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「ええい、忌々しい! 異世界人の分際で我を愚弄するとは!!」
王が私室に戻り激しい憤りをぶつけるように床を踏みならした時だった。何か見えない強力な力が王の左手の小指をジワジワと切り裂き始めた。
スパッと切り落とすのではなく糸鋸でも引いているかのようにゆっくりと少しずつ指の根元を切り裂いている。
隷属魔法による血の契約が発動したのだったが、王がそれを理解したかどうかは分からない。
王には誰かを見下し嘲ったつもりはまったくなかったが、隷属魔法の血の契約がしっかりと発動された瞬間だった。
「あがっ、あぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁ、痛い痛い痛い、いだだだだぁぁ、やめろ、やめろぉ、やめてくれぇぇぇ」
突然もんどり打って指を押さえ床を転げ回る王に、部屋に居た護衛騎士と侍女はいったい何事が起こったのか咄嗟に理解できずにただ呆然としてしまう。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
「どういたしました」
王の出血に気付き漸く我に返った護衛騎士と侍女が駆け寄るが、王は暴れるばかりで手が着けられない。
「早急に治癒師を」
「かしこまりました」
護衛騎士の指示に侍女は慌てて部屋を飛び出しドアの外に控える護衛騎士に申しつける。
たっぷりの時間をかけて漸く王の指が切り落とされるのと同じ頃、治癒師が部屋へと到着し急ぎその傷を癒やしていく。
勿論この治癒師はこの国で最高レベルの王城専属の治癒師ではあるが、欠損を治すほどの力はなく、ただ出血を止め傷を塞ぎ取り敢えず痛みを取り除いただけだった。
だけとは言うが、何しろ傷を治しても痛みまですっかり消えるのには時間が掛かるので、瞬時に痛みを取り除けるというのがもっとも重要で、それができるのがこの治癒師の凄いところでもあり王のお気に入りの理由でもあった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
いまだ肩で息をする王に左手の小指を拾い上げた治癒師が尋ねる。
「これはいったい何事ですか?」
状況を見るだけでは王が自ら指を切り落としたともとれる。そんな訳は無いと思いながらも何故そんなことをと治癒師は考えていた。
「我があんな異世界人ごときに隷属させられるなどあってなるものか!」
忌々しげに叫び声を上げた時だった。今度は右手の小指が切り裂かれ始める。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁぁ」
まったく懲りない王である。治癒師は何かを察したのか慌てて治療を始める。が、治しても治しても傷が癒えたと同時に切り裂きが始まり、まるでコントのような阿鼻驚嘆。さすがに治癒師は察して治療をやめるが、王はどうにかしろとわめきまくる。
「もしかして血の契約でございますか? いったいどんな契約をなさったのです。私には傷の治療はできても契約の解除破棄など無理にございます」
血の契約を解除破棄できる者も居るとは言われているが、余程の聖魔法の使い手でも無ければ無理だった。
勿論そんな者などこの国には居ない。何しろ召喚者に面倒ごとを押しつけ自己研鑽に励む者など少なかったのもあるし、平民に魔法を覚えさせることをしなかったからだ。
なにしろ魔法は王侯貴族の特権にしておかなければならない。そうでなければ平民が反乱を起こす危険があるからだ。
それにそもそも治癒師は病気に関しては原因の特定ができないため、擦り傷や切り傷と言った怪我の治療しかできない。この世界は魔法が発達して居る分医療がまったく進歩していないのがその原因で、病気に関しては薬師のつくる薬の方が治療師の治療より効果があった。
そしてこの世界ではポーションは飲む物ではなく傷口にかけて使用するのが一般的で、たとえ飲んだとしても低級ポーションでは胃が元気になる程度の効果しか無く、病気まで治せるポーションが存在しているとはまったく考えられていない。
実は欠損まで治す最高級ポーションならば飲めば病気の完治も可能なのが、何しろ超貴重でお高いポーションなのでそれを試す者など誰一人としていなかった。
「治癒師はここだと聞いて来た!」
王の私室だというのにノックもなしに乱暴にドアを開ける者が居た。入り口に居た護衛騎士が止めないところを見るとかなり高貴な身分の者なのだろう。
「なんじゃ。ここがどこかわきまえよ」
「オ、オールガン様の指が…。至急治療をお願いいたしたく、はぁ、はぁ」
余程慌てているのか治癒師の言葉も耳に入らず、ここがどこかの理解もできていないようだった。
「なんと、オールガン様までだと…」
こうしてこの日城の治癒師の忙しさはしばらく続くことになるのだった。




