拙者の爺ちゃんがネトゲ廃人になっちまったぜ☆
俺が最近嵌っているネットゲームがある。その名も「カイワレ・エンドレス・オンライン」通称、KEOだ。
友達にやろうと誘われ興味本位でやり始めた。
内容は第三次世界大戦後、核兵器により人類が滅んだ世界で、放射能の影響で知能を持ち始めたカイワレ大根が二足歩行で立ち上がり、地球を支配するために、他の野菜たちと戦争を始めるというものだ。
ばかばかしい、最初はそう思いながらも話のネタにはなるかと思い続けていた。
が、気づくとドップリとKEOに嵌っていたのである。
敵の野菜を倒し、レベルを上げ、ギルドを組み、協力してボスを倒す。プレイヤーが二足歩行のカイワレと言う点を除けば、よくあるネットゲームだ。
しかしKEOはそのよくあるネトゲの核となるゲームバランス。これが素晴らしかった。これが絶妙なバランスでレベル上げが苦にならないし、先が楽しみでどんどんのめり込んでしまう。
メインイベントのストーリーも秀逸で、運営の対応も神対応。嵌りすぎて、今や俺はトップギルドの一員だ。
***
そんな訳で今日もつまらない高校の授業を終え、寄り道もせずに帰り、自分の部屋でKEOをやろうと思ったのだが……。
「どうして爺ちゃんが俺の部屋に居るんだ?」
俺は昔から爺ちゃんと仲良しで、別に俺の部屋に居ることは構わない。だが俺の家と爺ちゃんが住んでいる家は違うし、距離も遠い。今は夏休みでもないし、来るといった予定も聞いていない。
何かあったのだろうか?
「実は婆さんと喧嘩してしもうてのお、ほとぼりが冷めるまで避難しようとこっちにきたのじゃ」
「ふーん、また喧嘩? 今度は何で争ったの?」
爺ちゃんと婆ちゃんが喧嘩するのは日常茶飯事だ。この前は目玉焼きに何をかけるかで喧嘩してたっけ。ちなみに俺は醤油派だ。
「たけのこの里ときのこの山、どっちがうまいかで討論になったんじゃ」
なんてことで喧嘩しているんだ、爺ちゃん。その話題は戦争になるぞ。
「ちなみにお前さんは、何派じゃ?」
「きのこ……だけど」
「おお、さすが儂の孫じゃ良く分かっておる。あの腐れババアとは違うのう」
そういって抱擁された。テンション高いな、爺ちゃん。あと腐れババアはどうかと思うぞ。
「ところで、じゃ。儂、暇でのう。何か遊べるものとか、ないか?」
爺ちゃんは何というか、一言でいうなら遊び人だ。暇が嫌いで、常に面白いことはないかと模索している。将棋とチェスを合体したチェス将棋なるものをこの前にやらされたばかりだ。俺が勝ったけど。
「遊べるものねぇ、うーん?」
俺は悩む。爺ちゃんは様々な遊びを一通りやっており、ぱっと思い浮かべるられるものといえば、今まで爺ちゃんとやったことのあるものばかりだ。
別にもう一回やってもいいのだが、爺ちゃんは飽き性でそれなりに遊んだものはやりたがらない。
難しい注文だ。
「ふーむ、だったら最近嵌っておるものとか、ないかのう」
嵌っているもの? その質問に答えるのは簡単だ。
「あるよ、KEOに嵌っている」
「ほう、そしてそのUNOの親戚みたいな名前のKEOとはなんじゃ?」
「ああ、KEOとは「カイワレ・エンドレス・オンライン」っていうネットゲー……」
そこから俺は爺ちゃんにKEOのことを教えた。
すると爺ちゃんから返って来た答えは予想通りのものだ。
「それはそれはぜひやってみたいのお」
「オーケー、さっそく爺ちゃんのキャラを作ろう」
爺ちゃんが俺のパソコンの前に座り、俺がその横に座る。
俺が横で説明し、爺ちゃんが実際にやっていくスタイルだ。
爺ちゃんはネットサーフィンなどを嗜んでいたこともあり、すいすいとパソコンをいじっていく。
***
「こぉお~、これでとどめじゃぁあ!」
