無責任。だから出会う。
※この作品のストーリーはフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。ですが一部の地域や建物など、実在するものも含んでいます。
【残り日数 : 364日】
優助「.......」
壁にかかっている時計を見る。
優助「1:30....」
時計のカチカチと言う音が異常に大きく感じる。
自分の部屋はもう一段と暗くてなんなら窓から見える外の街灯の方が明るいくらいだった。
そんな中自分の目は完全に冴えていた。
昨日の学校の帰宅中兄から突然カミングアウトされた事に俺は自分が思っているより動揺していたようだ。
優助「(俺、外国人のガイドになるんか....?英語も喋れない書けない分からない俺が....?)」
何もない白一色の天井を少ない瞬きでただ見て、頭には昨日の事がぐるぐると回っていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【昨日の夕方】
優助「.........は?」
零助「あー、まあ気持ちは分かるわ、とにか——」
優助「気持ちは分かるわって何!!?なんでそぎゃん無責任な事したん!?」
思わず大きな声が出た。
自分の喉が酷く驚くほどだった。
零助「....一回落ち着き——」
優助「落ち着きって...っアンタがそげな事するけん俺は焦ってるんやん!!?俺朝からずっと嫌やって言っとったんや!なんで——」
零助「決めたのは3日前からや!今日の朝からちゃう!」
兄貴も大きな声で返してきて俺は思わず口に出かけていた言葉を勢いで飲み込んで喉に詰めた。
優助「...3日前......?」
父「....お父さん、ずっともう了承しとったんやと思ってたわ。今日の朝、職場でメッセージ来て初めて知ったよ」
零助「....お前了承するって勝手に思ってた、やからその親友にお前の事紹介してん。その弟も楽しい思いしてほしいし、お前にも良い出合いや思い出が出来たらええって思ってたんや」
優助「じゃあなんで俺なん...?兄貴がやったら良かったやん!俺英語話されへんし、外人が何が好きとか何がいけんとか分からへんよ!!」
自分は息が切れ切れになりながら質問をし続けた。
それをしっかりと聞いた兄貴は頭を掻いてため息をついた。
零助「はぁ....できるんやったら俺がしたかったんやけどな.... その弟さん、日本大好きで日本にいる間はどこに居ようが日本語まみれの日々を送りたいとかどうじゃらこうじゃら... 色々と希望があったんだよ」
兄貴は淡々と話してくれたが何処か頭を悩ませているような声だった。
零助「英語の分かる人は絶対嫌なんだと、本人から言われちゃっててさ....」
優助「じゃあ他の人だったら良かったんじゃ...」
零助「考えた、考えたよそんな事くらい。でも他の人は嫌なんだって... まぁ、彼なりの事情があるってさ」
兄貴は淡々とその人が言った条件を説明した。
とにかく兄貴の言った事をまとめると
“英語を第二言語としていない年下の男性で兄貴の周りの人”
をできるだけ指名したいようだった。
色々と考えたが...うん、俺だけのようだ。
本当に頭を抱えた。
優助「俺しか居ないじゃん...」
零助「な?だから仕方ないんだよ。俺だって強制はする気はなかったよ」
ここまで自分すぎる人を指名されると正直自分も嫌でも納得する。
父「....そんな風な条件出されてたんだな... お前、優助が良いって本人が言ってたってそのまま伝えてくれたから」
零助「いや、ただ条件が完全に一緒なだけだったって話」
2人の会話を頭に入れず耳だけで聞いてずっと自分の足元を見ていた。
どうする?いやどうなる?
こんな様子の俺が何かできると思っているのか?
