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期限付きの才能

作者: 泉蛹
掲載日:2026/03/04

"才能"があるかどうかは、いつも誰かに決められてきた。

数字や、言葉や、評価というカタチで。


もし何かの"才能"を持っているとして、それに期限があると言われたら、人はどうするのだろう。

これは才能の話であって、才能の話ではない。

書くことをやめられなかった人間の、三十日の記録だ。

僕はこれから才能がなくなるらしい。

しかも、あと三十日で。

そう告げる通知が今朝、スマートフォンに届いた。


『——あなたの"才能"は、残り30日で失効します。』


冗談か、悪質な広告か、どちらかだろう。

何言ってんだ、と呟きながら視線を移す。

画面の光は、やけに白かった。 


指が通知を閉じるより先に、奇妙な違和感が身体を走った。


白い画面は、いつからこんなに冷たかっただろう。

以前は、そこに何かを書き込むたび微かに心が脈打つような感覚があった。

言葉が生まれる瞬間、胸の奥で小さな火花が散っていた。


今は、ただ白い。

カーソルだけが、規則正しく点滅している。

点滅のリズムが、自分の呼吸より正確なのが、少しだけ癪だった。


世界が、ほんの少しだけ遠い。まるで境界線が曖昧になったような。

窓の外の空は曇っていないのに、青が薄い。

机の木目は、どこか粉をかぶったように淡い。

そこに飾っていた絵画の色はあんなだっただろうか。


疲れてるのだと思い目を擦ったが、視界は変わらない。

気のせいだと判断するまでに数秒かかった。

その数秒が、妙に長かった。


残り二十九日。


翌日、色はさらに抜けた。

気のせいではないと認めた瞬間、胸の奥で何かが軋んだと同時に考え始める。


"才能"


その言葉を、これまで何度聞いただろう。


初めて短編が賞を取ったとき。

講評に「光るものがある」と書かれていたとき。

SNSで思いがけず反応が跳ねたとき。


そのたびに、胸の奥に灯った光があった。

自分は“持っている側”なのだと、信じられる光。


それが失効する?


失効という言葉は、あまりにも冷酷だった。

契約のようで、免許のようで、期限が来て更新しなければ当然に取り上げられる。


——そうだ、更新だ。失効するなら更新すればいいじゃないか。

更新...書けばまた更新されるんじゃないだろうか。


キーボードに触れる。

文章は出る。

だが、以前のような跳ねる感覚がない。

以前と変わらずはプロットは浮かぶ。

けれど平凡だ。書いていてしっくりこず、続かない。

構造は整う。

けれど、心が動かない。


自分の文章を読んで、ときめかない。

面白くない。

そう感じてしまうのが何より恐ろしかった。


残り二十五日。


世界から色は確実に抜けている。

鏡に映る自分の顔色も、どこか薄い。

体調は普通なのに、熱が無い。


"才能"とは何だったのか。


数々の世界観を思いつくひらめきか。

書く速度か。

他者に選ばれる確率か。

それとも、ただの錯覚か。


『——あなたは”才能”に依存しています。』


再び通知が来たのは、作業をしていた深夜だった。

暗い部屋で、相も変わらず画面だけが白い。


「依存?」


思わず声に出す。

依存していたのは、光のほうかもしれない。

選ばれた記憶。

褒められた日。

選考から外れた瞬間。


それらが、自分の背骨を作っていた。


もしそれがなかったら?

ただの人間だったら?

ただの、書きたいだけの人間だったら?


残り二十日。


文章はますます平坦になる。

技巧はある。

整合性もある。

だが、光がない。

その事実に焦燥感を覚えると同時に、胸が冷える。


自分は光そのものでわけではなく、光に照らされていただけだったのではないか。


残り十五日。


机に突っ伏したまま、動けない夜が増えた。

書けているのに、何ひとつ面白くない。


才能がなくなったら、自分は何者になる?

肩書きのない存在。

特別ではない存在。

そんなの引退したのと同じじゃないか。

それでも書くのか?書けるのか?

問いだけが頭に残り、じわじわと心に滲む。


才能があると思っていたから、他人と並んでいても平気だった。

負けても、「まだ伸びる」と思えた。

選ばれなくても、「いずれ」と思えた。


それは、未来に担保があるからこそ持てていた感覚だった。

けれど担保が切れたら?

