93:狂戦士リアーナvs騎士隊精鋭
第一騎士隊隊長のヴァンはリアーナと対峙する。
リアーナの前後は騎士隊が道を塞いでいた。
ミレルが時間稼ぎをしたお陰で騎士隊の精鋭で囲い込む事に成功したのだ。
ヴァンが到着するのが遅れた原因は装備に時間が掛かった為だ。
騎士隊の面々は戦争時と同様にフルプレートの重装備に身を包んでいる。
これはヴァンがリアーナと戦闘になった場合に少しでも被害を減らす為に考えた結果だった。
重装の騎士隊は人を隠す程大きなタワーシールドでバリケードを作る。
「何だ、お前達も私を止めに来たのか?」
「そうだ。今のお前をここから先に行かせる訳には行かない」
ヴァンはリアーナを真っ直ぐ見据えて言った。
「私はアリアを助ける為ならどれだけ手が汚れようとも構わない。死にたくなければそこをどけ」
先程より濃厚な殺気に騎士達は思わず怯みそうになる。
だがヴァンは臆する事は無い。
騎士隊をまとめる者としてここを退く訳に行かない。
「分かった。こちらも力づくでやらせてもらおう。一斉に掛かれ!!」
ヴァンの合図に合わせて騎士隊が一斉にリアーナへ殺到する。
盾を前にして数で押さえ込む作戦だ。
リアーナはハルバートを握る手に力を込める。
「邪魔だ」
リアーナは力任せにハルバートを振るう。
騎士は地面に食い込む様に盾を構えて踏ん張る。
しかし、そんな騎士の力を嘲笑うかの様にリアーナの一撃は盾ごと騎士達を吹き飛ばす。
その一撃で前衛にいた五人が一気に王宮の壁にめり込む。
盾は一撃で拉げて、鎧も無惨な状態だ。
胴体が分かれていないのはリアーナが刃を立てていなかったから。
つまり手加減したからだ。
ヴァン自身もこの光景は想定していなかった。
まさか一撃で騎士を五人も戦闘不能にするとは思っていなかったのだ。
そこへ一人の騎士がリアーナへ襲い掛かる。
しかし、その攻撃はあっさりリアーナのハルバートで受け止められる。
「しっかし、これは何だよ。少し落ち着けっての」
その騎士はリアーナに怯む事無く、窘める様に言った。
「ふん、ヘクターか。私は至って冷静だ」
リアーナが力任せにヘクターを吹き飛ばす。
ヘクターは吹き飛ばされる瞬間に後ろへ跳び、衝撃を逃がし、間合いを取る。
「ヴァン、あれは俺らの手にも余るぞ。あれは完全にキレてる」
「分かっている」
ヴァンは他の騎士では徒に被害が広がると判断し、自らが戦うと決めて剣を抜く。
カーネラル王国の三強の一つを担うのが第一騎士隊の隊長であるヴァン・フェルディナントだ。
そしてもう一つの座を担うのが第二騎士隊、王都の警護を行う騎士を纏める隊長であるヘクター・オライオン、黒髪の何処か憎めない感じの男だ。
「しっかり愛用の大剣を持ってきたのか?」
「当然だ。相手がリアーナと聞いたからな。アイツがキレて神殿に乗り込もうとしていると聞いて最初は耳を疑ったが、あれは本気で相手にしないとどうにもならんぞ」
「正直、部下が紙の如く吹き飛ばされるとは思ってもいなかった」
「俺が行くからフォローを頼む」
「了解した」
ヘクターは剣を構えて仁王立ちするリアーナとの距離を詰める。
「少し痛いのは覚悟しろよ!」
振り下ろされる剣をリアーナは裏拳で弾く。
「何!?」
「その程度の斬撃、拳で十分だ」
リアーナはハルバートを容赦なく振るう。
ヘクターの体は完全に泳いでしまい、その一撃を避けるのも防ぐのも不可能だった。
しかし、ヴァンが間に入りその一撃を受け止める。
「ぐぅぅぅっ!」
ハルバートを振り切りヴァンを間合いの外へ吹き飛ばす。
「この程度か?」
悠然と歩み寄ってくる。
「全く化け物かよ」
ヘクターは思わず呟く。
過去に幾度と無く戦った来たがリアーナに力負けするとは思ってもいなかったのだ。
自らの剣が拳一つに弾かれた事が地味にヘクターにはショックだった。
それはヴァンも一緒だった。
ヴァンはリアーナが片手で振るった一撃を両手で構えた剣で受け止めきれなかったのだ。
今まで三人は互角だと思っていたが、リアーナの本気を目の前に自らの実力の無さを振り返る結果となった。
だがここでリアーナを何としても止めねばならない。
その思いだけでリアーナへ立ち向かう。
ヴァンは魔力を全身に巡らせ身体を強化する。
持続力関係無しに全力で飛び掛かる。
本来なら後の事を考えれば魔力が切れる事を考慮しなければならないが、それではリアーナを止める事は不可能だと判断したのだ。
高速で切り掛かるヴァンの攻撃を受け止めるリアーナ。
ヴァンはリアーナが攻撃態勢に移る隙を与えず剣を振るう。
猛スピードで剣とハルバートがぶつかり合う。
余りの剣戟に周りの騎士達は息を呑む。
隙を見てヘクターが割って入る。
「俺も混ぜろよ。寂しいだろ」
ヘクターは身体強化を筋力に集中し、畳み掛ける。
「何故だ。何故、邪魔をする!!」
リアーナはそれでも普通に拳でヘクターの剣を弾き、ヴァンの剣はハルバートで対応する。
「私は!私はぁ!!」
リアーナの叫び声と共に拳とハルバートに込められる力が徐々に強くなっていく。
