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お飾り妻の提案

 春の街道を窓を開けた馬車に揺られて走るのは大変気持ち良い。

 心地よい風と、花や草の青臭い香りが僅かながら、ふわぁと漂っており、春を感じずにはいられない。

 沿道に茂る木々は芽吹いてきており、これからの新緑の季節が楽しみだ。

 そんな季節とは裏腹にアーデンの心はあの氷のような次期宰相候補ルーカス•モルガンの冷気に当てられたからなのだろうか、ブリザードが吹き荒れており真冬のままだ。


 あの衝撃的な陛下の告白と提案と、わが夫となったルーカス・モルガンの話し合い無き強制で、公爵夫人となったアーデンは文官を辞し、いまはモルガン公爵家領地にひとり向かう馬車の中にいた。

「「亭主は元気で留守が良い」なんてこのことよね。顔は好みだけど、一緒にいてあの冷酷さに耐えられるのかと問われると別問題。別居できてよかったわ」

 春の光が眩しい窓の外をのんびり眺めながら、アーデンは自分に言い聞かせるようにぼそっと呟く。


 実家の借金返済のためにとうに諦めていた結婚が、借金の棒引きという夢のような提案で、結婚も出来たのだから、多くを望んではいけないこともお飾り妻であることも頭ではわかっている。

 それでも、少しはルーカスと歩み寄れると期待していた。

 それに、陛下はモルガン公爵家が続くことを切望されていての今回の提案だけに、跡継ぎを作ることは絶対だ。

 でもルーカスに最初から「関心を持つことはない」と言われ、これから先、アーデンがどんなにルーカスに関わろうが関心を持たれないと思うと虚しくなった。

 子作りだけでも励まなければ、これでは莫大な借金を棒引きしてくださった陛下に申し訳が立たない。

 

 「落ち込むなアーデン!公爵領地で自由に生きよう!子作りのこともこれからのこともあとで考えたら大丈夫!」

 自分で自分を励ますように広い馬車の隅で自分を温めるように抱きしめた。


☆☆☆


 「奥様、お待ちしておりました」

 出迎えてくれたのは、彼が信頼できる執事と言っていた執事のロッド、侍女長のステラ、料理人ニック、御者兼庭師ゴードンの年老いた4人だけだった。

 見上げた屋敷は大きい。確かに大きいのだけど、屋根や外壁の痛みが良く目立つ。さながら幽霊屋敷?

 実家の貧乏侯爵家に負けず劣らずのボロボロ屋敷だ。

(貴族の屋敷ってこの状態がスタンダードなのかしら?)

 アーデンは首をかしげた。


 広大な庭はある程度は管理されているのだが、広大過ぎて庭師ひとりでは手に負えないのだろう。割と自由に草木が生い茂っていた。

 屋敷の中もひと昔前の時代前にタイムスリップしたかのような家具とカーテンたち。カーテンはよく日焼けして黄ばみ、布地も触れればパラパラと糸が崩壊していく。

(ひっ!これ以上触るとカーテンが落ちてきそうね)

 床は軋み、歩くとキュキュと音を立てる。


(ルーカス様は管理をせずにいままでなにをしていたのだろうか?)


「びっくりされたでしょう。申し訳ございません」

 アーデンが驚いていることを察した執事のロッドが申し訳なさそうに横で謝罪をしてくる。

「いえ、ロッドさんが謝罪されることではないですよ。ルーカス様が本来なら、しっかりと管理をするものです」

 触れればポロポロと落ちるカーテンの布地に触れながらアーデンはやっぱり首を傾げる。

「奥様、ルーカス様は王都で次期宰相候補として王都でお仕事に邁進しておられるので、忙しくてなかなか領地に帰って来れる機会が今までありませんでした。屋敷がこの状態であることもご存じありません」

「旦那様は何年も帰ってないの?」

 年老いた4人は同時に顔を合わせ頷き、代表するように執事のロッドが口を開いた。


「前公爵ご夫妻がお亡くなりになってから、ルーカス様は一度もお戻りになっていません」

 (なるほど。そういうことか)


「では、これからわたしと一緒に屋敷と庭を綺麗にしましょう。旦那様が領地に戻りたくなるようにしましょうよ」

 アーデンは口角を上げて、心の中では屋敷のみなさまに謝罪しつつ、楽しげに見えるように微笑んだ。

 (たぶん、永遠にそんな日は来ないと思うけど、みなさまごめんなさい)

 


 まずはカーテンから着手して、新しいカーテンに一新した。ちょうどアーデンの手元には退職金があったので、自分のお金で手配できた。

 古くなった家具やキュキュと鳴っていた床は、自ら修復する。

 汚れを落とし乾燥させて、傷を埋めて、ガタ付きを解消させる。そして、蜜蝋などの天然塗装で磨きあげると、家具も床も失っていた光を取り戻していく。

「奥様、道具の扱い等かなり手際が良いですがどこで学ばれたのですか?」

 手伝ってくれている御者兼庭師のゴードンが不思議そうに聞いてくる。

「実家が貧乏なので、このようにいつも修復していたんですよ」

 ドヤ顔をゴードンにして見せると年老いたゴードンはフォフォと笑った。

 この公爵領地に来てから2週間ほど時間が経つが、毎日が充実していてとても楽しい。

 みんな、「奥様」と呼んでくれて、まるで娘のように大事にしてくれる。

 この後は、ゴードンと庭の木の剪定を行う予定だ。


 最近執事のロッドには、帳簿等の実務を教わっている。

 今までひとりでこの屋敷と領地を管理してきたロッドは旦那様が信頼できると言っていたとおり、誠実な人物のようだ。

 不要な出費は一切なく、一点の曇りもない。

 前領主亡き後は質実剛健を貫き、領地に寄りつかないルーカスがいつ戻って来ても良いようにしっかり管理をし、守っていた。

 侍女長のステラ、料理人ニックも同様で真面目な仕事ぶりだ。

 この4人で屋敷も領地もルーカスの帰りを待ち侘びながら、必死で守っていたのだろう。


 1か月程すると、屋敷と庭は見違えるほど綺麗になった。

 アーデンが屋根と外壁修理も自分でしようとすると、さすがに4人に全力で止められたので、建築職人に仕事の依頼を自ら行くことにした。

 この公爵領に来て初めて領都エルガイムに行くことになる。

 

 初めて領都エルガイムを訪れたアーデンが目にしたものは、ボロボロの大聖堂や街道だった。

 もちろん、こどもの教育などは充実している訳がない。

 街を警備する騎士団も常に人手不足で士気も低く、治安も良いとは言えない状況だった。

 いままでロッドが管理していてくれたようだが、投資などお金が動くものについてはロッドに権限がなく、必要最低限を使うのみに留めていたようだ。

 

 アーデンはこの惨状を目の当たりにして、文官だった血が騒いでくる。

 (旦那様はわたしの自由にして良いと話していたわよね)


 アーデンは領地の立て直しを決意した。


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