自分でも一切そう思わないのに。
零助「まぁ優助なら大丈夫だよ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『.....本当に?』
ずっと頭の中で疑念が回る。
自分には絶対合わない仕事だ。もしかしたらその人に嫌な思いをさせるかもしれない。その人に嫌われるかもしれない。
外国人と関わる時は国の代表者のつもりで、とよく聞かされていた。
そんな自信なんて微塵もなかった。
優助「(......外国人って何が好きなんだろうか)」
顔も知らない相手だけど誰であれ嫌な思いはさせたくないのは確かだ。
暗い中手探りでスマホを探し出した。
一番明るさを低くしているが画面が異常に眩しい。思わず目をいっぱい細める。
優助「外国人...関わり方.....」
そんな安直な言葉達を検索バーに打って調べた。
やさしく理解しやすい言葉を使う、挨拶をしっかりとする....
大体調べてもそんな感じだ。
特にピンとくるものは無い。
優助「やっぱそんなんだよなぁ.....」
そんな事を時間を忘れて淡々と調べていた。眩しさ故に瞬きの回数が増えてしまい、次に目を開け、気付いた時にはもう朝だった。
優助「.....寝落ちしてた...?」
もう一度時計を見ると8時だった。
目を細めていたことによって瞑った事さえにも自分で気づけなかったのだろう。
窓からは日の光が入ってきていて、それが顔にかかって非常に眩しかった。
でもふと我に帰ると、焦りも帰ってくる。
当日だ。今日がその日だ。
コンコン...
零助「優助?」
優助「兄貴.....?」
扉越しに兄貴と会話した。
零助「お、起きてるな。今日分かってるよな」
優助「はぁ...当たり前や....何時からやっけ?」
零助「あぁ、8時30分には公園で会う予定」
優助「.......ん?」
今の時間が丁度8:00だった。
そして兄貴の大学へ行く場合大体かかるのが50分....父の車でも約30分弱だ.....
だが今日は両親が朝早くから出掛けており、今家にいるのは俺と兄貴のみだ。
顔を上げて向かい側の遠くにある鏡に映る人はだらしないパジャマ姿で酷く髪の毛がひしゃげている。
準備は全くと言って良いほどできていない姿だ。
優助「...遅刻確定やん」
零助「うん、ずっとあんた待ちやったんやで?」
優助「...どげして起こしてくれへんかったん......?」
零助「5回起こしに来たんやで?6時にさ」
非常にショックを受けた。
自分はそんなにも爆睡していたのか...
早寝は重要だな...
優助「...ごめん兄貴」
零助「いいよ、実際俺起きたの3分前やし」
優助「......起こしに来たん嘘かいな!!!?」
零助「ギャーハハハ!!マジアンタ反応良いわぁ!」
相変わらず意味も分からない事をしてえげつない笑いをする兄貴だった。
笑い声がどんどん遠くなって行ったのに気づいて慌ててベッドから出たあとクローゼットを漁っていつもの服に着替えた。
優助「兄貴っ」
零助「おお、昨日と同じ服?お前マジで服のバリエーション無いよなぁ」
優助「別に良いでしょ...」
零助「はは、んじゃ行こっか」
優助「......上裸で...?」
零助「いや流石に上着るて冗談やんそんな真面目に受け取らんといてくれ」
少しの静寂が流れた後で兄貴がまたガハハと笑ってた。
それとは相対的に俺は思わず少しニヤけて下を向く。
零助「ああ、あとその髪型おしゃれやで〜」
優助「からかわんといてや...」
兄貴はその後笑い声を上げながら自分の部屋に入って行ってしまった。
俺は手で髪の毛の跳ねている部分を咄嗟に抑えて、そのまま洗面台まで行って水で固定させた。
優助「......っし....」
その後はそのまま2人でバタバタとしていた。
階段を駆け上がったり、時々急ぎすぎでものにぶつかって落としたり.... 慌てすぎだった。
丁度リビングルームで水筒を準備してカバーをつけていると目の前で兄貴の携帯の画面が点いてバイブレーションが始まった。
優助「兄貴、携帯っ」
零助「えええっ、ちょっと待ってや今......げっ本人やんけっ」
兄貴は慌てた手で携帯を取って電話の応答ボタンを押した。
零助「Uhh… Wallace? What’s up!」
兄貴はできるだけ平然を装うと、淡々と話を始め、続けた。
その間、もうあとは出発するだけまで準備を終えて玄関近くで立って兄貴が通話を終えるのを待っていた。
優助「(何か伝え忘れかな——)」
零助「WHAAAAAAAT!!!!???」
兄貴の大声に思わず肩が跳ねた。
何を話しているのか状況面でも言語面でも理解はできないが何か大変なことが起きたのはわかった。
零助「Uh, uhhh…… O-Ok, we’ll be there soon! But... no so soon… So, uhhh… Well, you can go back to your dorm to wait till we arrive there... Or! You can enjoy scenery around there! Isn’t it good idea?」
優助「....?」
兄貴が目配せをしてきた。
何度も僕を見ては玄関を見てくる.....
