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次期宰相候補の思考

 アーデン・トンプソン嬢を婚姻届けにサインをしてもらうために自分の執務室に呼び出して、あっさりサインをしてもらって以来、わが妻となったトンプソン嬢に会っていない。

 結婚とはこういうものなのだろうか?周りに良いモデルがいないので、夫婦のことは全くわからない。

 生母は早くに亡くなり、記憶にもない。

 育ての親となった前モルガン公爵夫妻は本当に仲の良い夫婦だった。いつもどこに行くのも夫婦一緒だった。まさか、事故で天国まで一緒に逝ってしまうだなんて。

 自分を慈しみ育ててくれた夫妻が同時に亡くなったことは、まだ学生だったルーカス・モルガンには辛過ぎる出来事だった。


 今日は陛下を交えた会議だった。

 予定していた時間よりも早く終わり、談笑がはじまる和やかな雰囲気となった。


「そういえば、ルーカスは新婚だったな。アーデン嬢は元気にしておるか?」

 宰相や陛下の側近などがいる中で、陛下が何気なく聞いてきた。

「さあ、どうでしょう」

 陛下の質問にあっさり返答を返した。


 (そんなこと、私が知りたい)


「えっ?ルーカスは新婚だったの?いつ結婚したの?君、結婚休暇も取ってないよね?」

 上司である宰相が目を丸くして聞いてきた。

「はい。半年ほど前に結婚しましたが、結婚届を出しただけですので、誰もご存じではないかと」

「はあぁ?君は半年前に結婚していたの?誰と?」

 もうテーブルに座っている皆の驚きの視線が一斉に私に向けられる。


「アーデン嬢って、もしかして「独身女性最後の砦」のアーデン・トンプソン嬢?」

 独身の同僚が興奮したかのように大きな声で私に問いかけくる。

「「独身女性最後の砦」というのはなんでしょう?それは知らないですが、妻はアーデン・トンプソン嬢です」

「まじかよー。少し前から、トンプソン嬢をお見かけしないと思っていたが、ルーカスが原因だったのか!」

 何人かが「とうとう結婚してしまったんだ」と呟きながら、はぁとため息をつく。

「?」

 ルーカスには皆の反応の意味が全くわからない。

「ルーカスはその顔だろう。だから、黙っているだけで女性が寄ってくるから興味はなかったと思うけど、トンプソン嬢は「独身女性最後の砦」と言われるぐらい、人気があったんだよ」

 隣に座っていた他の同僚が声を抑えて、そっと教えてくれた。

「たぶんあいつらは、トンプソン嬢のファンだな」


 アーデン・トンプソン嬢が文官として王城で働いているときも、学園に在学していた頃も密かな人気があったのはよく知っている。

 在学中の頃は図書室で何度か話したこともある。それに彼女のことはその頃からずっと目で追いかけてるので良く知っている。

 自分を追いかけてくる節操のない令嬢とは違い、落ち着いている雰囲気は好感を持てた。


「ルーカスよ。なぜ、結婚式を挙げないんだ」

 陛下は私が隠し子であることを人々に隠していることを忘れているかのように、父親の顔で問い詰めてきた。


「彼女とはある方からの薦めで結婚を決めました。だから彼女には私への想いなどは一切ないはずなので、逆に結婚式を挙げるのは彼女を苦しめるし、失礼だと考えました。だから私は結婚式を挙げない選択をしました。彼女も結婚式を挙げないと私が告げると、少し微笑んでいましたよ」

「つ、告げたのか……ありえない。ありえない」

 同僚達が青白い顔をしながら呪文のように言葉を繰り返している。

 陛下に至っては、額に手を当てて黙り込んでしまった。

「ルーカス、女性にとって結婚式はとても大事なものなのだよ。政略結婚かなにか知らないが、ナシ婚だなんて、それは絶対やってはいけないことのひとつだ。一生、トンプソン嬢に恨まれるぞ」

 宰相も顔面が真っ白だ。

「それでトンプソン嬢はいまどこに?」

 息も絶え絶えな感じで質問してくる陛下は完全に父親の顔になっていた。

「いまは公爵領地にいます。みなさんもご存じだと思いますが、トンプソン嬢の実家のトンプソン侯爵家は何年も前に大洪水の被害に遭い、いまは領地や財政を再建中です。いままでトンプソン嬢の苦労をずっと見てきて知っているので、これからはトンプソン嬢の好きなことをして自由に生きてほしいと考え、自由にして良いと話したところ、別居を提案されましたので少し落ち込みましたが、それならトンプソン嬢を誰にも見せることなく領地に閉じ込めてしまえると考え直しましたので別居を了承しました」

「ずっと見てきた?少し落ち込んだのか?少し?閉じ込める?もはやどこから突っ込んで良いのやら…」

 陛下の言葉に一同が頷く。

「つまりだ。君はずっとトンプソン嬢を見てきたのか?いつからと問いただしたいがいまはそこではないな。特に話し合いもせず、自由にして良いと言って別居したんだな?」

「宰相、そのとおりです。トンプソン嬢には「私は君に対して束縛するつもりも関心を持つこともない」とも話しました。トンプソン嬢にしたら、人に薦められた結婚相手から束縛され関心を持たれるよりも、解放される方が良いに決まっているでしょう?」

 会議室は静まり返った。それも極寒の地よりも間違いなく部屋の温度は下がっている。氷点下だ。その場にいた者はみなガタガタと震えている。

「トンプソン嬢…な。妻の名前呼びもしていないだなんて。さすが「冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補」と言われるだけのことはあるな」

 宰相が力なく呟いた。一同は力なく頷いた。

 当のルーカスだけは、皆の反応がどうしてそうなるのかわからないと言った顔をしている。その表情は正に美しい彫像そのものだった。


「この朴念仁が…あ、違う。ルーカス、これは王命だ。いますぐに1か月の結婚休暇を取り、公爵領地に帰ることを命ずる」

 陛下が途方にくれた表情でルーカスに命令を下した。

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