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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第二章:貶められた聖女
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85:聖女の旅路と救済

 アリアはこの日、ハンナと共にボーデンに呼ばれてボーデンの執務室へと来ていた。

 いつもはアリアをお茶に誘うだけなのと、ハンナは獣人で毛嫌いされているから少し不思議でどんな用事があるのだろうかと身構えていた。


「今日、二人を呼び出したのは来月から二ヶ月程掛けてヴェニスから王都経由しながら怪我人や病人の治療をして欲しいのだ」


 これは聖女が各地を巡って人々を治療する事によって信者が持つ不安を解消するのが目的だ。


「公務って事?」


「そうだ。治癒魔法の練度もかなり上がっているのと、信者の聖女に対する期待が大きいのだ。最初だから近場を中心に回る場所を組んだ」


 ボーデンはテーブルに地図を広げる。


「ヴェニスがここなのだが、デランドの街を経由してネッタまで行き、王都へ向かう。大体、道中にある集落にも足を止めるから片道一月は掛かると見ている。王都に着いたらカイル陛下への挨拶もして貰う。謁見時はアナスタシア様も同席されるから安心しろ。ただ移動は別だ。あの方は長い間、ここを離れる訳には行かないからな」


 アリアはふむふむとボーデンの説明をしっかり頭へ叩き込む。


「王都だと患者も多いだろうからニ、三日は滞在するだろう。折角だから実家に泊まってくると良い」


 アリアはボーデンの一言に思わず破顔する。

 久しぶりにリアーナに会えると思うと嬉しかった。


「帰りは王都から北に伸びる街道を経由する形になる。基本的な寝泊りは宿が取れる街や村であれば宿になるが、小さい集落になると宿なぞ無いから馬車で寝泊りして貰う。護衛は万が一を考慮して武官を五名、騎士隊から五名、交渉役に司教を一名、アリアの補佐にフィンラルだ。サリーンは神官の試験の関係上同行は出来ない」


 アリアはサリーンが来れないのが少し残念だったが、神官になる試験があるのだから仕方ないと思った。

 それにサリーンには早く神官になって欲しかった。


「アリアと侍女を含めた十四名で行く事になる。何か質問はあるか?」


 アリアは首を横に振る。


「それなら良い。初めての公務で色々と大変だとは思うが頼んだぞ」


「はい」


 こうしてアリアは聖女としての初めての公務を行う事となった。




 二ヶ月後、アリアは各地を救済と言う名の地方周りに出ていた。

 移動は専ら馬車なので苦は無い。

 寄る所全てで聖女として崇め敬われながらたくさんの人々を治療をして回った。

 魔物と戦い怪我をした若い男性、病に臥せった老婆、産後に体調を崩している夫人、仕事上の事故で足が動かなくなった鉱夫、呪いを受けた貴族等、様々な治療を求めている人を癒して行った。


