2日目 その4
「今日はもう外に行きません」
「…(いや、行けませんだろ)」
レナの宣言にゲオルクは心の中でつっこみを入れた。
「そこで、近場でできることをします」
「例えばなんだ?」
「自炊生活です。家には鍋もありませんし包丁もありません。もう買うしかない」
レナの中で、ゲオルクの家は=自分の家になっていた。
「そうだー! そうだー! 飛びつかれないように」
パジは大きく両手を振りながら賛同する。
「何にだ?」
「「スライムです!!」」
二人にとって、スライムinトイレは鬼門であった。
「…ああ、わかった。わかった。ってもなー、今更買いにいくのもなー」
じとーと4つの目に見られる。その目は、まるでお前わかってんだろうなと訴えているかのような目だ。
「いや、行きます。行きましょう」
「どこかによい日用雑貨を売っているお店を知りませんか?」
「あるには、あるんだがなー」
頭を掻き、なんとなく言いにくい雰囲気を醸し出すゲオルクにレナは詰め寄った。
「今日は休みですか?」
「あー、不定休だな。今日開いているかは行ってみんとわからん。品揃えはいいぜ。品質も悪くねぇし、値段も手頃だな。ある種、店主の道楽でやってるような店だ」
「案内をお願いします」
「…いいのか?」
「はい、品物は見て買いたいです」
「まー、そういうなら案内するぜ」
「…」
店に到着し、中に入るとレナは固まった。
「なんて良い日なのでしょうか! このように日の光が天上に輝く時間に、私の天使に会えるとは! モナムー。わたくしの愛の言葉を受け取って下さいますね」
ケットシーのティモシーことティムはジュリエットと言いながらバルコニーの下で愛をささやく人のように、大げさに片手をあげてレナに乞う。
「…下さいません」
「お鍋と包丁ください」
「やや、これはモナムーのお義姉さまではありませんか。なになに自炊生活がしたい? ささ、こちらに良い品がございますよ」
ティムはパジを丁重に扱いながら店の奥に案内していった。
「ねぇ、今、勝手に義理の姉的なことを言っていなかったかしら?」
「どうだかなー」
「見て、鳥肌が立っているわ」
奥に行っていたはずのパジが二人の元へ帰ってきた。
「ティムがうちでご飯食べたいって。食材は用意するっていうから。つくってあげることにした」
えへんと胸を張っている。
「…」
なぜティムを招待するのか。しかも、お姉さまが作れるのは豪快肉料理アウトドアバージョン(ひたすらに分厚い肉を野外で焼き続け配給され続けるという罰ゲームのような料理)だけじゃないかとはレナの心の声だ。
「…ティムさん。私が作りましょう。つきましては、必要な食材を一緒に買いに行きましょうね」
レナはこの短時間でチキチキチーンという脳内計算を終えていた。
「おぉ、神よ! 今日の日のために、わたくしを遣わして下さったのですね」
「…さあ、行きましょう」
レナは心頭を滅却しているのだ。食卓の向上ために。ゲオルクの家には何もない。ということは、一からすべてそろえる必要があるのだ。塩やこしょう、穀物など。全部買いそろえるとなるとなかなかの高額になると予測された。
「ティムさん、ゲオルクさんのお宅の台所には調味料もないのです。あまり、おもてなしができません…」
「それはいけない。ささ、こちらによい調味料を扱う店がございますよ」
「ティムさん、料理用のお酒もないの…」
「なんと! ではこちらに、ドワーフご用達の酒屋がございますよ」
「ティムさん、お肉だけじゃ体に悪いわ…」
「さすが、わたくしのモナムーはわたくしの健康まで考えてくださっているのですね。こちらにある八百屋は品揃えが豊富でございますよ」
という感じで、レナはティムに荷物を持たせながら必要なものをそろえていった。彼女は決して悪い女ではございません。そう、見知らぬ土地でうまく暮らすため懸命なだけなのです。
「ティムさん」
「ささ、こちらです」
だと思いたい。
「ケットシーってよ、嘘を見破るんだよな」
「ゲオさん、ゲオさん。レナちゃん嘘はついてないよ。料理も作る気だし、調味料もないじゃん。もてなすのは主語がティムじゃないんじゃない?」
「2日でケットシーとの付き合い方法を習得したのか、すげぇーな」
伊達に日本で社会人してないよとパジは思った。