どうやら早く外に出ろ、と言いたいようだ。
俺はそれを理解してから急いで肩掛けバッグを肩にしっかりかけ、玄関から飛び出て急足でバス停へ向かった。
走りながらスマホをチラチラ見て場所を確認した。
優助「梅田.... 梅田駅まで....っ」
確認が終わってからスマホの電源を切ってとにかく走った。
優助「はぁ....っはぁっ.....(バス停も謎に遠いしなんでこんな疲れることしてるんや...)」
もう息切れして仕方ない。
しかも何故今こんな目に遭っているのかも分からない。
考えていると脚の動きが鈍くなってきた。
優助「はぁ....っはぁ....っ(....俺がこんな——)」
零助「優助ぇ!スピード落とさんで〜!!!」
優助「へぁ....っ!?兄貴....っ!?」
後ろを確認するとすごい速度で兄貴が追いついてきた。
零助「優助、行くぞっ.....!」
そう言ってしっかりと俺の横に来て俺の背中に手を当てて速度が落ちないように一緒に並走してくれた。
お陰でもうどうでも良くなって脚を全力で動かした。
2人で走っているとバス停に行く途中、道路に出た。
車通りの多い交差点で信号待ちをしていると突然大きめの影が目の端に写り、横を見た。
優助「....兄貴...っこれ、っ予定のバスじゃ...っ」
零助「.....!よっしゃぁ...!行くぞ〜!!!」
鼓舞するかのように兄貴は声を出した。
今運良く待っていた信号は歩車分離式だった為歩行者用の信号が先に青になってくれた。
零助「よっしゃ!優助走れ!」
優助「....分かってるっ!」
俺たちは全力で走り続けて、結果的にバスよりも数秒早くバス停に到着できた。
零助「はぁ...はぁー....っあ゛ーマジ疲れたぁ〜...」
兄貴は着いてすぐバス停近くのベンチに腰掛けるどころか倒れるかのように寝転んだ。
優助「.....はぁ....っ、電話、何の話しとったん....?何で突然...」
零助「あぁ....っ弟さん....、もう約束の場所に出とったわ....っ」
優助「......え゛っ」
兄貴が時間を間違えたのかと思って兄貴を睨んだ。それに気づいた兄貴は首をブンブンと振って弁解してきた。
零助「え、やっ、ちゃうちゃう!弟さんが楽しみすぎて早く出ただけや」
優助「....」
零助「信じてぇや〜...!」
英語できない俺には嘘か本当か判断する方法がない為仕方なく兄貴の言葉を信じた。
そうやって少し休憩していると先ほどのバスが丁度来た。
優助「兄貴、起きぃ」
零助「あーい...」
そのままバスに乗り込んで終点まで待つ。
特に喋ることもなく、ただ周りを見ていた。
他の乗客はほぼ居なくて、途中のバス停で数人が乗っては数人が降りてを繰り返していた。
零助「...ふあああ....っ、....優助〜....ちょっと肩借りるぜ〜」
優助「ん。」
そうして兄貴はすぐに俺の肩で寝た。
その間、俺は緊張故に寝る気にもなれずただ座って過ぎ去っていく窓からの風景を見ながら考えていた。
優助「......ワレス...?」
兄貴の通話中、唯一聞き取れた名前らしき言葉だ。
英語の聞き取りは下手だった為あまり自信はないが俺はきっとそのワレスという名前らしき人の日本ガイドとして行くのだ。
優助「(日本語喋れるのかな...)」
偏見かもしれないが日本が好きなら日本の事が通じそうだ。
意外にも日本語が分かるかもしれない、日本のことについて知識があるかもしれない... そう期待を寄せると少し肩にかかった力が抜ける。
ただの期待だが落ち着けるならまだありがたいものだ。
『次は〇〇、終点です』
アナウンスを聞き取ってから、兄貴の肩を揺らした。
優助「....兄貴、兄貴... 終点着いたよ」
なかなか起きない、どうやら爆睡しているようだ。
俺を他所によく寝ていられるものだ...
