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第5章 保険業界


第5章 保険業界



「最近、保険の方は暇なのかい。」

 内装工事が始まってから毎日の様に顔を出す今成誠治に一郎が多少の嫌みを加えて言った。

「そうなんだ、いっちゃんの親父さんが亡くなってから営業成績ががた減りでねぇ、会社へも顔を出し辛くってねぇ。ここで亀山不動産の新しい代理店がスタートするのを大いに期待しているんだがな。」

 今成誠治は一郎の嫌みなど馬耳東風で答えた。

「ところで、誠ちゃん。保険の方は一つの部門だけれど、本業の不動産の方も、僕が社長になってから小さくなったなんて言われたくはないから、こっちの方も少しは考えてよ。」

「うん、それもそうだけど、僕は不動産のことは余り知らないし、友達にも余りいないからなぁ。少し貸家を処分して宅地の開発分譲でもやるか。」

「とりあえずなんか考えてよ。」

 亀山一郎は今成誠治に輪をかけた様に不動産に関しては判っていなかった。実際勉強する気も無さそうだ。

 ただ彼の場合、遊びに関しての天賦の才能があり、その交友の中に多少不動産をかじっている人間がいた。


「誠ちゃんとこの会社大丈夫なのかい」

 新しく出来た深紅でまとめた常務取締役室の大きな背もたれの革張り椅子に深々と腰を降ろし、両足を両袖の大きな机に載せた格好で鼻毛を抜いている今成誠治に、いつになく真顔で亀山一郎が聞いた。

「なんだい、藪から棒に、急にどうしたんだい。」

「だって、最近為替差損で保険会社が随分と赤字を出しているって、毎日の新聞に書かれているじゃない。」

「へー、いっちゃんも新聞の一面や二面を見るんだ。」

「たまにはね。」

「たまげたねぇ。いっちゃんってスポーツ欄とTV欄しか新聞は読まないもんだと思っていた。」

「なに言ってんだい、ちゃんと三面記事も見ているよ。」

「ははは、、、だけど、いっちゃん。さっきの為替差損の事だけど、あれはね、えーと、2兆2000億円だったかな。あんな為替差損って言ったって、実際の売却損は半分以下で、残りは評価損なんだよ。だから又円高ドル安になれば逆に差益となって帰ってくるんだから何も問題は無いんだよ。しかも我々の運用は短期じゃなくて長期運用だから、今年差損が出ても来年は差益になっているかも知れないだろう。短期で言えばオーストラリアのオーバーナイトレートなんか20%以上も有るんだ。だから200億円オーストラリアへ送金したら、翌日には約1200万円の金利が付いて帰ってくる。ま、そんな単純なものではないけれどね。」

「へー、誠ちゃんって何でも知っているんだね。」

 一郎が訳も分からないまま、今成誠治の言葉に感心して言った。

「そりゃぁそうだよ。お金に関してはいつも勉強していないとお客様から何を言われるか判らないからね。もう少し教えてあげようか。生命保険業界全体で幾らの資産が有るか知っているかい。」

「そんなの判らないよ。」

「我々の業界じゃ常識なんだけれど、65兆円あるんだ。しかも世界生命保険相互会社だけでも年間の収入保険料は3兆9500億円あるんだよ。これって一日に直すと約1000億円だよ。」

「へー、保険会社ってすごいんだねぇ。」

 単純に一郎は数字だけに驚き感嘆した。

「だから財務の連中は躍起になって資金の運用先を探しているのさ。毎日の事だから多少の損は有るし、大きな儲けも有るんだよ。あっ、痛い。」

 思いっ切り鼻毛を引っ張った今成誠治は両方の足を机から落としながら、人差し指と親指の間に挟まれた束になった鼻毛を眺めた。

「この鼻毛だってタバコが多いと伸びるのが早いだろう。資金が多くなると損も得も大きくなってマスコミの材料になるだけなんだ。円がドルに対して一円上がれば差益は200億円だよ。反対なら200億円の損。全部帳簿の上だけの事だけれどね。」

「毎日、そんな大きなお金を動かすって大変だねぇ。」

「そう、財務じゃ大変だろうよ。昭和の頃じゃ、総資本の60%は企業への貸し付けで賄っていたのが、今じゃ総資本が大変な増加をしているにも関わらず40%だからねぇ。だからディーリングの方へ資金が動くんだよ。株式なんかは当時21%だったけれど41%になっているぐらいだからねぇ。」