 だがアリアでも癒せない者がいた。

 精神を病んだ者、寿命を迎える寸前の者、特殊な病に冒された者、それらの人達に癒しを与える事は出来なかった。

 精神が病んだ者は一般的に治癒(ヒーリング)では回復が出来ない。

 精神が病む事は魂が傷付いているからだと言われている。

 そして魂を修復する魔法は存在しない。


 寿命を迎える寸前の者に関してはそもそも体に異常は無い。

 天命を全うする事を意味するので寿命を尽きる者を救うのは神の意思に背く行為になる。


 特殊な病に冒された者、これは原因が特定されておらず、治療方法も不明な物は全てここに分類される。

 特殊な呪いだったり、魔法に耐性がある毒が由来の病だった場合は治療が困難になる。


 アリアは貧しい孤児院から出身だったので自分より酷い境遇の人は少ないと思っていた。

 いざ各地を巡ると食料も無く病で床に臥せて死を待つ人々がたくさんいた。

 一番、最下層だと思っていたがそうでは無かった。

 この現状を見て、自分に出来るのであれば可能な限りたくさんの人を救いたいと思った。


 旅が進むに連れ、アリアは熱心に人々を治療して回った。

 治療を求める人が多い街では四日も滞在する事もあった。

 余裕のある日程で組まれていた旅だったが、王都に着いたのは教皇とほぼ同じぐらいだった。

 予定では二日は早く着く予定だった。


 そして九ヶ月振りに屋敷へと戻ってきた。

 アリアは走って玄関へ向かおうとすると家令のベルナールがちょうど玄関から出てきた。


「ベルナール、ただいま!」


「おぉ、アリア様!?お帰りなさいませ」


 飛び込んでくるアリアをガッチリ受け止めるベルナール。


「リアーナさんはいる?」


 アリアの言葉にベルナールが少し浮かない表情を見せた。


「何かあったの?」


「ここではあれなので中で宜しいでしょうか?」


「……うん」


 神妙な面持ちで言うベルナールにアリアは訝しげに感じながらも頷き、自室へと向かう。

 自室へ向かう最中もアリアを見つけた使用人達がアリアの帰りに歓迎の声を掛けるが、何処か元気の無い表情を浮かべる者達がいた。

 アリアは自室の椅子に座るとベルナールが口を開いた。


「アリア様、暫く奥様はここには戻られません」


「え、何で……?」


 アリアはベルナールの言葉に不安が心の中を駆け巡る。


「実は先月、北のランデールと小競り合いがありまして、奥様は当面、ランデールとの国境にあるアルシアック要塞に駐屯し、万が一に備えて前線の指揮を執られる事になったのです」


 ランデール王国とカーネラル王国は長い間、戦争を続けている。

 二年前の戦争はカーネラル王国が勝利したが、一進一退の攻防が現在でも続いている。


「……そうなんだ……」


 リアーナが前線に行った事に言い知れない不安が過ぎった。

 騎士だから戦争になれば前線へ行くのは当たり前の事だ。

 国としては前回の戦で大きな結果を残したリアーナを前線に送る事は味方の士気を上げるだけでは無く、敵への威嚇、牽制にもなるので極々、普通の選択肢だった。


「実は一月前に神殿にその旨の手紙を送ったのですが、恐らくアリア様とすれ違ってしまった様で……」


 ベルナールは申し訳無い表情を浮かべる。


「……仕方が……無いよね」


 アリアは久しぶりにリアーナに会えると思っていたので肩を落とすが、仕方が無いと割り切るしか無かった。


「教えてくれてありがとう」


「私は当然の事をご報告したまでです。後、追加でご報告がございます」


 まだ何かあったのだろうか、とアリアは思った。


「実はエマの妊娠が分かりまして、現在、産休で屋敷の三階の親族用の部屋で休ませています」


 また悪い報せかと思いきや、良い報せにアリアは思わず笑みを零す。


「エマさんおめでたなの!?」


「はい。現在、妊娠六ヶ月目です」


「会いに行っていい?」


「アリア様が来られたらとても喜ぶと思いますので行ってやって下さい」


 アリアは椅子から飛び出す様に走っていき、その後ろをハンナが着いて行く。

 ベルナールはそんな元気なアリアの姿に少し安堵した。

 来た当事の事を知っているとどうしても心配になってしまうのだ。

 彼にとってアリアは孫に近い存在な為、極力悲しい顔をして欲しくないと願っていた。

 だからこそ余計にリアーナの無事を願った。


 アリアはエマと神殿にいた九ヶ月間の話で華が咲いた。

 エマも一時的にとは言えアリアが屋敷へ元気に戻ってきた事が喜んでいた。

 リアーナがいないのは寂しいが、ランデールなんか蹴散らして帰ってきます、と言うエマの言葉にアリアは少し安心した。


 使用人のエマが何故、三階の家族用の部屋を使っているのかアリアに聞かれると、身重のエマを使用人用の部屋に宛がうのは心配だからと空いている三階の広い部屋を与えたらしい。

 エマ自身はいらないと言ったがリアーナが強引に押し切った形だ。

 主人のリアーナがいないのもあってメイドはエマの世話が日課となっていた。

 使用人なのに身の回りの世話を同僚にさせるのには抵抗感があったのだが、妊娠してから本人が思っている以上に体の自由が利かなかった。

 今は落ち着いているが少し前までは悪阻が酷く、苦しい状態が続いていたのだ。


 アリアはエマとつい三時間も話し込み、ベルナールに妊婦をもう少し労わる様に注意されたのだった。

 ただエマ自身も久しぶりにアリアと話をして気分的に楽になった。

 どうしても一人で部屋でじっとしていると不安になるのだ。

 自分の子供の事も心配だが、前線に向かったリアーナの事も心配だった。

 アリアには大丈夫とは言ったが、戦争に絶対は無い。

 万が一、リアーナが戦死したらと思うと不安なのだ。

 だがエマにはただ彼女の無事を願い、待つ事しか出来なかった。




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