調度品に当たれば粉々に砕け散り、王宮の壁を吹き飛ばす。
正にリアーナは台風だった。
そんな暴風とも言えるリアーナの一撃を上手く躱し、流しながら戦うヴァンとヘクターはかなり強い。
それ以上にこの二人、カーネラルの双剣と呼ばれる二人を同時に相手出来るリアーナの強さが異様とも言える。
「がぁぁぁぁぁ!!!」
リアーナの叫びが怒号に変わっていくに連れてリアーナの魔力が恐ろしく高まっていく。
一撃の破壊力も半端な物で無く、その衝撃波で周囲の騎士達へも影響が及んでいた。
距離が離れている為、盾でしっかり受け止めれば吹き飛ぶ事は無いが、油断は出来ない状態だった。
暴れる猛獣と化したリアーナにヴァンとヘクターはどうして押さえるか悩んでいた。
全力の攻撃でもリアーナは軽々と弾き返すのだ。
そして二人で連携して隙を突いたつもりでも恐ろしく早い反射神経で察知される。
魔力で全力強化されたリアーナの拳、蹴りでさえ相手を一撃で葬る事の出来る威力を秘めていた。
そんな暴力と破壊の化身に対して二人では力が及ばなかった。
リアーナの魔力切れを狙おうとも考えたが、さっきから戦い続けているが動きが鈍る気配が無い。
寧ろヴァンとヘクターの消耗の方が早かった。
「これは予想以上だな……」
ヴァンが苦しげに呟く。
必死にリアーナの怒涛の攻撃を捌くがかなり厳しくなってきていた。
取り押さえる側が防戦一方だった。
「それを言うなよっと」
ヘクターはリアーナの攻撃を弾き飛ばす。
このやり取りがどれだけ続いただろうか。
ヘクターは徐々に手の痺れが酷くなってきて力が入りにくくなってきていた。
「ぐぅぁぁぁぁぁ!!!」
怒号と共に振るわれる一撃にヘクターは剣を出して受け止めようとする。
ぶつかった瞬間、剣を握る手に上手く力が入らなかった。
「しまった!?」
ヘクターは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「ぐはっ!?」
ヘクターは地面を転がる。
そしてヴァンは一人で応戦するが、体力も限界に近づいていた。
バランスを崩した所に蹴りを貰い後方へ転がされる。
騎士隊の隊長、それもカーネラル三強の内の二角が地面に倒れる。
ヴァンとヘクターは満身創痍の体を必死に動かし立ち上がろうとする。
しかし、体が思う様に動かない。
リアーナは二人に目を暮れず王宮の外へ歩みを進めようとする。
バリケードを作っている騎士達はボロボロになったヴァンとヘクターの姿に逃げ出しそうになった。
だが必死にその気持ちを抑えて盾を構える。
「そこを開けなさい」
突如、戦場と化した王宮の一角にこの場には似つかわしくない程、凛として透き通った声が響いた。
騎士達の間が開き一人の女性が前に出る。
その女性は真っ赤な真紅のドレスに身を包み、その長い金色の髪は誰もが息を呑む程輝いていた。
リアーナはその女性を目にして動きが止まる。
真紅のドレスに身を包んだ女性はリアーナの元へ歩み寄る。
「だ、駄目です……ぐっ」
ヴァンは声を出して止めようとするが、大きい声が出せなかった。
リアーナの蹴りで肋骨が何本か折れていた。
彼女はリアーナに近づくとその頬に平手打ちをした。
乾いた音が響き渡る。
リアーナは突然の平手打ちに呆然とする。
「あなたはこんな所で何をやっているのですか!!」
その女性は目に涙を溜めて言った。
「あなたの剣は守る為にある物でしょう!こんな事をして何になるのですか!!」
その声は悲痛な叫び声の様だった。
「ヴァレリア……様、何故?」
リアーナは呆然としながら彼女の名前を出した。
「何故ですって?大切な友人が馬鹿な真似をしているのを見て止めない訳ないでしょう!」
ヴァレリア・ガル=リナリア―――
ガル=リナリア帝国皇帝の五番目の側室にして王太子であるヴィクトル・カーネラルの姉となる人物だ。
「こっそり訪問して驚かせようとすればこの騒ぎ……」
女性王族の警護を行うリアーナなら他国の王族の訪問予定を知らない筈が無かった。
しかし、国王と王妃はリアーナを驚かせようと敢えてヴァレリアが来る事を秘密にしていたのだ。
「それなのにあなたは本当に何をしているのですか!!自分の娘が無実の罪で囚われて怒るのは分かります。ですが、これは違うでしょう!」
ヴァレリアは手を振り周囲を指した。
王宮の一角は既に廃墟の様な有様だった。
「あなたは仲間を傷付ける愚か者だったのですか!?」
リアーナは熱が冷めてきて自分の起こした惨状を見る。
大切にしていた仲間が無惨に横たわり、周囲は廃墟の様になり、自分の仕出かした事を改めて再認識する。
「来なさい。私が直々に牢屋へ放り込んであげるわ」
そう言ってヴァレリアはリアーナの手を強引に掴む。
「ヴァ、ヴァレリア様!?」
リアーナは強引にヴァレリアの手に引っ張られる。
「一晩、牢屋で頭を冷やしなさい!!」
颯爽と現れたヴァレリアによってリアーナは牢屋へ放り込まれ、一晩明かす事となった。
そしてその場にいた騎士達はヴァレリアに引き摺られていくリアーナを見送ると漸く生きた心地がしたのであった。