優助「.....兄貴、兄貴っ...!」
零助「.....っ、ん...?」
結局大きく声を出す羽目になった。
自分達以外居ない為とても助かった。
優助「兄貴、終点着く」
零助「ん...あ、ああ...」
そう言って兄貴は口元を袖で拭きながら涎を啜って体勢を元に戻した。
まだ眠たそうにあくびをする。
結局自分はずっと自分の心を落ち着かせる為、ぐるぐると頭の中で都合の良いことを考えていた。
バスが停まってから、兄貴が財布を出して俺の分も払おうとしてくれた。
零助「えぇーと....」
優助「兄貴、俺自分の....」
零助「いいよいいよ、俺払うから」
申し訳なくて財布を出そうとしたら止められた。
正直に財布をしまって兄貴が支払いしている様子を見た。
零助「ありがとうございます〜...」
優助「ありがとうございます」
バスの運転手さんに少し会釈しながら感謝を伝え、バスを降りた。
目の前の駅へと歩きながらスマホを右ポケットから取り出して時刻を確認する。
優助「....8時25...、兄貴、電車で梅田まで何分やっけ?」
零助「....えーと、せやな、まぁ大遅刻やな....」
優助「それくらい分かっとるわ...」
そうツッこむと兄貴は笑いながらあくびをした。
本当にやる気があるのかないのか...
零助「とにかく、次の電車が準急や。大体20分くらいや...早めに乗ろか...」
優助「うん」
約束の時間には間に合わないが、電車などの交通機関の時間には間に合う状態のため、さっきのように焦る必要は無く、今度は落ち着いて歩いていった。
零助「.......」
兄貴は歩きながらスマホを取り出した。
優助「兄貴?」
零助「....ん?ああ、ちょっと連絡」
優助「おけ」
そう聞いて兄貴と腕を組んだ。
零助「...別に良いのに」
優助「歩きスマホをされて何かにぶつかられて怪我されたら俺が困る」
零助「そ... ...あ、電話してみる?」
そう言って俺に向けて電話を見せてくる
優助「えっ、弟さんに...?」
零助「そ、どう?」
優助「いや....電話嫌いだし」
零助「あは〜、そうだよなぁ」
そう言って兄貴は携帯に向かってまた何かを打ち始めた。
そのまま改札を通ってからそんなに経たず、乗る予定の電車が来た。
時間帯が時間帯なのか、人が多かった。
優助「兄貴、ちゃんと前見てや」
零助「んー...」
兄貴は一体誰にメッセージを送っているのか知らないが俺の言うことを聞いてくれない。
仕方なく混雑の中入って兄貴の腕をしっかりと引っ張る形で掴みながらもう片手で手すりを掴む。
零助「....」
優助「....」
兄貴が話をしてくれない為周りの声に異常に大きく聞こえる。
人の咳、女子高生らしき人達の声、隣から聞こえるスマホのキーボードのカチカチ音
人の汗の匂いや、人間の体温、たまに香るガツンと来る香水...
