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生まれてからずっと人の識別ができなかった。
人はみんな靄みたいなものに全身を包まれていて、特に顔の部分が色濃く、特別に変わった色の人でもなければ誰が誰なのか判断は声を聞くまでできない。まぁ、声を聞いても分からない事も多いのだけれど。
生まれたての赤ん坊は白く死期の近い人は黒く、ベージュやグレーといった色の人が大多数で、ずっとそれが普通だと思っていた。
だから幼稚園小学校中学校と大勢の中に混じるのは苦痛でしかく、自分から誰かに話しかけることもできず、たまに話しかけられてもそこに好意の欠片もなく、聞こえてくる声は自分を蔑むノイズばかり。だからいつしかすべてが面倒になり、人が居る場所では俯いて歩くのが癖になっていた。
そんな風だから当然いじめや嫌がらせもあった。教師には何かの障害を疑われ、自閉症と勝手に診断し特別扱いする人も居た。
しかしそれら全部を無視し、圧倒的な学力の差を見せつけると直接何かをしてくる人は居なくなった。
別に友達が居なくても人の話し声は耳に入るのでいくらでも色んな情報は拾えたし、本を読めばそこには色んな世界が広がり、また知識の宝庫でもあったので別に困ることはなかった。
それに家族だけは声を聞かなくても誰かの判別はできた。だから自分にとって家族は心安らげ、思う存分好きな話ができる唯一の大事な存在で、家族が居てくれるから別に何の問題も無かった。
そう昨日までは…。
突然の交通事故。高スピードで赤信号を無視して交差点を突っ切ろうとした車と衝突し、祖父と祖母が揃ってあっけなく亡くなった。
祖父と祖母が唯一の家族だった。
母は出産の時に亡くなり、それにショックを受けた父に捨てられたらしい。祖父も祖母も話してくれたことはないが、噂話で聞いている。
知らせを聞いても俄に信じることができず、霊安室で対面した時に初めて祖父と祖母の顔を見た。
しかし傷だらけで青黒く腫れた顔からは普段の二人の表情など想像もできず、事実を上手く受け止めることもできず、他人事のようにただ呆然と二人の傍に立ち尽くすことしかできなかった。
「悲しくないのかしらね」
「泣きもしないなんて薄情よね」
「あの子感情がないらしいから仕方ないんじゃない」
通夜の席で親族だか知人だか知らない大人達の口さがない囁きに、自分は本当に悲しくはないのか、本当に感情が無いのか、これが薄情ってことなのかと自問自答していた。
「あの子これからどうする?」
「うちは引き取れないわよ」
「うちだって無理よ」
「でもほら、大層な保険金が入るらしいわよ」
「でもそれはあの子には関係ないわよね。遺産なんだから私達が貰えるはずよ」
そんな会話を聞いていたくなくて、みんなには気付かれないようにそっと家の外に出た。
粉雪が舞う田舎の、街灯も少ない路地を少し歩き、そこだけが別空間のように煌々とした提灯の明かりが点る我が家を振り返ると、何故か突然激しい頭痛に襲われた。
頭の中で走馬灯が回るように、もしくはスライドプロジェクターが画像を投影するように、一人の女性の人生らしき画像が次々と自分の中に映し出され、その記憶や思いも一緒に流れ込んで来る。
「ぁぁっ、うっ、ぅぅ…」
あまりの苦しさに思わず呻き声を上げ蹲り頭を抱える。と、同時にその記憶が自分の前世の記憶だと何故か自然と納得できた。まるで魂が理解していたかのように。
「じいちゃん、ばあちゃん…」
痛みが治まりそう口にすると、堰を切ったように後から後から涙が溢れ出す。
自分はずっと寂しかったのだ。誰かに認めて欲しかったのだ。前世を思い出したことで自分の心の奥底を客観的に覗き気付かされた。
しかしそれは祖父と祖母によって既に満たされていた。
自分はずっと祖父と祖母のお陰で幸せだったのだと再確認できたが、しかしまた別にこれからはもっと強く生きなくてはと思う。
今までずっと傍にいてくれた祖父も祖母ももう居ない。これから自分を守れるのは自分だけなのだ。
他人からもたらされる理不尽にはちゃんと抗い、自分で自分の人生を掴み取れるような強さを身に着けなくてはいけない。
そう決意し立ち上がると、突然足下に光を帯びた何かの模様が浮かび上がる。
「魔方陣…?」
それはどこかで見たことがあるような不思議な文様が描かれた円形の、アニメや漫画で見たまんまの魔方陣そのものが広がっていた。
咄嗟の反応が遅れ、あっという間に魔方陣の眩しい光に包まれ軽い目眩を感じていた。