爺ちゃんが声を高らかに上げ、メインストーリーの中ボスであるニンジンドラゴンを倒した。
KEOではニンジンドラゴンまでがいわゆるチュートリアルであり、爺ちゃんはKEOの世界に一歩踏み出したと言えるだろう。
「おお、レベルが上がったのお、これでレベル7か」
「やったじゃん、爺ちゃん」
「ところでお前さんは今、何レベなんじゃ?」
「ん? 150だけど」
「ほお! そんなに!」
そんなこんなで遊んでいるといつの間にか夜は更けていった。
三日後、爺ちゃんは己のプレイヤーである、『ZZI』をレベル21まで上げた……、ところで婆さんに見つかり、連れて帰られた。
いつものことである。
爺ちゃんは飽き性だから、KEOに嵌るかは分からない。俺の予想ではレベル五十くらいまで上げたら飽きて放り投げるんじゃないかと思う。
「さてと、爺ちゃんと交代交代でやってたから、俺のキャラのレベル上げが遅れてる。挽回しないとな」
爺ちゃんをKEOの世界に引き込むのもいいが、やはりネトゲは見るのではなくやるにかぎる。そうして夜遅くまでKEOでレベル上げをしていたせいで、次の日学校で遅刻してしまった。
***
「なぁ、知っているか、KEOのある噂」
「んあ? 噂?」
「うん、拙者がとある掲示板で見かけた噂、何だが……」
高校の昼休み、俺はKEOに俺を誘い込んだ友人と弁当を食べていた。ちなみにこいつの一人称は拙者で、俺は勝手に拙者丸と呼んでいる。
拙者丸は情報通でこいつの予言は大体当たる。俺が拙者丸に誘われてKEOを始めたときは、まだKEOは有名じゃなかった。そこから数か月して、面白いと有名になりKEOは盛り上がる。
そんな有名ネットゲームで、俺と拙者丸が所属しているギルドがトップに君臨していられるのも、情報通の拙者丸の影響が大きい。
「最近、あるギルドが勢力を上げていてな。このスピードで勢力が上がれば、拙者たちのギルドを追い越すんじゃないかと言われている」
「それはないんじゃないか、拙者丸。俺らのギルドは初期の初期、それもベータ版の頃からやっているメンバーばっかりなんだぜ。二位のギルドが変わるならともかく、俺らが一位なのは変わらないだろ」
KEOにはギルドごとにポイントがありその多さで、順位が決まる。二位のギルドとはポイントに大量の差があり、それこそ生半可なゲームスタイルでは追い越せないほどだ。
つねに一位に君臨する俺たちのギルドは伝説となっており、KEOに限ってはギルドのトップ争いといえば二位を争うというのも同じと言わるほどである。
「まあ、拙者たち『もろこし邪神教団』が当分は一位の座を譲らないと思う。けど噂のギルド、『老害メーンズ』はそれこそ異常な速度で勢力を上げてるんだ。あの速度はそれこそ二十四時間暇な、定年退職後の老人じゃないとできないと思うぜ」
「ふーん、暇な老人ねぇ」
脳裏に一瞬だけ爺ちゃんの影がよぎった。いや、まさかな、と思う。
「『老害メーンズ』はいずれ拙者たちの前に立ちはだかる、そんな気がするんだ」
「拙者丸がいうなら本当にそうなるかもしれないな、ところで次の季節イベントの武器なんだが……」
が、この時、俺は思いもしなかったのだ。まさか本当に拙者丸の言う通りになるとは。
***
その日はギルド戦の日だった。ギルド戦とはギルド同士の戦闘でその結果に応じて、ポイントを奪いあえるというものだ。ギルド戦はポイントが大きく変動する。有名ギルドがマイナーなギルドに下克上され、あっというまに下の順位へ何ていう事が平気で起こる。
だが俺たちのギルド『もろこし邪神教団』に限ってはそんなことは起きないだろうと思っていた。
「そろそろか、今日の相手はどのギルドかな?」
敗北のことなど一切考えず、余裕綽々でパソコンの画面を見つめていた。
