恋愛モラトリアム宣言
立ち入り禁止の寂れた屋上に二人の男女が座り込んでいた。
端から見れば二人は恋人同士に見えるかもしれない。しかし彼らは違う、恋人同士などではない。むしろ戦友と言える関係を築いている。二人の目には何かしらに対する敵意が満ちている。
黒縁のシンプルな眼鏡を掛けた少年が青空をふと見上げた。青春しているかのような場面、それに似合わない一言を彼は空に向かって叫んだ。
「リア充爆発しろやあああ!」
彼の叫びに続いて少女も息を吸う。
「別れろやあああ!滅びてしまええええ!」
そう、彼らはこんな風に叫ぶほどに世の中のリア充を憎んでいるのである。
二人は屋上の下にある中庭を死んだ魚のような目で眺めている。
「戦友よ」
少年が少女に話しかけた。
「何よ」
「どうして俺たちには恋人ができないんだ?」
その一言が少女の何かを刺激したらしい、少女は野生の獣のような鋭い瞳で少年を睨んだ。あまりにも激しい怒りに少年の顔は凍りついた。
「そんなの……そんなのっ私が一番聞きたいわあああ!」
「悪かった、俺が悪かったから!」
涙目で叫ぶ少女を少年が必死に宥める。モテない者共の傷の舐めあいである。
ようやく落ち着いた少女は凛々しい表情で「そうだ」と言った。何かを思い付いたようだ。
「同士よ」
「なんだい戦友よ」
「私は宣言するよ、聞いて」
「う、うん」
少女は一つ咳払いをして真面目な顔で少年を見る。真剣さが本物だと悟った少年は息を飲んだ。
「今ここに恋愛モラトリアム宣言を出す!」
「……は?」
「日本の人類は恋愛をすることを放棄することを認めるすなわち、これは恋人がいないと言っても何も悲しいことではないといこと……だって恋することを自ら放棄しているのだから。ああ!なんて素晴らしいのかしら!君もそう思わない?」
「あ、ああ、思うよ」
「でしょう?」
少年は心の中で日本の行く末の心配をした。そんなものを出されたら少子化がますます進んでしまうのではないか。
少女の笑う姿は天使のように可愛らしいが腹の中は真っ黒だ。笑顔の下のリア充たちへの妬み嫉みは半端ではない。これが少女のモテない原因ではないかと少年は常日頃から考えていたがとてもではないが彼女には口が裂けても言えない。
満足そうに高らかに笑う少女と表情を曇らせる少年。
心から賛成できない理由が少年にはあった。深いため息を吐いた少年を少女は不思議そうに見た。
「何でため息吐いてるの?」
「え、いや……」
「分かった!私が天才だからね!」
何度も頷く少女を見て少年は苦笑する。
「ああそうだよ、天才だからだよ」
「だよねー」
少年は意気地無しだと自分を罵る、リア充を憎むのは己が勇気を出せないからだ。
そして目の前の少女が好きだからだ。
恋とは突然とは言うが少年の場合徐々に少女のことが好きになっていたのだ。言葉遣いは良いとは言えない、ぶっちゃけ少年の好みではない。少年はもっと女の子らしい人が好きだったはずだ。
しかしふとしたときに見せる優しさや思いやりに普段とのギャップを感じてしまう。
だが少女は恋愛モラトリアム宣言を出してしまった。
どうにか廃止に出来ないものか少年は考える。
廃止にするには自分が一歩踏み出せなければダメだと気づいた。もし振られても自分は後悔しないと腹をくくった。
「なあ」
「ん?」
振り返る少女、もう後戻りはしない。
「ずっと前から言いたかったことなんだけどさ……」
「何よ?」
「あ、のっ俺、ずっと前から君のこと、好きだった!」
「へ?」
少女の素頓狂な声、少年はただじっと顔を俯けるしかできない。
随分と声が震えて情けない告白になってしまった。本当はもっと余裕を持って言いたかったのだがそこはまあはじめての告白なので仕方がない。多目に見てほしい。
「いきなりごめん……」
沈黙が息苦しくとうとう少年は押し黙っている少女に言った
「そうだね、宣言廃止しなきゃね」
「……それって」
「私だってずっと好きだったよ」
「え!そうだったのかっ」
「でも、告白なんてできないし、そんな自分が嫌でもどかしくてリア充消えろって思ってたところ」
「ふーん」
「何よその得意気な顔」
「嬉しいんだよ」
「あっそ」
そう答える彼女の頬がうっすらと赤くなっていることが少年は堪らなく嬉しかった。
少年は大きく息を吸う。
「リア充バンザーイ!」
青空に向かって叫ぶ、横にいる彼女は目を丸くしていたがすぐにいたずらっ子のような顔に変わって「バンザーイ!」と同じように叫んだ。そしてその後二人はケタケタと笑い続けた。
今なら世の中のリア充に優しくできそうだと少年は笑った。