89:尋問とカナリス派の思惑
アリアは騎士達に捕縛された後、神殿にある牢屋へと放り込まれた。
冷たい石の上で自問自答する。
何でこの様な事になったか訳が分からなかった。
そしてサリーンの言葉が酷くアリアの心を掻き乱した。
「何で……サリーンさん……」
アリアの呟きに答える者は誰もいない。
今まで姉の様に慕っていたサリーンが何故、自分をまるで犯人かの様に指を差して言ったのかが分からなかった。
ずっと一緒に孤児院で過ごしてきた大事な姉の様な存在。
アリアはそっと首に着けられた物を触ると指先に冷たい感触がした。
首には首輪が着けられていた。
これは相手を隷属させる為に用いる首輪だ。
使用者に背くと激痛が走る仕組みなっている。
アリアが着けている物には魔力を封じる効果も付与されている。
これは魔法で反抗されるのを防ぐ為だ。
アリアはたった一時で聖女から教皇殺害の罪人へ落とされた。
「私は何もしてないのに……」
部屋へ入ったらアナスタシアが亡くなっていた。
アナスタシアはアリアが来る前から殺されていた。
そしてサリーンの証言によりアリアが教皇殺害犯となった。
アリアにはサリーンが自分を見捨てたのが信じられなかった。
アリア自身、アナスタシアを親戚の叔母の様な感じだと思っており、そんな大事な人を殺す理由なんて無かった。
今はただ自分は悪くないと繰り返し思うしか出来なかった。
アリア自身、この状況を抜け出せる手段は持ち合わせていない。
この牢屋では何もする事は出来なかった。
暫くすると一人の騎士がやってきた。
その騎士はアナスタシアの部屋へと真っ先にやってきたヘンリーだった。
「教皇猊下を殺したのは貴様だな?」
開口一番、アリアが殺したのが決まったかの様に聞いてくるヘンリー。
「違う!私はやってない!!」
アリアは無実を叫ぶ。
「罪人は決まってやってないと言うんだ。早く自白すれば楽になるぞ」
それは甘い誘惑だった。
だが犯していない罪を認める事は出来なかった。
「何で聞かれても私はやってない!!」
「ふーん……自分の手は汚していないと。ふむ……」
ヘンリーは顎に手を当て、少し考える様な仕草をする。
「つまり、貴様の侍女に命令して殺させたと言う事か」
「ハンナは何も関係無い!!」
アリアはハンナまで罪に問われる事に我慢がならなかった。
自分だけならまだしも大切な人を巻き込む事はしたくなかった。
「そうは言うがお前の侍女はあれから何処にも姿が無い。正に自分が下手人と言わんばかりにな」
ハンナには絶対の信頼を置いている。
そんな事をする筈が無いと信じていた。
ヘンリーの言葉からハンナが捕まっていない事に安堵した。
アリアはハンナが異変に気付いて逃げたのだと思った。
「とっと吐けば楽になる物を……」
ヘンリーは苦々しく吐き捨てた。
アリアは負けじと睨み返す。
「ふん。まぁ。その強がりが何処まで持つか楽しみだな。精々、頑張る事だな」
そう言い残しヘンリーは牢屋から立ち去った。
牢屋に響く足音を聞きながら鉄格子から離れる。
アリアは冷たい石の壁にもたれ掛かりながらこれからどうなるのかと思いを馳せた。
*******
ボーデンは執務室でヘンリーからの報告を聞いていた。
「アリアに自白を促してみましたが吐く様子はありません。どうしますか?」
「まぁ、良いだろう。あの強情な娘だ。やってない事で吐く事は無いだろう」
ボーデンはアリアが自白しないと読んでいた。
それはアリアがここへ来た時の事からボーデン自身が身に染みて分かっていた。
「これで邪魔者二人が消えた訳だ」
ボーデンは思わず笑みを浮かべる。
カナリス派の脅威と言えるアナスタシアとアリアを排除出来たのだ。
これを喜ばずにはいられない。
「そうですね」
ヘンリーは素直に頷く。
彼はカーネラル王国第四騎士隊の隊長であり、カナリス派の一人でアリアを邪魔に思っている人物の一人だ。
その中でも大司教ガリアに次ぐ強硬派の一人だ。
前々から神殿内を獣人であるハンナと一緒にいるアリアが疎ましかった。
「マイリア様からは特に何も無かったのですか?」
「ちゃんと抗議が来た。まぁ、証言者は全員私の手の者だからな。マイリアが抗議した所で結果は変わらん」
ボーデンはこの計画の為にサリーンの過去を調べ上げてこちらへ引き入れたのだ。
「当面は教皇不在だが、教皇選は恐らくマイリアが対抗馬だろう」
アナスタシアがいなくなれば旗頭になるのはもう一人の枢機卿であるマイリアだ。
「それは妥当ですね。でも罪人であるアリア寄りの派閥に票を入れる者は少ないでしょう」
アナスタシアが亡くなり、アリアが罪人となると派閥の趨勢は一気にカナリス派へ傾く。
教皇選でのボーデンの優勢は固い。
マイリアが選挙で教皇に立候補しようが、ボーデンは脅威にはならないと思っていた。
「その通りだ。かと言って日和見のマードックが出てくる事も無いだろう。それにあの老いぼれが今更、何かするとは思えん」
中立派から教皇へ立候補する可能性は捨てきれないが中立派のトップであるマードックは穏健派でボーデンとは事を荒立てる様な事は避けてきた。
「そう言えばボーデン様が教皇になられたら空いた枢機卿の座には何方が就かれるのですか?やはりガリア大司教ですか?」
「ガリアに枢機卿の座を打診したのだが、断られた」
「それは意外ですね」
「まぁ、あれも年だからな。本人も自覚している様だからな。枢機卿には大司教のイヴァンを就ける」
「現役、武官のトップですか」
イヴァン・セイリス―――
武官部のトップに立つ大司教でガル=リナリア帝国軍出身。
一個大隊を率いてきた隊長職をしていたが、ボーデンの要望で神殿へ来る事になった異色の経歴の持ち主だ。
「そうだ。奴ならどんな奴でも相対出来る」
イヴァンは帝国でも将来を有望された軍人だった。
ボーデンがある取引で帝国から引き抜いたのだ。
軍の指揮力、個人での実力も高い。
「なるほど。対リアーナですか?」
「あぁ、奴がどう言う行動に出るかは分からんが万が一を考えてだ」
教皇がこの計画で一番恐れているのはリアーナが乗り込んできた場合だ。
イヴァンにはそれを武力で押さえ付ける役目だ。
「アリアは牢屋へ放り込んでいますが、これからどうしますか?」
「アイツには死なれたら困る」
聖女が死んだとなると信者への不安が広がり、折角得た求心力が失う可能性があるからだ。
「私が教皇になったら【深淵の寝床】へ封印する。公的には病で臥せっていると言う事にする」
アリアを殺すのは政情が落ち着いてからと考えているボーデンだった。
「でもそんな所に放り込んでは死んでしまうのは無いですか?」
「大丈夫だ。あそこならアイツは死なん。適当に拷問して自白を引き出しておけ。これで溜飲が下がると言う物だ」
ボーデンはアリアの出生の真実を知っていた。
神殿に来た当初は単なる小娘としか見ていなかったが、調べていく内に重要な事実が判明した。
「畏まりました」
ボーデンは虚空を握る。
その手には教皇より先の物を見ていた。




