1日目 その5
異世界のトイレ事情について知りました。
「ぎゃー! ゲオさん、ゲオさん。ちょっときてー」
「どうした! パジ」
「トイレに何かいる」
「あん? そりゃいるだろう、スライムが」
「スライムがいるの? トイレに? なんで?」
トイレの様式は西洋風でした。便座の蓋をあけると割りと深い穴(光が届かないくらいには深い)があって、うごうごしている様子が見える。
「うちは一軒家だろ。共同トイレとは違って地下室なんてないんだから、真下にスライムを飼うだろうが」
異世界の下水はスライムが担っていることがわかった。スライムも野生で暮らすより、家庭にいたほうが効率よく増殖できてお互いによい関係になっているらしい。汚物を食べてなぜか綺麗な水を吐き出す性質があって重宝されていた。
「噛まれない?」
パジは中を覗きながらも腰が引けている状態だ。
「噛まねぇよ。あんましトイレを使わねぇと飢えて飛び付くことがあるらしいがな」
「ううう、飛びつかれるの。あと、ちり紙がないよ」
「…ああ、しまったな。お前さんらは、明日まで生活魔法なしか。ちり紙はあるんだが。店がしまっちまってんな」
その後、終了時に目隠しをしたゲオさんが魔法をかけてくれました。
トイレの嫌な臭いがないのは素晴らしい。しかし、異世界の最初の洗礼が、これとはと、パジは珍しく落ち込んだ。ちなみにスライムの餌は残飯でもいいとのことで、落ち着いたら自炊をしなければならないと二人は誓い合った。
ゲオルクの家は西門や、にぎやかな商店街から離れた職人街にあった。職人街は、商店街とは異なり家と家が密着していない。火気を使用したり音がなったりすることが理由だ。2階建ての3LDK裏には井戸と庭もある。割りとすんなり使える住宅仕様に二人は安心していた。しかし、現代日本人には欠かせないあるものがなかった。家を案内してもらい、最後に期待して扉を開いたレナが愕然としていた。
「…この空間は一体何ですか?」
1階トイレの横には、土間のような小部屋があった。
木の扉をあけるとそこには、ただの土の床があるだけのがらんとした場所があった。隅には大きな盥と洗濯板がおいてある。
「ここは洗い場だ。武器とか防具にこびりついた魔物の血を洗うのに使う。魔物の血は浄化がいるから、この土は教会からもらってくるんだ」
じゃあ町にくるときのあの蛇の血はどうしたんだと詰め寄ると街道にはその教会の土が使われているとの豆知識を得ることができた。
「…確認したいのですが、風呂場は?」
「風呂場? この家にはないぜ。町中にもな。貴族はしらねぇが俺達は“クリン”があるからな。あー、確か北にいけば山間に湯治場があるから湯につかれるらしいがな」
「…」
レナはショックのあまり床に手をついている。異世界お決まりのコースだ。異世界=風呂なし。チートで作成するというのは、なぜなんだ。そして私たちにはチートなんてない。なぜ自分はOLなんてしていたんだ。土建屋さんや内装業になぜつかなかったんだと、うちひしがれている。
パジはもともと風呂好きではないため、我関せずの姿勢で居間で寛いでいる。
「大丈夫か? 心配すんな、俺は魔法はからっきしだが、3人分の“クリン”は使えるぜ」
ゲオルクは、しばらくそっとしておいて欲しいというレナを置いてパジと寝室に行くことにした。
「床で寝せるのはわりぃんだが、いいのか?」
「いい! ていうか、ありがとうゲオさん」
木の床には布団が二組並んでいた。まさに、フローリングに布団だった。
「お礼とかいらねぇ、ベットがなくてな」
心底申し訳なさそうに頭をかいている。
「部下、いや俺のダチが勝手にうちにくるんだが。そいつらが勝手に持ち込んだものだからよ。遠慮なく使ってくれ…ところでレナは大丈夫なのか?」
「いいの、いいの。ちょっとテンプレであれなだけだから」
「てん、てんぷ? あんだそりゃ」
「まあまあ、気にしない、気にしない。とにかくお休みゲオさん」
このようにして異世界1日目の幕が閉じたのだった。
「ちょっと勝手に終わらせないで。風呂にいれなさいよ!」
「…ZZZ」