「もういいよ。誠ちゃん。頭が痛くなってきた。なんか心配して損した気分。」


 そんなある日。今成誠治は一郎からオーストラリアへ行ってみないかと声をかけられた。

「誠ちゃん、オーストラリアンラリーをやるんだけれど下見に行かない。」

 今成誠治がデスクに山と積まれたセールスレディの履歴書に目を通していたところへノックも無しに一郎が扉を開けて顔を出して言った。

「いっちゃん、そんな優雅な事を考えている時期じゃ無いだろう。まぁ、そんなところで顔だけじゃなく入んなよ。」

 言いながらデスクから応接セットに席を代えたので、一郎も向かい側に腰を降ろした。

「いっちゃんねぇ、まだ相続税の確定もしてないし、会社だってどうするかも考えなくっちゃいけない時期なのに、そして僕は世界生命保険相互会社の事も有るし。」

「そんな事どうでもなるじゃん。」

「まてよ、いっちゃん。そんな事って言うけれどねぇ、一番大事な事をきっちりまとめてから遊びを考えた方がスッキリもするし、何かを残した気持ちで遊ぶと後ろ髪を引かれる様で楽しみも半減すると思うよ。」

「誠ちゃんも、いよいよ親爺の様な言い方になって来たなぁ。」

「それは仕方の無い事だよ。いっちゃんが、もう少し会社の事を考えてくれたら僕だってこんな事言わなくて済むんだから。」

「判ったよ。帰ったら一生懸命やるからさ。それよりラリーガールのハクイのが二人一緒に行くんだよ。」

 一郎は今成誠治の顔面で大きく手を振り今成誠治の言葉を制止して言った。

「えー、それはグッドニュースだなぁ。いっちゃんどうしてそれを先に言わないんだ。そうなると考えが変わる。それ、どんな娘。」

「そりゃぁ、ラリーガールだからスタイルは抜群だし、髪は長くて、なにしろハクイ。誠ちゃんに一人廻すから一緒に行こうよ。」

 ちょうどオーストラリアがブームにもなっている時期でもあるし、どんな所かも見てみたいし、勿論アバンチュールも楽しんで見たい。今成誠治は少し考えて、

「いっちゃん、僕の成績ちょっと落ち目なんだ。多少上乗せしておかないと休みが取れないんだ。保険くれる人どっか探してよ。3億ぐらい有ったら支社長に休みをくれって言えるんだけれど。」

「誠ちゃん、今まで言おう言おうと思っていた事だけれど、いつまで保険やるの。辞めて本格的にうちをやってよ。」

「僕もそのつもりで支社長には言ってあるんだけれど、辞めさせてくれないんだ。ま、ここが本格的に仕事をやり始めたらもう一度話してみるよ。」

「ついでにね、オーストラリアに僕の友達で不動産やっているって奴がいるんだ、一度会ってみたら。」

「まてよ、それっていっちゃんの仕事じゃないか。」

「そんな事言わないで、乗りかかった舟でしょ、やってよ。女の子、必ず廻すからよ。」

「じゃ、保険くれる人探してよ、そうしたら行くよ。」

「オーケー3億でいいんだね。じゃぁパスポート用意しといてね、3月3日に出発だから。」

「あと十数日しか無いじゃないか、無理だよ。」

「そんなことないない。あした保険かける人連れて事務所に行くからね。」

「だけど、誰が通訳やるんだ。俺は英語なんてしゃべれないよ。」

「苦労性だなぁ。女の子の内、一人はしゃべれるそうだし、心配無いよ。」

「判った。じゃ、明日支社長室で待ってるよ。何時?」

「うん、3時頃にしとこうか、その頃電話入れるから。」

「オッケー、とりあえず保険かける人の名前だけでもくれるかい。」

「そうだな、うーんと、とりあえず女房にでもしとくか」

「なんだ、そんなのか、ま、良いか。」

「とりあえずあした連絡するよ。だけど、一緒に行く娘、いい子だよ。」

 言い残して一郎が今成誠治の部屋である亀山不動産の常務取締役室を出ていった後、今成誠治はデスクに戻り20枚程集まったセールスレディの履歴書に目を通し始めた。




◎作者より◎

 経済小説を書き始めて自分自身知識の無さに驚愕。まっ実際その世界に入り込まないと判らない分野は多すぎますね。

 今回も調査は進めましたが、かなりの部分で聞きかじりです。間違った部分など御指摘いただければ幸いです。

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