それもそのはず、『もろこし邪神教団』がつねにトップギルドにいるということもあるが、この前の季節イベントで超強力な武器を手に入れたという事もあった。
難易度の高いボスを撃破し、そいつがわずかな確率で落とすアイテム。それらを数千個集めれば、超強力な武器と交換できる。
大抵のギルドがメンバーを総動員しても、一個しか手に入らなかった、最強武器『B-ハイブカロテンゴボウソード』、それを俺らは十個ほど集めていた。
まさに圧倒的だ。俺たちのギルドが負けるはずがない。
「んん? 『老害メーンズ』? ああ、拙者丸がいつか言っていたギルドか」
パソコンの画面に、対戦相手のギルドが表示され、カウントダウンが始まる。
すぐにカウントダウンはゼロになり、ギルド戦が始まった。
俺のプレイヤー『こしもろZ』が最強武器『B-ハイブカロテンゴボウソード』を手に走り出す。
となりには拙者丸のプレイヤー『ょぅι゛ょちゅっちゅっ』が同じく『B-ハイブカロテンゴボウソード』を手に持って、並走していた。
『ょぅι゛ょちゅっちゅっ』がチャットで話しかけ来る。
『どうやら本当に拙者の言う通りになったようだな』
『そうだな。驚きだ。っと、来るぞ!!』
『こしもろZ』や『ょぅι゛ょちゅっちゅっ』を含む俺たち『もろこし邪神教団』の前には、今回のギルド戦の相手『老害メーンズ』の軍勢が迫ってきていた。
「……え?」
その軍勢を前に俺はリアルで声を上げてしまった。今見える敵のギルドメンバーは三十人ほどだ。しかしその全員が『Bーハイブカロテンゴボウソード』を手にしている。
「そんな馬鹿な!!」
ありえないそんなことを思っていた。KEOには課金システムがない。KEOは月額料金制で強化アイテムを課金で買うなどのシステムはないのだ。もしありえないほどの強力な武器を手にしていても、それは本人の実力たりえない。
つまり『B-ハイブカロテンゴボウソード』は課金ではなく、普通にプレイで手に入れたことになる。
いったいどれだけの廃人プレイヤーが集まれば、あれだけの数の『B-ハイブカロテンゴボウソード』を集められるんだ。
『こしもろZ』の目の前に敵プレイヤーが迫る。そして敵プレイヤー名に俺は見覚えがあった。
「『ZZI』だと!?」
装備は最前線を行く廃人装備、その手に輝くゴボウを持った『ZZI』のレベルは200を超えていた。
『こしもろZ』よりも上である。
「まさか、爺ちゃんがこの領域にまで来る何てな」
その後、ギルド戦は激戦の末、『老害メーンズ』が勝利した。ポイントが大きく変動し、KEOが始まって以来、初めての一位交代である。
掲示板は大いに盛り上がり、新たなる伝説が始まろうとしていた。
『ああ~、負けちまったな。めちゃくやしいぜ。しかも拙者の相手のプレイヤーのキャラネーム『BBA』だったんだよ。くぅ~、胸ぺったん好きとしてこれは悔しい!』
などと拙者丸がチャットで話してくる半面、俺は悔しいとかそういうことよりも、違う事を思い浮かべていた。
廃人プレイヤー『ZZI』は間違いなく爺ちゃんだろう。爺ちゃんにKEOを教えたのは三か月前。たったの三か月前なのだ。
三か月でレベル二百越えは正直言って、かなりきつい。それこそ寝る間を惜しんでレベル上げを毎日しなければ到達できない。
「爺ちゃん、リアルの方は大丈夫なのか?」
俺が思い浮かべていることは爺ちゃんのリアルのことだった。ネトゲ廃人はリアルを犠牲にしてでも、ゲームにのめり込んでしまう人たちのことだ。
ネトゲ廃人になり人生をないがしろにしてきた人の話を、掲示板で時々見る。
爺ちゃんが婆ちゃんと何もなければいいが……。
俺はそんなことを考えていた。
