97:意図の分からない来訪者
「あの愚か者共は一体、何を考えているんだ!!」
リアーナの怒号と共に執務室に突如、大きな破砕音が響いた。
部屋には家令のベルナールとアリア付きの侍女であるハンナがいた。
リアーナは片手に手紙を持ちなが怒りで手が震えていた。
怒りに任せて叩きつけられた机は見るも無惨な姿と化していた。
「……一体、何が書かれていたのでしょうか?」
ハンナは恐る恐る怒れるリアーナに聞いた。
「神殿はアリアを悪魔として封印すると書いてあったのだ!ふざけるな!!」
リアーナの言葉にハンナだけでは無くベルナールも驚きの表情を見せた。
「まさか神殿がその様な動きを取るとは……」
アリアが処刑される前提で動いていた為、神殿の最奥に封印されるとなると手出しが出来なくなる。
「クソッ!!あそこは普通では考えられない程強固な封印がされていると聞く。厄介な事をしてくれた……」
リアーナは手紙を握り締める。
いくらリアーナが強いとは言え魔法的な強固な結界となると手も足も出ない。
口には出さないが、本当の最終手段に出るか悩んでいた。
「それにしても新たな教皇は何とも強引な手口ですな」
ベルナールの言葉にリアーナが反応した。
「あの狸が教皇とは忌々しい!私の目の前に現れたら即座に首を落としてやる!」
既にボーデンが新たな教皇になった事は各国に伝えられていた。
こんな都合の良い事あって堪るかとリアーナは思った。
ふと扉がノックされた。
「入れ」
部屋に入ってきたのはメイドのレミーラだった。
「失礼します。奥様、フィリス様と言う方がどうしてもお会いしたいと突如、訪ねて来られましたが如何致しましょうか?」
「態々、取り次ぐ程の者なのか?」
リアーナは基本的に親しい者以外のアポイントの無い来訪は全て断る様に指示していた。
こうして伺いに来ると言う事は何かしら会う必要性があるとレミーラが判断したと言う事になる。
「少し珍しい者達で敵意は無さそうなので伺いに参りました」
リアーナはレミーラが珍しいと評するのがどう言う意味で言っているのかは分かりかねたが、百歳を越えるレミーラがそう言うのであれば会ってみるのも一興かと思った。
それに気分転換に会って見るのも良いと考えた。
「それなら会ってみようか」
「一応、私も同席させて頂いてもよろしいでしょうか?」
レミーラが珍しく来客への同席を求めた。
「何かあるのか?」
「念の為、同席した方が良いと思いまして」
肝心な所は隠しながら話すレミーラ。
「構わん。好きにするが良い」
リアーナは立ち上がり、簡単に鏡で身形を確認し、来客が待つ応接室へ向かう。
応接室へ入ると濃い青髪のドレスに身を包んだ妖艶な女性と、くすんだ濃い灰色の髪に垂れ眼で柔和な顔つきの冒険者風の青年と言う少しちぐはぐな組み合わせの者がいた。
「私と会いたいと言うのは君達で良いのか?」
「えぇ、そうよ」
濃い青髪の女性はリアーナに臆する事無く答える。
「私の事はフィリスとでも呼んでくれれば良いわ。こっちはバジール。単なる連れよ」
女性の不遜な自己紹介に控えるハンナは鋭い視線を送るが、彼女は全く気にも留めなかった。
「単なる連れとは寂しいねぇ。もう少し良い言い方があるんじゃない?」
バジールは何処か女性っぽさを強調した喋り方だった。
「ちょっと変わってる奴だけど気にしないで」
「あぁ……。知っているとは思うが、私がリアーナ・ベルンノットだ。それで私に何の用だ?」
リアーナは眼を鋭くして尋ねた。
「まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に言うわ。アリアと言う少女を救いたければ協力しなさい」
フィリスの言葉にリアーナの気配が剣呑な物へと変わる。
「どう言う意味だ?」
リアーナはドスの利いた低い声で聞く。
