94:思い出と反省
リアーナは冷たい暗い牢屋で一人反省していた。
いくらアリアを救う為とは言えあれだけ仲間を傷つけてしまった事を。
そんな牢屋の中で壁を背にして思いを巡らせていると牢屋のある部屋の入り口の扉が開く音がした。
こんな時間に一体誰が来たのかと思った。
既に深夜になろうと言う時間に牢に来る者など誰もいない。
足音は徐々にリアーナのいる牢へ近づいてくる。
そして足音はリアーナのいる牢の前で止まった。
牢の中からは牢の外にいる人物を窺い知る事は出来なかった。
リアーナのいる牢は分厚い鉄の扉で出来た堅牢な牢で中の様子を見るには外から小さな小窓を開けないと確認出来ない仕組みになっているからだ。
扉から鍵を操作する音が聞こえた。
こんな時間に牢を開けて何をするつもりなのだろうかと思った。
リアーナは牢に入れられてはいるが拘束具は着けられてはいなかった。
正直、リアーナが本気を出せばこの程度の牢を破壊して抜け出すのは難しくなかった。
本人が反省していると言うのも有り、特にその様な措置は取られなかった。
足音の主は少し苦戦しながら鍵を開けた。
扉を開くとそこには昼間にリアーナを牢へと放り込んだ張本人であるヴァレリアがそこにいた。
「ヴァレリア様……?」
リアーナはヴァレリアがこんな時間にこんな所に来た理由が分からなかった。
「横に座るわよ」
ヴァレリアは仏頂面で一方的に言い、リアーナの横へと座る。
「少しは頭が冷えた?」
「あぁ……でもどうしてこんな所に?」
ヴァレリアがここに来た理由がリアーナには分からなかった。
「あなたは乙女心が分からない人ね。あなたと二人っきりで話す為に決まっているでしょ。どうせあなたは謹慎で当分家から出られないんだから。私も滞在期間は王宮から出られないし」
リアーナはヴァレリアの言葉を聞き、学院時代の入学パーティーを思い出した。
「そう言えば思い出したよ。ヴァレリアが私を王子様って言って一緒に踊ったのを……」
「懐かしいわね。今思い出すと少し恥ずかしいわね。まさか初恋があなただって思わなかったわよね?」
「あの時はビックリしたさ。でもあれでヴァレリアと会うのが最後だと思うと願いは叶えてあげたいと思ったんだ」
ヴァレリアは同姓であるリアーナに恋をしたのだ。
だが彼女は王族で帝国の皇帝との婚約が決まっていた。
胸にずっと秘めていたが、カーネラルでリアーナと最後となる夜会で思いを打ち明けたのだ。
「でも私の王子様は永遠にあなたよ」
「そんな事言っていると皇帝陛下に怒られないのか?」
「そんな事なら既に知ってるわよ」
ヴァレリアのまさかの言葉にリアーナは顔が思わず赤くなった。
まさかそんな話を皇帝にしているとは思わなかったのだ。
「皇帝陛下はとても面白がっていたわよ。それに初恋があなたなら他の男に盗られる心配も無いって喜んでいたし」
リアーナは少し頭が痛くなった。
そして帝国の皇帝はリアーナが思っている以上に変わり者だった。
「でもあなたが養子を取ったのは意外だったわ……」
ヴァレリアは手紙でリアーナの近況をある程度知っていた。
昔のリアーナを知るからこそ意外だったのだ。
「そうか?」
「えぇ……とても愛しているのね」
ヴァレリアの表情には喜びもあったが何処か寂しさも感じさせた。
「これが本当に愛していると言って良いのか自分にはよく分からない」
自分で湧き上がる感情にリアーナは自身が無かった。
「でもアリアがいないのは考えられない。とっても大切な存在なんだ」
どう言う感情かは分からなくてもアリアがリアーナにとって大切な存在である事には変わりは無かった。
今でもアリアが辛い目に合っていないか心配でならなかった。
「すっかり母親の顔をしちゃって……少し妬けるわ」
本当は自分が横に並んでいたかった。
結婚した今でもそう思ってしまう。
ヴァレリアは本当にリアーナを愛していた。
「母上にも同じ様な事を言われたよ」
「アレクシア様もよく分かっているじゃない。ならあなたのやるべき事はそんな事じゃないでしょ?」