***
次の日、次のギルド戦に向けて『こしもろZ』を鍛えようと、早めに家に帰って来たときのことだ。
俺の部屋に爺ちゃんがいた。
いつもならまた喧嘩したのかと思うところだが、今は違う。
爺ちゃんはネトゲ廃人になってしまったのだ。もしかしたら今までとは違い、喧嘩で済まなかったのかもしれない。
「おお、帰ったか孫よ。どうじゃった昨日は驚いたか?」
呑気に爺ちゃんが話しかけてくる。もしかして喧嘩じゃなくて、普通に自慢しに来ただけかもしれない。
「ああ、びっくりしてリアルで声を上げちゃったよ」
「ほっほっほ、そうじゃろうそうじゃろう。とても驚いたじゃろう」
「それで、爺ちゃん。今日は何で俺の部屋に来たの? ……やっぱり自慢しに来た感じ?」
自慢であってくれ、と思いながら俺は爺ちゃんに話しかける。
しかし、爺ちゃんの答えは俺の期待を裏切るものだった。
「いや、いつも通りの喧嘩じゃよ。KEOのことで揉めてしまってのお」
やっぱりかと思う。
爺ちゃんのネトゲ廃人っぷりは容易に想像できる。
毎日をパソコンの前で過ごす、その時間は半端ではなかったはずだ。
婆ちゃんと喧嘩してもおかしくない。
それに今回の喧嘩は、今後に響くかもしれない。
「爺ちゃん、俺からの忠告だけど。少しの間でいいからKEOをやめたほうがいいんじゃない?」
「んん?」
「今回の喧嘩って、たぶんだけど婆ちゃんにKEOをやめろ、とか言われたのが発端じゃないか? KEOは面白いし嵌るのも頷けるけど、やり過ぎはよくないと思う。爺ちゃんのプレイヤーを見て、すぐに分かったよ。廃人プレイしてるなって。
相当な時間やってたんじゃない。それこそ婆ちゃんとの会話とかもほったらかしにして。
別にKEOのプレイヤーをすぐに消せって言ってるわけじゃないけど、爺ちゃんは少しの間KEOからはなれるべきだよ」
俺の言葉を聞いて爺ちゃんはふむふむと唸る。
「孫よ」
「何だ? 爺ちゃん?」
「何を勘違いしているのかは知らんが、別に婆さんにKEOをやめろとか言われてないぞ」
「え?」
どういう事だ? だったらKEOの何で喧嘩したというんだ? 月額料金のことだろうか。しかしKEOの月額料金は千五百円と、爺ちゃんなら余裕の金額のはずだが。
「ギルドで一位になった時の景品の装備をどっちがつけるかで、言い争いになってのう。あの腐れババア、副ギルマスの分際で出しゃばりおって」
「え? どういうこと?」
爺ちゃんは俺にKEOを教えて貰った後、帰ってからでもやっていたそうだ。
それを婆ちゃんに見られてからは、婆ちゃんをKEOに巻き込み一緒にプレイしていたらしい。
ある程度強くなってからは、近所の爺ちゃん婆ちゃんも巻き込み、ギルド『老害メーンズ』を作ったんだとか。
ちなみに拙者丸が戦った敵プレイヤー『BBA』が婆ちゃんのプレイヤーだった。
どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。
爺ちゃんと婆ちゃんはいつも喧嘩して、でもいつの間にか仲直りしていた。
中毒性の高いオンラインゲームでも長年付き添いあってきた老夫婦の絆は壊せなかったらしい?
まぁ、とにかくいつも通りの爺ちゃんと婆ちゃんで良かった。
拙者丸がいつの日か「拙者の爺ちゃんがネトゲ廃人になっちまったぜ☆ そして婆ちゃんと離婚してしまったぜ☆」何て言ってたから、俺の爺ちゃんもそうなるんじゃないかと少し不安になっただけだろう。
「さーて、爺ちゃんと婆ちゃんに負けないように、レベル上げするか」
「ほっほっほ、今日は儂ノートパソコンを持って来とるんじゃよ。一緒にKEOをやらんか?」
「ああ、もちろん」
こうして今日も俺と爺ちゃんはKEOの世界を堪能するのであった。