「おぉ、人間にしては良い殺気だねぇ」
「あなたは少し黙ってなさい」
リアーナの殺気に反応して面白そうに言うバジールをフィリスは窘める。
「あら、そっちのメイドの子から私の正体を聞いていると思ったのだけど」
フィリスは少し予想が外れたかの様に言い、リアーナはレミーラを見る。
「何か知っているのか?」
「本人から明かされると思ったのであれですが、あの二人は人間ではありません」
レミーラの中途半端な答えにリアーナは訝しげな表情を浮かべた。
「では何だと言うのだ?」
「悪魔です」
「悪魔だと?」
リアーナは悪魔と言う存在は知っていたが、今まで出会った事が無かった。
そして普通の人間と変わらぬ容姿をしており、知らずに接すれば悪魔と気付く事は出来ない。
「はい。この独特な魔力は悪魔です。そしてこの二人は異様な程強いです」
レミーラの背筋に冷や汗が伝う。
長い経験から悪魔独特の魔力を感じ取っていた。
それに加えて目の前の二人の内側に潜む魔力は強大で今まで出会った悪魔とは比較にならなかった。
「分かっているなら上司に報告しておかないとダメよ。まぁ、私達は所謂悪魔と言う存在よ」
「で、その悪魔が何故アリアを?」
「そんなに難しい話じゃないわよ。私はとある悪魔を探しているから手伝って欲しい。それと器が欲しい」
リアーナは引っ掛かる言葉があった。
「器とは何だ?」
「悪魔になれる様な存在。つまり契約者が欲しい」
フィリスはリアーナを指した。
「と言うのは建前。強い悪魔だとは自負しているけど、長い間封印されてきたから純粋に力を貸して欲しいと言うのが本音ね」
「言っている意味が分からん。悪魔の契約者とは悪魔になれるのか?」
リアーナはフィリスの説明が分からなかった。
「普通の悪魔と契約しても悪魔にはなれないわ。ただ強力な悪魔と契約し、一定条件を満たせば悪魔になる事が可能だと言う事。そしてあなたにはこの選択肢以外残されていない」
「一体、何が言いたいんだ?」
的を得ない話し方にリアーナは少し苛ついてきた。
「それはアリアと言う子が既に悪魔と契約を交わしているからよ。それも私より強い悪魔とね」
フィリスの言葉にその場にいた者が驚愕の表情を見せた。
横にいるバジールでさえそれは聞いていないと言う顔だった。
「ちょっと、それは初耳なんだけどねぇ」
「言ってないもの。契約した悪魔の名はカタストロフ。悪魔を統べる悪魔の王で魔王の一角よ」
更に衝撃が襲う。
「何故、アリアが悪魔と契約を……それに悪魔王カタストロフは伝説上の存在では無いか……」
リアーナは困惑していた。
突如、アリアが悪魔と契約を交わしていると告げられたのだ。
それが伝説で数々の禍々しい逸話を持つ悪魔王が相手だと言うのだ。
「一応、あなたの為に言っておくけど契約を交わしたのは封印されてからよ」
その言葉にリアーナは何処か安堵した。
「お前は何故、そんな事が分かる?」
神殿の最深部には結界が張られており普通には状況の把握出来ない場所にも関わらずその場の情報を持っているのは不可解だった。
「カタストロフとは古い付き合いでね。意外とあの封印は穴があるのよね。そこから魔力を飛ばして念話でカタストロフと会話していたのよ。アリアと言う子は大分、精神的に弱っているから会話は出来ていないわ」
アリアの様子が分かる言葉にリアーナは表情が暗くなった。
「私も本調子じゃないからね。アナスタシアが殺されていきなり封印が解けたから私も困ったわ。あの女があんなにあっさり殺されるのは意外だったけどね」
「その口振りだとお前も封印されていた悪魔と言う事か?」
「半分正解と言う所ね」
フィリスの言い方に訝しげな視線を向けるリアーナ。
「正直に話せば私はアナスタシアが封印した悪魔、煉獄のアスモフィリスと言った方が分かりやすいかしら?」




