚きの顔しか出来ない。

 恐怖の対象が実は普通に街を闊歩していたと言うのだ。


「最近はカノーラディアの食堂でウェイトレスのバイトをしていたわね」


 リアーナ達の驚く顔が面白くなり最近までしていた事を暴露してみた。

 実際に封印が解かれるまでは小さな食堂の看板娘として働いていたのだ。

 アスモフィリスは面白そうにリアーナ達を見る。


「昔から揶揄いながら話を脱線させるのは悪い癖だよねぇ。いい加減にして欲しいねぇ」


 バジールは飽きてきたと言わんばかりに言った。


「分かったわよ。アナスタシアはどうも自分が暗殺される事を予見していたっぽいわね。その時の切り札として私の力の一部をアナスタシア自らに封印した」


「そうなると神殿に封印されているお前を封印したとされている魔剣はどうなるんだ?」


 そう、一般に伝わっている話では悪魔アスモフィリスはアナスタシアの手により魔剣に封じられたとされているのだ。


「うーん、適当に他の悪魔が封印されている魔剣を見繕ったんじゃない?私はこの通りピンピンしているんだから」


 全く気にしてないアスモフィリスだった。


「それとお前がアナスタシア様に封印される理由が分からない。アナスタシア様と戦った様な関係には見えない」


 アスモフィリスがアナスタシアの事を話す時は知人の事を話す様な口振りなのが疑問だった。

 そこから読み取れるのは二人は一種の共謀関係にあるのでは無いかと言う事だ。


「私とアナスタシアはある取引をしているわ。それは既に果たされているからあなた達には関係の無い事ね」


 これ以上話す気は無いとばかりな口調にリアーナは別の事へと話を向ける。


「で、お前は最終的に何をしたいんだ?」


「私はある悪魔の所在を確かめたい。ただそれだけよ。一応、アナスタシアが保護したとは聞いているけど、詳細が分からないのよ」


 アスモフィリスにとってアナスタシアが亡くなったのは誤算だった。

 本来ならアナスタシアが亡くなる前に詳細を伝えて貰える筈が彼女が亡くなった今ではそれは叶わない。


「昔みたいとは言わないまでも力を戻すまでの器、そうあなたと契約がしたいのよ」


「それは私に悪魔になれと言う事か?」


 リアーナは表情を変えずに聞き返した。


「まぁ、私と契約する時点でそうなるわね。その代わりアリアと言う子を救う為の手助けをしてあげる。これは契約だから必ず履行するわ」


 アスモフィリスの言葉にリアーナは考え込む。

 リアーナはアスモフィリスが嘘を言ってない事は何となくだが分かった。

 しかし、本当にアリアの救出が成功するかはまた別だった。


「奥様、私としては悪魔と契約するのはお奨め出来ません」


 傍に控えていたレミーラが口を挟んだ。


「あら、私が信用出来ないとでも言うのかしら?」


「それはそうでしょう。悪魔とは人を惑わし害する存在です。それをどう信用しろと言うのですか?」


 レミーラは臆する事無く言う。

 世間一般の悪魔の認識は間違っていない。

 悪魔と契約を結ぶ人間は人の道を外れた外道しかいない。


「レミーラ、どうするかは私が決める」


「でも、奥様……」


 レミーラはリアーナがこのまま悪魔と契約してしまうのでは無いかと思い心配だった。


「因みにお前と契約した場合は私はどうなる?」


「今回は通常の契約では無いから私の力は全て使えるわ。やろうと思えば街の一つぐらい簡単に廃墟に出来るわよ」


 アスモフィリスは楽しそうに言った。


「後は使える魔法が増えるのと能力の向上と言った所かしら。そうね……後は契約者と悪魔が一心同体になるぐらいかしらね」


「一心同体……それはどう言う事だ?」


「平たく言えば契約者が私を取り込む形になると言う事。そうする事によって器に強大な力を与え、その者は穢れた命を食らう事によって悪魔となるの」


 リアーナは迷っていた。

 目の前の悪魔の囁きに頷くべきか否かを。

 今の現状、アリアを救う手立ては何も無かった。

 神殿の封印は巨大な力を持つ悪魔でさえ破れない。

 その時点で人にはどうする事も出来ないのだ。


「アリアをどうやって助けるつもりだ?」


「残念ながらそれは契約後にしか教えられないわ。それを言ってしまえばあなたは契約を結んでくれないかもしれないし。一応、彼女が死体になっている事はまず無い。これは保証するわ。ただ精神状態は……少し心配ね……」