人混みは苦手だ。情報を多くを感じ取ってしまって頭が痛くなる。
優助「......」
零助「優助、大丈夫か?」
兄貴がどうやら気づいたようだった。
優助「.....?」
零助「ほらあれ、HSPだよ」
優助「ん....まぁ慣れてるし」
零助「んー....なんか曲聴く?イヤフォンあるし——」
優助「大丈夫だって」
そう言って断ると兄貴は少し俺を見つめた後、またスマホに画面に顔を合わせた。
俺もまたさっきのように足元を見た。
俺もバスで眠るべきだっただろうか。
目を瞑ってしまいたいがそうなると聴覚に意識が集中してしまう。
あまり目は瞑りたくなかった。
そんなことを考えている間に数駅を通った。
数駅の間で人が減って座れる場所ができた。
優助「兄貴、あそこ座れる」
1人分しかスペースが無さそうだった為兄貴に座ってほしかった。
零助「優助座れよ」
優助「俺立つ方が良い」
そう言うと兄貴は小さく何度か頷いてから移動して座った。
俺も移動して兄貴が座った席前の吊り革を掴む。
そこからは特に何も無く、電車の音と揺れを感じ続けた。
人の多さはあまり変わらなかった。
まだ頭の中に大量の情報が入ってきて思わず顔を顰める。
『次は梅田、梅田です』
優助「....兄貴」
零助「うん、聞こえてるよ」
兄貴はスマホを打ち終えてからすぐにスマホをポケットにしまった。
完全に止まってから兄貴は立ち上がろうとするが人の流れに乗る事が出来ないままだった。
俺は大量の人に少し押されるように扉から先に出た。
優助「....っ!兄貴」
人の多さ故に見失った。
自分の身長の低さには恨んでしまう。
人の多さ故に五感で入ってくる情報も多い。
情報の暴力と人に少し揉まれて怖くなった。
優助「....兄貴——」
零助「優助!右の出口向かって!」
そう聞こえて、自分から見て左を見ると出口の案内とそのまま上に向かうエスカレーターと階段がある。
言われた通り人の流れに乗りながらそっちに向かっていく。
上に上がってから兄貴を壁近くで待った。
意外にもすぐに兄貴は来てくれて少し落ち着いた。
零助「いやー、人エグいなぁ」
優助「これからどっか人多いとこ行くことある....?」
そう言って兄貴の方を見るとそれに気づいた兄貴はニヤニヤと笑って首を横に振った。
零助「いやいや大丈夫だってば。あまり人居ないとこで待ち合わせだから」
優助「ならいいけどさ...」
零助「んじゃ、改札出て出口まで行こか」
そう言われて兄貴が先に歩き出して俺はそれの後を着いて行った。
出口から外に出ると人はもちろん車や自転車など一段と情報が多くなった。やはり都会は好きじゃない。
零助「梅田自体が都会やから頑張って耐えてや」
優助「承知の上で来てるよ」
兄貴はクスッと笑った後俺の背中を少し摩ってからまたスマホを取り出してそっちに集中する。
承知の上、そう言ったが少しキツイのは本当だった。
優助「(島根に帰りたい....)」
兄貴は携帯をまた取り出して何かを調べ始めた。
その間俺の感覚は集中先を失って通る人々を転々としたり笑い声が聞こえて振り向いたり、バイクのエンジン音にびっくりして走っていく車を見たり、自転車のペダル、鈴の音、笑い声、咳、信号、香水、タバコ、温風、靴音......