ただの凡庸な人間になるのは間違いないだろう。


もしかして。

自分は「書きたいから書いている」と言いながら、誰よりも“特別であること”を求めていたのではないか。


褒められたかった。


羨ましがられたかった。


認められたかった。


"書くこと"が好きなのではなく、"書ける自分"が好きだっただけなのではないか。


喉の奥がひりつく。

目を逸らしたい思考ほど、粘着質にまとわりつく。

「違う」という言葉が出てこなかった。


残り十二日。


過去作を読み返す。


そこには確かに熱がある。

だが同時に、「見せるため」の匂いもする。


うまく見せたい。

賢く見せたい。

才能があると証明したい。

売れたい。

文章の端々に、その焦りが透けている。


これが自分か。


気づいた瞬間、胸の奥で何かが崩れた。

才能が消えるのが怖いのではない。

才能がなかったと証明されるのが怖い。


もし最初から光などなく、ただ運が良かっただけなら?


もし「伸びる」と言われたのが、世辞や期待値込みの言葉だったら?


自分はそれを盲目的に信じ、何年も歩いてきたことになる。


残り十日。


色はほとんど失われた。

世界が灰色になるにつれて、自分の内部も静かになっていく。

熱が下がる。

焦りが薄れる。

その代わりに、どうしようもないほど深い自己嫌悪に襲われる。


才能を失うのが怖いと言いながら、本当は凡庸である自分を直視するのが怖いだけだった。

「書きたいから書いている」と言い切った夜を思い出す。

あれは半分本当で、半分嘘だ。


「書きたい。」


でもそれ以上に、書ける人間でありたかった。

画面を見つめたまま、保存せずにウィンドウを閉じた。

「もういい」

それが本音だった。

誰もいない部屋で、その言葉だけが酷く響いた。


残り七日。


キーボードに触れる手が止まる。

灰色になったカーテンが揺れる。

もし本当に”才能”がなくなったとしたら。


それでも書くのか?

誰にも届かなくても。

誰にも評価されなくても。

ただの灰色の世界で、誰にも必要とされない無意味な言葉を打ち続けるのか。

問いの答えは、徐々に逃げ場を失っていく。


書きたいのか。

それとも、書ける人間でいたいだけなのか。

違いは、残酷なほど明確だった。

書ける人間でいたいなら、才能がなくなれば終わりだ。

証明が消えれば、自分は立っていられないだろう。


けれど。


書きたいだけなら。

証明は、最初から必要なかったのではないか。

その瞬間、胸の奥で何かがほどけた。


残り五日。


色はほとんど消えている。

世界は平坦で、感情も薄い。

高揚はない。

特別感もない。

ただ、静かな衝動だけが残っている。

試すように、一文打つ。

以前のようなひらめきはない。

跳ねる感覚もない。

熱も無い。

それでも、その一文は確かに自分の重さを持っていた。


削られて、削られて、削られた末に、最後まで残ったもの。

それが、これなのだと気づく。


残り一日。


午前零時が近づく。

世界は完全に無彩色。

心も、妙に静かだった。

スマートフォンが震える。


『——あなたの才能は失効しました。』


特に何かが起きた気配はない。

胸の奥も静かなままだ。

終わったはずなのに、自分はまだ座っている。


指をキーボードに置く。

光はない。

選ばれる保証もない。

未来の担保もない。


それでも。


指は自然に動いた。


一文字。


また一文字。


誰にも証明しなくていい文章。

特別である必要のない言葉。

選ばれるためではない作品。

それでも、書きたい。


才能は消えたのかもしれない。

それでも指は止まらなかった。


灰色の世界の中で、黒い文字は静かに積み上がっていく。

ゆっくりと。

一文字ずつ確かに。

もう、光に照らされなくてもいい。

火種は自分の内側にある。

それで十分だ。


書きたい理由は、誰にも証明できないものだった。

短い話でしたが読んでくださってありがとうございます。

才能のお話ということで一つ。


ふと、才能がグラフや数値として可視化される時代になればなぁと考えることがあります。

あれもこれも全てが【才能】というステータスで可視化・数値化され、それぞれの向き不向きがわかる。

不向きを見せつけられるのは癪ですが、それでも「決めつけないでほしい」と思う自分と「ようやく諦められる」と思う自分がいます。

才能が無いとわかっていれば最初から諦めがつき無駄なことに割く時間は減り、才あるものに時間を割き、より輝くでしょう。

しかし「才能が無いから」と諦めている時点で才能は無いし、好きなことはその程度で諦めきれません。

難しい話です。

「努力に勝る天才なし」と言われるほど努力は素晴らしい。1を10に、10を100に。ましてや0を1にすることさえあります。努力は才能を凌駕する可能性がある。

何を言いたいかぐちゃぐちゃになってしまいましたが、「行動に勝る才能はない。」これが一番の答えだと思います。

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