 最後の言葉は常にはっきり言いきるアスモフィリスらしくない言葉だった。


「どう言う事だ?」


 リアーナもアスモフィリスの煮え切らない言い方が気に掛かった。


「あの暗い地の底で精神に異常を来たしていないかは保証出来ないわ。そこはカタストロフに聞くしか無いわね」


 アスモフィリスはカタストロフと契約している時点でアリアを殺す事はまず出来ないと言うのを確信していた。

 強大な悪魔の力の前に普通の人間では殺す事はまず出来ない。

 神殿が悪魔を殺さずに封印しているのは悪魔を殺す事が出来ないからだ。


「分かった」


 リアーナは短く言葉を切り、目を瞑って天を仰いだ。

 そこに流れるのはアリアと過ごした日々だった。

 ずっと一人で生きると決めた彼女に新たな家族として加わった少女。

 初めは戸惑いながらもお転婆で優しい少女。

 強そうに見えて寂しがりやでよくベッドへ潜り込んできた。

 その温もりも今は感じる事が出来ない。


 アリアを救うと誓った。

 どんな手を使おうとも構わない。

 自分が汚れる事に何を戸惑う必要があるだろうか。

 それでアリアが救えるならどの様な物に成り果てようが気にする事では無い。


 リアーナは眼を開き、アスモフィリスを見据える。

 覚悟は決まった。


「良いだろう。お前の提案に乗ってやろう」


 その言葉にレミーラは衝撃を受ける。


「奥様!?それだけはなりません!!」


 必死にリアーナを止めようとする。


「今更、私自身に未練は無い。アリアが救える可能性が高い方を取るだけだ」


 アリアを助ける為であれば悪魔に魂を売ろうが構わなかった。


「災厄の悪魔と契約を交わすなんて……それでは奥様は二度と……」


 レミーラは言葉を詰まらせた。

 だがここで引き止めないと二度と後戻りは出来ない。


「あぁ……ここには戻って来れないだろうな。アリアには各地を旅するのも良いんじゃないかと話した事もあるんだ。別に私の生きる場所はここだけでは無い」


 リアーナはカーネラル王国を出るつもりだった。

 英雄と持て囃されているがその地位は別に執着する程、大事な物では無い。


「お前達には不都合が無い様にはする。屋敷はきっと父上に売る形になるだろうが、お前達には不便は掛けないさ」


 レミーラはリアーナの覚悟が揺るぎない事を悟り、肩を落とす。


「すまないな、レミーラ。心配を掛けて」


 リアーナはにっこりと微笑んだ。

 その表情にレミーラは何も言えなかった。


「ハンナもすまないな」


 ハンナは静かに首を横に振った。


「私はリアーナ様に従います。アリア様を救う為であれば私もこの身が如何になろうが気にしません」


「そう言ってくれると嬉しいよ」


 ハンナは何処までも忠実だった。

 リアーナはアスモフィリスへ向き直る。


「話は決まった様で何よりね」


 アスモフィリスは話がまとまり表情は笑顔だった。

 ここでハンナが徐に口を開いた。


「そちらのバジール様は契約者はおられないのでしょうか?」


「私?」


 いきなり話を振られたバジールはキョロキョロしながら自らを指差す。

 正直、バジールはここで自ら話す様な事は何も無かったのでのんびり話が終わるのを待っているだけだった。


「はい」


「私はフリーの悪魔だねぇ。今回は主のご要望だから一緒に来ただけだから」


「あなたの主はそちらのアスモフィリス様ですか?」


 ハンナはチラリとアスモフィリスを見る。


「違う、違う。私はアスモフィリスじゃなくてカタストロフ様の眷属だからねぇ」


 それを聞き僥倖だと思ったハンナ。


「それであれば私と契約して頂けませんか?」


 ハンナの突然の提案にそれまでは暇そうに気だるそうな顔をしていたバジールの表情が一気に引き締まり真面目な顔に変わった。

 そして横にいるアスモフィリスは面白い事になったと言う顔をして静観の構えを取る。


「ハンナ、別にお前まで付き合う必要は無い」


「ハンナ!あなたまで何を言っているんですか!?」


 リアーナとレミーラはハンナがそんな事を言うとは思ってもいなかった。

 だがハンナは静かに首を横に振る。


「私はアリア様を守ると誓った身です。しかし、私はアリア様を守る事は叶わず何もする事も出来ずここにいます」


 ハンナは手を強く握り締める。

 アリアが投獄されたと聞いて何も出来なかった自分が悔しかった。


