1日目 その2
安里姉妹は驚いていた。西門にあった検問のような場所で足止めされなかったのだ。
西門までおよそ30分。到着した門の下で二人は先程までの詰んだ感じを思いだし、無意識に唾を飲み込んだ。
厳めしく立っていた憲兵ぽい人が、次々と日暮れ前に町に戻る人たちの腕にあるIDらしい何かを確認していく。次は私たちの番だというとき、その憲兵は笑顔になった。そして、どうぞと道を開けたのだ。
「えっと顔パスなの?」
ツムギは疑問を口にしていた。
「あ? まぁ、な」
「…助かった」
さらに余計な事まで口にした。
「事情はあとだな。ひとまず、これを何とかしたい」
大蛇がびろーんと延びている剣を左右にふってみせた。
「確かに早めに別れたいですね、それとは」
初めての場所で道がわかるわけもなく、レイナは男のやや後ろを歩いている。びろーんとなったブツがだんだん青い液を垂らさなくなってきた様子までしっかりと目に入っていたのだ。
三人がギルドに着いたのは町に入ってすぐだった。気持ち的には西門から2丁目くらいの位置だ。道は不揃いな大きさに切られた石畳で、通りに建ち並ぶのは石と木で作られた2~3階建てのイギリスのアパートのような形のものが多かった。1階はどこも店舗になっていて様々な店があった。パン屋、八百屋、薬屋、武器屋、宿屋、パブみたいな飲み屋があって、もう人が酒を飲んでいた。店から聞こえる呼び込みの声、香ばしい食べ物の匂い、雑多な人たちの歩く姿に活気があるとツムギは感じていた。不潔な印象はこの通りにはなかった。トイレの嫌な臭いもない。ヨーロッパ的町並みを見たときに感じた嫌な予感(排泄ブツが窓から降ってくるような)があったが、大丈夫な様子だと胸を撫で下ろした。
「ここがギルド西門支店だ。ズボンのお嬢ちゃん、わりぃがこのまま入るぞ」
男は蛇とツムギに視線を向けた。
「あまり目立ちたくないんですが」
「もう手遅れだろ」
ニヤリと男は笑う。
「仕方ありませんね」
レイナは諦め男の後に続いた。
ギルド西門支店は大小の二刀の剣がクロスした紋章のついた錆色の門構えだった。アンティークな分厚い門を開けると存外明るく清潔な印象だった。小さな紙が沢山貼られたボードが壁に並んでいて、ごつい感じの男性客や綺麗な身なりの女性、割合小さな子どもまでじっくり見て回っている。さらにはインテリアの観葉植物まで置いてあった。男はそれらを気にせずに奥にあるカウンターに向かった。
「ゲオルク! ついに人の子誘拐しちゃったの?」
金色の髪を肩口でまっすぐに切り揃えたひょろりと細い男性がカウンターから走ってきた。びっくりすることに耳がとがっている。
「ああん? クリス、てめえ。なんでそうなるんだ」
「だってさ、あのゲオルクが子どもだっこしてるから」
「とりあえずスパイクスネークの討伐完了手続きしてくれ」
「OK、座って待ってて~」
カウンターとボードが並んでいる場所から少し離れた窓際には丸いテーブルと椅子があり、ゆっくり休めるようだった。
「何か飲むか?」
ゲオルクと呼ばれた男はツムギを椅子に座らせてそう聞いてきた。
「金はいらねぇ」
そして、レイナが答える前に釘を指した。
「ゲオルクっていうんだねー?」
「あぁ、そうだ。お前さんらは?」
ツ ムギは笑顔で挨拶しようとした。
「あさっ、むぐっ」
「お姉さま、ちょっと黙っておいて下さい」
またしても頭の足りない姉が、余計な口を開く前にとめることに成功した。素性のわからない相手に本名を名乗ろうとなぜ思うかこのやろうが、レイナの心の声だ。
「私はレナ、こっちはパジです」
レイナは涼しく答える。
「家名は?」
貴族だと思っている相手は一瞬鋭い視線で咎めていた。
「アサート」
「…アサートね、わかった。レナ・アサート」
「レナで結構です」
「…パジって」
どこから出てきたと言おうとしたが白魚のような手に阻まれた。
「そんで、お前さんらはあそこで何をしてたんだ?」
ついに来ました。この質問。さて、どうやって答えようかなとレナは思った。