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次期宰相候補の提案

 陛下の提案を受けてから、翌日には結婚の話が進むこととなった。


 ルーカス・モルガンは陛下の実弟公爵夫妻が何年前かに事故でお亡くなりになっているので、若くして公爵家を継いで現在は当主だ。

 厳しい仕事人間であり、冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補として有名であり、仕事では無表情で理路整然と追求されるため、人知れず泣いた文官は数知れずだ。


 アーデンは彼と学園で同級生だったことはよく覚えていた。

 彼を図書室でよく見かけたからだ。

 彫像のように美しく身分も高い彼は学園で大人気だった。女生徒に囲まれていることもしばしば見かけたが、アーデンは他の女生徒に絡まれるのが面倒なため、それを遠巻きに見ているだけだった。

 ルーカス・モルガンは女生徒に追いかけ回されるのが苦痛だったのか、図書室によく逃げ込んでいた。ここなら会話も必要最低限しか許されないし騒げないからだ。さすがにここまで追ってくる女生徒はいなかった。

 何度か、図書室で季節の話と本の話を彼と会話をしたことがあったので、自分のことを覚えてくれているかも知れない、もしかすれば結婚生活は上手くいかもしれないという淡い期待があった。


 しかし、その淡い期待はすぐに打ち砕かれることとなった。

 あのルーカス・モルガンの執務室に呼び出しされたのだ。


「トンプソン嬢、昨日、陛下にお会いしたそうだな。私との結婚について了承していただいたと聞いた」

 久しぶりに見た彼はやはり彫像のように美しかった。

「はい、昨日陛下とお会いしまして、モルガン様との結婚のお話をいただき、進めていただきますようにお願いをしました」

 無表情で金縁の眼鏡を外しながらアーデンの話を聞くと、ルーカス・モルガンはようやくアーデンの方を見た。

 向き合ったルーカス・モルガンを改めて見ると、やはり陛下に似ている。

 金髪はほぼ陛下と一緒だ。

 (学園にいた頃から綺麗な方だったけど、大人になって凄みが増した分、より磨きがかかった感じね。見た目は好みなのだけど、この方の隣にこれから立つと思うと自分のみすぼらしい容姿と釣り合わないわ)

 

 アーデンは無造作にひとつに束ねた自分の茶色っぽい髪を触り、これからルーカス・モルガンの隣の立つ自分を想像して、アーデンは少し小さくため息をついた。

 

 ルーカス・モルガンがコホンとひとつ咳払いをして現実に引き戻される。

「同じ文官としてトンプソン嬢はご存じだと思うが、私は仕事が忙しい」

「存じております」


「だから、私たちの結婚式は行わない」


「えっ?あっ、いえ、はい。行わない。承知しました」

(「行わない」と確かに言ったわよね。少し寂しいけどよかった。結婚式をしなくて済むなら、うちは無駄な出費が抑えられて助かるわ)


 アーデンは結婚式を挙げないと言われ、内心安堵し、緊張が少し緩み口元が少し緩んだ。

 

 しかしふたりの間には沈黙がつづき、ルーカス・モルガンはじっと無表情でアーデンを見つめたままだ。

 「きみは…」

 モルガン公爵はなにかを言いかけて言い淀み、スッと顔を逸らした。


「これは婚姻届けだ。いまここでサインをしてほしい」

「承知しました。それこそご存じだと思いますが、我がトンプソン家は貧乏で結婚式費用を工面するのも大変な状況ですので、結婚式をしないという決断をしていただき大変助かります。お気遣いいただきありがとうございます」

「…………貴女が、貴女がそれで良いのなら、それでいい」


 冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補として有名だけあって、結婚式をしないだなんて普通のご令嬢なら卒倒しそうな提案も、なにごともないように無表情で言えるのね。


「それと、初夜も行わない」

「はい?」

 息をするように、なにかとんでもない発言をルーカス・モルガンはまたした。

 

「私は君に対して束縛するつもりも関心を持つこともない」


「はい?」

「それとトンプソン嬢は当然、文官の慣例を知っているよな?文官同士で結婚をした場合は、どちらかが辞めなければならないが、当然だが私の方が出世しているので君の方に辞めてもらう。だからこれからは公爵家夫人として自由にしてもらって構わない」

「…………」


 (えっーーーーと。)

 きっかけは王命だと言え、これからお互いを知っていければ愛し愛される仲までになれずとも、友愛のような関係でも築いていければと思っていたアーデンは、ルーカスからの突然の様々な提案に理解が追い付かない。


 (束縛するつもりも関心を持つこともない?つまり、私と仲を深めるつもりもないということね)

 アーデンは結婚生活に淡い期待があったが見事に打ち砕かれ、明らかに落胆した。

 

「承知しました。ところで、旦那様にお尋ねします。私が文官を辞してまで公爵家夫人となるのですから、どんな役目をお求めでしょうか?」

 落胆から湧いてくる怒りを堪えながら、なんとか冷静に努め、感情的にならないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「私との結婚でトンプソン侯爵家が国にしている借金が無くなると聞いている。だから、これからはトンプソン嬢は借金のために働く必要も無くなる。先ほども言ったが貴女は公爵家夫人としていてくれるだけで良い。自由にしてもらって良い。好きな物を買おうが、食べようが屋敷で貴女が何不自由なく暮らしてくれたらそれで良い。私は束縛などしない。ただ醜聞は避けたいので男を作ることは控えてほしい」

(ははーん。つまりは陛下に無理矢理に押し付けられた私はお飾り妻ということね)


「旦那様、よーくわかりました。いま公爵家の領地の管理はどなたがなさっているのですか?」

「領地の信頼できる執事に任せてある」

(好都合だわ。しばらくそちらで自由にさせていただこう。いまは冷静にこの人の顔を見られる気がしない)

「なるほど。では旦那様。夫婦生活も必要ないとのことですので別居いたしましょう。旦那様はこのまま王都で次期宰相候補として文官のお仕事に励まれてください。私は公爵家領地を管理しながら公爵夫人として自由に暮らさせていただきます」


「別居だと…」

「陛下は私達に子が出来ることをお望みです。いずれ子作りのことは相談させてください」

「こ、子作り…」

 なにか都合が悪いのだろう。

 ルーカス・モルガンは恐ろしい冷気を放って美しい彫像のように固まってしまった。

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