「私は力が欲しい。そして、今度こそアリア様を守りたい。その為には力が必要なんです」


 ハンナはバジールを真っ直ぐ見つめる。


「アリア様がバジール様の主と契約なさっているなら私達の目的は一緒になるでしょう。それなら強い駒が一緒にいた方が良いでしょう?」


 バジールは揺らがない意志の強い言葉に考えを巡らす。


「君は人々から蔑まされ様が構わないのかい?」


「アリア様を守る為に何のプライドがいるのでしょうか?その程度の事は大した事ではありません」


 人々に忌み嫌われる事よりもアリアを守る方が大事だった。

 それでアリアを守れるなら安い物だった。


 バジールは面白い物を見たと思った。

 彼からすれば獣人なんて取るに足らない存在でしかない。

 だが一人の人間の為に自らの犠牲を厭わないハンナが悪魔となって何をするかに興味を持った。


「良いよ。君と契約しても構わないよ。目的は一緒だからねぇ」


 バジールの口角が不自然に釣り上がる。

 それを見たアスモフィリスは悪い癖が出たとは思いながらも頼もしい味方が出来たと思った。

 ハンナの主であるリアーナは強い意志で決めた事であれば何も言うまい思い、止める事はしなかった。

 最後まで二人を止める立場のレミーラは悲しそうな表情を浮かべた。


「レミーラ、私は君の役目を知らない訳じゃない。全てが終われば私の首を差し出そう」


 リアーナの言葉にレミーラは驚愕するも首を横に振る。


「私は悪魔狩りの一員ですが……主を殺めてまで義務を果たす必要は無いと考えております」


 悪魔狩りとは悪魔を専門で討伐する冒険者組織の事だ。

 レミーラは冒険者時代、悪魔を専門で討伐していたので悪魔の事については詳しく、悪魔と契約しようとするリアーナとハンナを止めたのだ。

 リアーナはレミーラの言葉の意味を理解出来ない人間では無かった。


 悪魔狩りは非常に結束が強い。

 元々は悪魔の被害を受けた人々が集まって出来た組織だ。

 悪魔に対する思いも並大抵の物では無く悪魔に加担した者がいたと判明すれば粛清対象だ。


「レミーラ、君は今日付けで解雇だ。そしてここでの事は何も見ていない」


「……畏まりました」


 レミーラはリアーナの言葉を飲んだ。

 自分を守る為に事が起こる前に解雇して裏切り者にされない様に配慮された事に気付いたからだ。


「話がまとまった所でサクッと契約をしてしまいましょうか?」


 アスモフィリスは椅子から立ち上がった。


「何か儀式が必要なのか?」


「そんな物はいらないわよ。立って」


 リアーナは言われた通り立つとアスモフィリスが胸にそっと手を置く。


「我は煉獄を司りし者。汝との盟約により力を与える者也。我は汝の願いを叶え、汝は我の願いを叶えん」


 アスモフィリスとリアーナの周囲に複雑な魔法陣がいくつも展開される。

 レミーラはこの光景に思わず息を呑む。

 悪魔と幾度と無く対峙してきたが、悪魔と契約する光景は見た事が無かった。


「汝に煉獄を力を授け、我と汝の意志を持って此処に誓いを立てよう」


 二人を取り囲む魔法陣は光を放ち、青い炎が二人を包み込む。

 魔力の奔流が迸る。

 周囲にいた者はその余りの力の強さに息が止まりそうになる。


 リアーナは流れ込んでくる膨大な力に逆らわず受け止める。

 そして徐々にアスモフィリスが自分の中に入ってくるのを感じた。

 それは嫌な感じは無く寧ろ心地良かった。

 一瞬、何かが見えた。

 それは自分の見た事の無い光景だった。

 一人の幼い少女が草原に立ってこちらを見ていた。

 リアーナはそれが何か分からなかった。

 でもその少女がこちらを見て笑って手招きをしていた。

 思わず走り出しそうになった時、意識が屋敷の応接室へ戻った。


 いつの間にか周囲に展開していた魔法陣も消えていた。

 何かが違う力が自分の中に流れている事を感じる事が出来た。


『契約はなったわ』


 頭に直接、アスモフィリスの声が聞こえた。


『契約者は私と念だけで会話が可能なのよ』


 アスモフィリスはリアーナが疑問に思っている事について答えた。


「こっちは終わりよ。バジールも契約を済ませなさい。それからの話をするわよ」


 アスモフィリスはドカッと椅子に座る。

 ハンナもこの後、バジールと契約し、アリアを救出する為の話を始めた。



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