零助「まぁここから歩いて15分くらい... 頑張ってくれ」
優助「....ん」
兄貴の言葉に正気になった。
思わずホッと息を吐く。
兄貴が先に歩き出したところで俺は水をかぶった犬のように頭を振ってから兄貴の後ろについて行った。
人の中に紛れ込みながらできるだけ兄貴の後ろに集中できるように頑張った。
そのまま歩いていくと少し人混みの中から抜けて少し気分も楽になった。
優助「......ふぅ」
兄貴は俺が息を吐いた事に気づいたのか少しフッと鼻息を出したのが聞こえた。
何故かむず痒くて仕方ない。
零助「そうそう、弟さんの説明だけしとかないとな」
優助「....そういえば一切聞いてないんやけど」
兄貴の計画性の無さには呆れる。
零助「今から会う人なんだけど名前は“ウォレス・レオ・テイラー”って人。前も伝えた通りアメリカ人。」
優助「日本に留学しに来るってことは日本語喋れるんやんな?」
今日のバス内で考えていたことを期待して兄貴に聞いてみた。
零助「ううんあの人全く出来ないよ」
優助「....えっ」
思わずガーンというような表情をした。
俺の安心材料はこんなにもあっさりに砕かれた。
日本語が喋れないのに何故日本に来たのか... なんならどうやって大学から許可を得られたのか分からなかった。
優助「じゃあどうやって日本来れたん....」
零助「...“成績優秀者卒業生からの推薦”なんだと」
なんだそれは。初めて聞いた。
優助「そんな制度あるのか?」
零助「知らね」
あっさりと返事をするだけでやはり兄貴は頼りにならなすぎる。
結局不安が戻ってくるだけだった。
ずっと歩いていると言われていた公園が見えてきた。昔一度ここには来た事があるが俺が知っている一般的な公園に比べると本当に何も無く唯一ある遊具といえばブランコと鉄棒、砂場があるだけの公園だった。
ぎち...っ
...その公園の方向から音が聞こえた。
鉄が擦れるような音だ。
俺は自分のバッグの肩掛け紐を強く握った。
そのまま兄貴の黒ボーダーの袖を数回も引っ張って聞いた。
優助「兄貴、集合場所ってさ」
零助「そ、あそこの公園」
そう言って兄貴は確実に公園のある方向を指差した。
そのまま歩いていき、建物の角で隠れていたブランコが見えてきた。
誰かが座っている、少し揺れている。
俺はそれを確認して紐を一段と強く握った。
零助「お、いた」
兄貴はそう呟いた後少し駆け足になって公園に向かっていく。
俺は遅れを取らないように兄貴の後ろに着いて行ったがどんどんその人が大きく見えてきて思わず怖気付く。
だが脚は止められなかった。
遠くの人もこっちに気づいたのかブランコから立ち上がってこっちに少し歩いて向かってくる。
零助「WALLACE!!」
兄貴が大声で呼ぶとその人は手を振ってくれた。
笑っているようだ。
零助「はぁ....っ、Wallace! Sorry for being late!」
公園に着いてから少し息を吐いた後、兄貴が最初に声をかけた。
そう言うとその人は首を横に振ってニッコリとした。
優助「(身長たっか.....!)」
180cmもあるのだろうか?自分には異常に高いように見える。
外国人ってのはこんなものなんだろうか...
零助「Well, long time no see, Wallace!」
そう言って兄貴とその人は軽く抱擁を交わした。
俺はそれを見てちょっと驚いた。
ハグなんてできる気がしない...
優助「....(左手...)」
彼のずっと握っている左手を見ているとその人は僕に気づいたのか思わず目線が合った。
目線があってすぐに相手はニコッと返してくれた。
俺はかなりぎこちなく目線を少し逸らしたと思う。
兄貴も気づいたのか離れた後さっと俺と彼を交互に見てから口を開いた。
零助「Ah! I almost forgot! Yes, this is my younger brother, Yusuke. 優助、この人が俺の友人の弟のウォレスさん」
何を言えばいいのか分からず、俺は少し会釈だけをして黙ってしまった。
それに対して弟さんは何か言いたげに口をモゴモゴと言わせていた。
ウォレス「ォ....オハヨ、ゴザイマス!」
優助「ぇ、ぁ、おはようございます...」
そう返してまた小さく会釈をして顔を上げる。嬉しそうにしてくれた。
日本語の発音は典型的な英語話者特有の発音だった。
それでも弟さんは嬉しそうだった。
零助「Wallace, why don’t you introduce yourself to him in Japanese?」
ウォレス「Eh…. Uhh… 」
優助「(何話してるんや....)」
何を話しているのか分からず流れも分からない。
俺だけ置いて行かれている気がする...