「分かっている……」
リアーナは上を見上げた。
そこには暗い天井しか無いが、少し先が見えた気がした。
「大丈夫だ。だがもしかしたら……」
「それ以上言わなくても良いわ」
ヴァレリアはリアーナの言葉を遮った。
「きっと聞けばあなたを止めなくてはならない。でもあなたがあの子を思う気持ちが私も分かるから」
リアーナを愛するが故に止めなければ行けない。
それがリアーナを苦しめたとしても。
その一方で自分の子供を何としてでも救いたい気持ちは痛い程に分かる。
皇帝の子を三人も産んだ身なのだから。
「ねぇ……少しこうしてて良い?」
ヴァレリアはリアーナの肩にもたれ掛かる。
「あぁ……」
二人は昔を懐かしむ様に寄り添いながら一夜を過ごした。
翌朝、リアーナは牢から出され国王の執務室へ呼び出された。
リアーナは国王の前に跪く。
「リアーナよ。そなたが子を大切に思う気持ちは十分、分かる。だが昨日の一件は決して許される物では無い」
リアーナは頭を垂れたまま国王の言葉を耳に入れる。
「死者が出なかったのは幸いだろう。各所から処分に関する嘆願も来ている」
リアーナはどの様な処分でも受け入れるつもりだった。
怒りで仲間を傷つけたのは決して許される事では無い。
「リアーナ・ベルンノットを第五騎士隊長の任から外し、第二騎士隊への異動を命ずる。そして六ヶ月の謹慎とする」
非常に優しい処分だった。
これが普通の騎士だったら反逆罪の適用も検討される案件ではあったのだが、カーネラル最強と名高い英雄を手放す事は国として出来なかった。
「面を上げよ。何か言いたい事はあるか?」
「この度は私の浅慮と未熟さに因る物です。誠に申し訳ありませんでした」
リアーナは素直に謝罪の弁を述べた。
「しっかり反省しておる様だな。アリアの事はこちらでも何とかするつもりだ。私もアリアが教皇を殺害するとは到底思えん」
国王もアリアをよく知る人物の一人でアリアがその様な凶行を起こすとは思えないでいた。
「ありがとうございます」
「うむ、下がってよい」
リアーナは立ち上がり国王の執務室を後にする。
向かう先は王宮にある救護室だ。
そこには昨日、リアーナが負傷させたミレルが体を休めているのだ。
リアーナがノックして入るとベッドで寝ていたミレルが体を起こした。
勢いよくリアーナは直角になるまで腰を曲げた頭を下げた。
「すまなかった!私の短慮でこの様な怪我を負わせてしまった。許して欲しいとは言わない、だが謝罪はさせて欲しい」
ミレルはリアーナがどれだけアリアの事を大切に思っているか知っていた。
「リアーナ隊長、頭を上げて下さい」
リアーナは頭を上げる。
改めてミレルを見ると自分の仕出かした事とは言え痛々しい姿だった。
大きな怪我は治癒魔法で大体は治療したが、治しきれていない部分もあり、所々包帯が巻かれていた。
「踏み止まってくれて良かったです。アリア様の悲しい顔を見ないで済みます」
その言葉にリアーナは自分自身が情けなくなった。
「でもアリア様を救えるのはリアーナ隊長しかいません。昔みたいみんなで笑いあえる様になりたいじゃないですか?」
リアーナは歯を食い縛る。
そうでもしないと涙が出そうだった。
「そんな泣きそうな顔をしないで下さい。私の知っている隊長はもっと強く凛々しい方です。胸を張って下さい」
ミレルの言葉にリアーナは胸が熱くなる。
「……だが私はもう隊長では無い。第二騎士隊へ異動になった。向こう半年は謹慎だ……」
ミレルがリアーナに掛けた言葉はリアーナの予想しなかった言葉だった。
「それでも私の隊長はリアーナ隊長しかいません。それに半年の休みが出来たと思えば良いじゃないですか?」
あっけらかんと言うミレルにリアーナはポカンと口を開けた。
「それにその間に出来る事がありますよね?」
リアーナはミレルの言いたい事が分かった。
「あぁ、当然だ」
強い真っ直ぐとした何事にも負けずに立ち向かう目をしていた。
「それでこそリアーナ隊長です」
ミレルは満足気な表情でそれでこそリアーナと言わんばかりだった。




