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お飾り妻の手腕

「まずは街道の整備と街のシンボルである大聖堂の修復は絶対ね。それと子どもたちにはちゃんとした教育も必要ね。忙しくなるわ」

 屋敷に戻ったアーデンは執務机で何ページにも渡る計画書・予算収支書等を練り上げていく。

 何日も何日も遅くまで執務室に籠る日々が続いた。

 その間に屋敷の外壁も屋根も修理されて、綺麗になったことも全く気付いていない。


 

 「司祭様、本日はお時間をいただきありがとうございます。お初お目にかかります、アーデン・モルガンでございます。以後、お見知りおきください」

 アーデンは通された客間で、街の大聖堂の司祭に挨拶をする。

「これはこれは、新しい領主夫人様ですね。私はここで司祭を務めるオーウェンです。何卒よろしくお願い申し上げます」

 恭しくお辞儀をするオーウェン司祭はとても司祭という立場にしては、若い男性だった。アーデンよりは年上だが、きっと30歳ぐらいだろうか。

 一見、大人しそうに見えるが、眼鏡の奥の瞳はこちらを警戒している。

「領主夫人、私は1年前にここで司祭をしていた祖父が亡くなりましたので跡を継いだのですよ」

「そうだったんですね」

 アーデンの心を見透かしたかのような説明に、アーデンはぎこちなく微笑みながら、落ち着こうと出されたお茶を手に取り、一口飲んだ。

「今日のお話というのは?」

 アーデンは早速、書き上げてきた「領地改革」の資料でオーウェン司祭に大聖堂の修復の提案と、その費用の捻出について説明をはじめた。


「なるほど。領主様が大聖堂の修復の費用を6割負担してくださると。そのかわり条件として、私達が子どもたちのための学校運営に関わるということですね。その学び舎は領主夫人が個人で費用を負担してくださると言うことですね」

 アーデンは大きく頷いた。

「決して大聖堂の皆様にも司祭様にも悪い話ではないわ。学校運営が上手くいけば定期的に収入も入るし、教育で生活水準も上がると街が活性化するわ。寄付金も今よりももっと集まるかもしれませんよ」

 つい力説してしまったアーデンを見て、オーウェン司祭は大きな声で笑い出した。

「貴女って人は面白いひとですね。まるで領主夫人らしくない。そんな貴女の話に乗ってみたくなりました。ぜひ、一緒にさせてください」

「ありがとうございます!」

 ふたりは学校創立で意気投合し、固く握手を交わした。


「ところで、「領地改革」とやらは大聖堂の修復と街道整備、学校設置だけでないでしょう?まだほかに領主夫人が行かれていないところがあるのでは?」

 たぶんこのオーウェン司祭はアーデンが困っていることをわかって聞いてきている。

「貴方も随分と意地悪な人ですね。私が頭を悩ませているのをわかっていてその質問をするのですから」

 オーウェン司祭は悪そうな顔をしながら、微笑む。

「騎士団でしょう。あそこは気難しいですからね。もし、よかったら知り合いがいますので口利きぐらいはしますよ。今回のお話の提案のお礼を貴女にしておきたいですからね」

「私に借りは作りたくないということね。でもそうしてもらえると助かるわ。旦那様を頼る訳にはいかないから、困っていたのよ」

「えっ?モルガン公爵様を頼れない?」

 しまった!と心の中で冷や汗をかきながらアーデンは静かに微笑んだ。

 (お飾り妻です。とは言えないわ…)

 無言の微笑みでオーウェン司祭は察してくれたようで、「ああ…」と言ったそのあとは話題を変えてくれた。


 この公爵領の一番の問題点といっても過言ではない。

 領地や領民を守る騎士団が、人手不足と安賃金で士気が低下し、なんともやる気のない集団になっていたのだ。

 オーウェン司祭の知り合いは騎士団長だった。会う日時の約束を取り付けて、オーウェン司祭も立ち会ってくれることとなった。

 アーデンは騎士団にある提案を用意していた。


「公爵夫人がこんなむさくるしい騎士団にようこそ。俺は騎士団長のダンだ。いまごろ領主夫人のお出ましか」

 体躯が良く、よく日焼けしてその男は騎士団長だと名乗った。見るからに強そうな中年オヤジだ。

「おいダン、領主夫人になんて挨拶をするんだ」

「これがここでは普通なんだ。悪いか?」

 荒っぽい口調でダン騎士団長はニヤッと笑った。きっとアーデンを追い返そうとわざとらしくそんな態度を取ったようだ。

 こんなことで怯んでしまうアーデンではない。

「それで大丈夫ですよ」

 負けじとニヤッと笑ってみせた。

 騎士団の建物は掃除が行き届いておらず、部屋の隅にはほこりや積み上げてある荷物が目につく。

 明らかに人も少なく、すれ違う団員も疲れ切っているようだ。いままで人手も資金もギリギリのところでやり繰りしてきたんだろう。

 アーデンはいままでの騎士団の苦労を想像し、この状態を放置していたことを領主夫人として申し訳なく思った。


「用件はなんだ。金もひともないぞ。見てわかったなら帰れ」

 ダン騎士団長の瞳からは明らかに怒気が見て取れる。

「いままでの騎士団のご苦労に気づけず、領主に代わりお詫び申し上げます。私がこの公爵領地に来たからにはいままでのような苦労はさせないとお約束いたします」

 アーデンはそう言うと、持ってきた資料を広げた。


「騎士団のみなさまには、これからの給金は増額することをお約束します。そして、もちろん増員もしていきましょう。騎士団の収入源についてはもちろん領主であるモルガン家からも増額出資しますが、戦争がない平和な時代ですので、これからは「稼げる騎士団」を目指していきましょう」

 ダン騎士団長にジロリと睨まれ冷や汗が背中を流れるが、アーデンは誤解はさせまいと言葉を続ける。

「先に申し上げておきますが、これ以上に働けと言っているのではありません。訓練をしながらも稼ぐ方法を考えてきました」

 隣に座っていたオーウェン司祭が「ほぅ」と声をあげ、またダン騎士団長も前のめりになった。


 そして、アーデンは騎士団のテコ入れと説得に成功したのだった。



 それからは領都エルガイムをはじめ、アーデンは領地を隅々まで訪れ、見て回った。

 気づけばアーデンを中心に領地を支える様々な人々が集まりだし、みんなで新しい取り組みを進めていくことになった。





「……奥様、奥様」

 侍女長のステラに名前を呼ばれて、目が覚める。

「ごめんなさい。ソファで寝てしまっていたのね」

 もうすっかり陽は落ちて夜になっていた。ステラが毛布を掛けてくれていたようだった。

「ここに来られてから半年ですね。ずっとお忙しい状況ですから無理もありませんわ。でも領都エルガイムをはじめいろいろなところが活気づいてきましたね。このお屋敷も」

 ステラは、綺麗に修復できたテーブルを愛おしそうにひと撫でした。


 そう、旦那様であるルーカス・モルガンに「私は君に対して束縛するつもりも関心を持つこともない」「自由にしてもらってかまわない」と言われてから、ずっと自由にしてきた。

 たぶん旦那様は宣言通り、アーデンの行動に何の関心も持っていないだろうから、領地改革についても気づいていないだろう。


「それよりも先ほど旦那様から連絡があり、3日後についにこのお屋敷に帰って来られるそうです」

 うれしそうに報告するステラ侍女長の声が聞こえなくなるぐらい、アーデンには衝撃的だった。


「どうして旦那様が帰ってくるのですかーーーぁあ」

 はしゃぐステラ侍女長の横でお飾り妻であると自負しているアーデンは頭を抱えるのだった。

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