そう思って弟さんを観察しているとまたこっちを真っ直ぐ向いて口を開いた。
ウォレス「えと、ボクの、なまえェ... ウォレス・レオ・テイラー、です。えと、よろしく、おねがします....!」
またぎこちない日本語で今度は名前を教えてくれた。
俺はなんだか恥ずかしくて小さく頷いた。
零助「....優助」
優助「え、あっ」
兄貴に小さく名前を呼ばれて弟さんと俺を交互に見て目配せをされる。
それの意味をちゃんと汲み取ってハッとした。
優助「ぁあ、俺の名前.... 唐島 優助って言います、よろしくお願いします...」
ウォレス「....Kara…uhh… Reisuke?」
零助「Yes?」
ウォレス「Uhh… How do you spell his name?」
兄貴は何かを聞かれると携帯を取り出して何かを打ち始める。
俺はその間やる事がなくて少し周りを見ると桜の木を見つけた。
ブランコの近くに立派にあった。
下には花弁の絨毯ができていて綺麗だった。
人通りも少ない為か珍しく綺麗にピンク色の状態だった。
優助「....」
ウォレス「…...hmmm… ユ、スケ?」
優助「....?」
桜に気を取られていて気づけなかった。何か言われた気がして視線を弟さんに戻す。
零助「...He couldn’t hear it clearly. Let’s call his name again!」
ウォレス「…ユ、ユスケ!!」
優助「えぁ、は、はい....?」
そうぎこちない返事をすると弟さんは兄貴と向き合って嬉しそうにしてくれた。
兄貴も笑っている。
俺に関して相変わらずそっちのけで頭の中がハテナだらけだ。
だが雰囲気的に入り込める様子は無い。
...入り込まない方が良さそうだ。
優助「(....ユスケ....?)」
何か足りないような気がするが....
あまり気にしない事にした。
零助「Okay, well… I think you guys had enough ice breaking time! Why don’t you take a walk?」
ウォレス「Yeah!」
零助「…優助は?もう自己紹介とか大丈夫そ?」
優助「え、あぁ、まぁ...」
状況がよく分からないが自己紹介はあまり伝えなくていいと思った。
まぁこれだけの繋がりだと思うし...
とにかく頷いてもう大丈夫だと伝えた。
零助「Okay! Let’s go~」
ウォレス「Ah! Wait!」
兄貴が振り向いて歩こうとした途端、何か言われ、歩みを止めた。
兄貴の様子的に何か待って欲しいとでも言ったのだろう。
弟さんはもじもじとした様子でずっと握っていた左手を気にしている。
零助「What’s wrong?」
ウォレス「I’d like to give these to you guys…」
そう言って左手を開いてきた。
覗き込むと中には小さいな桜の花が2個あった。
零助「....Wow! you took it? From that cherry blossoms tree?」
そう言って兄貴は桜の方を指差す。
そうすると弟さんも同じく桜を見た後微笑んで頷いた。
ウォレス「Yes! I had been staying here until you arrived here…! I was having fun with watching that tree!」
零助「What!? You had been waiting for us for a long time!? I’m so sorry…!」
ウォレス「It’s no big deal! Here, present for you.」
そう言って弟さんは兄貴に一個渡した。
ウォレス「ユスケ...!Present…!」
そう言って俺にももう一つ渡してくれた。
優助「え、あぁ、えーっと...さ、さんきゅー...」
可愛らしい小さな桜の花だった。
思わず頬が緩みそうになる。
零助「Thank you Wallace… Okay, finally! Let’s go~!!」
そう兄貴が言うと弟さんが後ろに着いていった。
俺は桜の花に見惚れて少し歩き遅れた。
俺はとにかくその花を潰されないよう鞄の空きのあるところにそっと入れて、しっかりと確認してから後を追った。
続く。




