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Peaceful Days

作者: keisei1

 近藤兼人は21世紀末、混沌とする世相のフリーライターだ。ネットが多大な権限を握った21世紀初頭から抜け出し、リアル社会での緩やかな繋がりをみなが求め始めた時代の寵児だ。

 兼人はどんな話題にもトピックスとしての価値を見出していた。ゴシップから人々の成功譚、人の死まで。ありとあらゆるところに価値を見出していた。

 成功なんて人それぞれ、一つの方向に意義なんて見出さなくてもいいと、人々が感じ始めたこの時代。これはそんな時代の一断片を切り取ったささやかな物語。

 兼人は、ある執筆家を取材の対象として追い掛けていた。朝島夏海。21世紀中頃から「ポップノベル」として台頭してきた執筆ジャンルの旗手ともいえる人物だ。

 夏海と初めて兼人が出逢ったのは、夏海が10代後半だった頃だ。彼女は初めはとても奥ゆかしく、控えめで、自分に自信を持っていないというのが兼人の第一印象だった。

「私は人生薄いんですよ。だから切り売り出来る感情なんかとてもなくて」

 そう夏海ははにかんで笑ってみせた。彼女は取材対象として格好の素材だった。そのふくよかで愛らしい美貌。愛嬌のある仕草。誰にでも好かれる好印象の性格。

 彼女のアイドル性は誰をも惹きつけた。そんな彼女の印象がガラリと変わってしまったのは彼女の第二作にあたる「Peaceful Days」が1000万DLの大成功を収めてからだった。

 「Peaceful Days」の成功が夏海をまるで変えてしまった。彼女は以前の控えめで、慎重な物言いという美徳を忘れてしまった。その変貌ぶりは著しく、散財癖や放言にその姿を変えて現れるようになった。

 彼女は一晩で3500万もの大金をつぎ込んだ自らの主催のパーティーでこう言ってのける。

「成功には人それぞれのカタチがあるなんて言うのは『敗者』の自己満足」

「人には目標なんてないなんていう物言いは『無目標な人々』の怠惰」

「成功だけが人を強く、美しくする」

 等々。彼女の放言は止まらなかった。その悪辣振りで、より一層、彼女の支持者たちが団結したほどだった。成功のピークにあった夏海はこう口にする。

「成功は新しい時代の媚薬。成功は新しい時代の貴族の称号」

 兼人が夏海に再び逢ったのは、夏海が絶頂期にあった20代中頃だった。夏海は兼人を粗雑に扱った。そして一言こう迷惑そうに告げるとその場を足早に立ち去る。

「ゴメンなさい。私、急いでるの」 

 時代が朝島夏海の言葉に熱狂している間、兼人はまた別のトピックス、取材対象を追い掛け出していた。夏海に以前の取材対象としての魅力が失われてしまったからかもしれない。

 兼人は都市部を後にして、沖縄の観光プロジェクトを追い掛け始めていた。そんな彼のもとに朝島夏海のニュースがもう一度舞い込んだのはそれから二年後だった。

 聞けば彼女は自分の事務所を預けていた二人の役員に裏切られて財産を失ってしまったという。加えて度重なる散財癖による、一種の軽いパニック障害にも陥ってるということだった。

 心も体も適度に病み始めていた「夏海の時代」が終わる頃、兼人は夏海に再会した。

 夏海は病んで、神経質な手つきで兼人にこう訊く。

「ねぇ。兼人さん? どうすれば失った人々の心が取り返せる? どうすればもう一度あの頃のような贅沢を味わえる? 光を取り戻せる?」

 震える指先で煙草を吹かせる夏海は、兼人の目には哀れに映った。兼人は一言、夏海の肩に手を添えるとこう言った。

「もう一度、自分が自分自身であった時代を思い出してごらん。誰をも傷つけず、誰をも傷つかなかった時代を。それが君の本当の『Peaceful Days』の始まり」

 その言葉の意味や真意を、今の夏海は汲み取れずにいるようだった。ただ神経質に口元を拭い、微かに震えていた。ただそれだだった。それから兼人は夏海のニュースやトピックスをまるで聞かないようになった。

 沖縄の潮風とハイビスカスの香りが兼人の体に馴染むようになった頃、兼人はもう一度夏海のニュースを聴いた。

 そのニュースは夏海が精神保護施設から無事退院し、順調な回復の兆しを見せているというものだった。彼女はインタビュアーの問いにこう答えていた。そこには兼人がかつて知っていた朝島夏海の姿があった。

「もう成功を追い掛けるだけの人生には懲り懲りですね。あと人を蹴落とすだけの人生も。もう……懲り懲りなんです」

 そう言って彼女は笑った。そこには確かにかつて兼人が逢った、かつて兼人が魅了された夏海の姿があった。

 蝉の鳴き声がじんわり響く沖縄の8月の夏に、穏やかな静けさを時代は取り戻し始めていた。兼人は、子供への誕生日プレゼントを片手に路地へと駆け出していく。兼人、彼の手には確かに、彼自身の「Peaceful Days」があった。

 この話は人々が「成功に一つのカタチなんてない」と感じ始めたそんな時代の物語。人々がそれぞれの「Peaceful Days」を歩み始めたそんな時代の物語。


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