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第4章:市場への供給(サプライ)

第4章:市場への供給サプライ


翌日の昼下がり。ギルドホールは、昼食とエールを楽しむ冒険者たちの熱気でむせ返っていた。

その喧騒が一瞬、静止した。


入口に、あの男が立っていたからだ。

元Sランク、現ゴブリン・キング(仮)。レオン・アストライオス。


だが、冒険者たちの視線が釘付けになったのは、レオン本人ではない。彼の「後ろ」だ。


「ギャ…」「ギ…」


5匹のゴブリンが、それぞれ背中に自分の体ほどもある巨大な麻袋を背負い、縮こまりながらレオンの後ろを一列で歩いている。彼らは、あれほど凶暴だったはずなのに、まるで訓練された猟犬のようにレオンの指示を待っていた。


そして、レオンの肩や背嚢バックパックには、昨日よりも明らかに数を増したスライムたちが、行儀よく(?)張り付いている。


「おいおい…マジかよ…」

「あいつ、本当にゴブリンどもを手なずけてやがる…」


嘲笑は、困惑と、ほんの少しの恐怖へと変わりつつあった。


レオンは、その視線の集中アテンションなど存在しないかのように、まっすぐカウンターに向かった。

対応したのは、昨日と同じく、受付嬢のサラだった。


(来た…)

サラは完璧な業務用スマイルを顔に貼り付けながら、内心で身構えた。昨日、あの男が見せた「狂気」の目を、彼女は忘れられずにいた。


依頼クエストの完了報告を」


レオンは、カウンターに3枚の羊皮紙を置いた。『薬草採取』『下水道清掃』『スライム討伐』。


「承知いたしました。……それで、納品物は?」

サラが尋ねた瞬間だった。


レオンはゴブリンたちに短く命じた。

「降ろせ」


「「「ギャッ!」」」


ゴブリンたちが、怯えたような素早い動きで背中の麻袋をカウンターの前に下ろす。

ドン、ドン、ドン、と重い音が響き、埃が舞った。


麻袋の口が開けられる。サラは、その中身を見て、 professional な笑顔のまま硬直した。


袋の中には、薬草コモンウィードが、根の一本一本まで丁寧に土が払われ、完璧な長さで切りそろえられ、10本ずつの束になってぎっしりと詰め込まれていた。


(依頼は、50束…だったはず)


麻袋は、五つ。

一つの袋に、少なくとも100束は入っている。


薬草コモンウィード、500束だ。検収を」

レオンが淡々と告げる。


「ご、500束…!?」

サラの後ろにいた同僚が、素っ頓狂な声を上げた。ギルドホールが再び静まりかえる。


(馬鹿な!)

サラの思考が追いつかない。

(コモンウィードは、毒草と見分けがつきにくく、根を傷つけると商品価値がゼロになる。手慣れた冒険者でも、50束集めるのに半日はかかる。それを、たった一日で、500束? あの知能の低いゴブリンたちを使って?)


彼女の視線が、レオンの背嚢で丸くなるスライムに移った。


「下水道清掃は?」

「完了した。これが『粘菌』。依頼書にあった指定区域の9割は除去したはずだ」


レオンが背嚢から取り出したのは、特殊加工された革袋だった。それを受け取った瞬間、サラはツンとした酸っぱい匂いに、思わず眉をひそめた。

中には、依頼書で指定されていた、あのしつこい『下水道の粘菌』が、汚泥や他のゴミと一切混ざることなく、高純度で詰め込まれていた。これも、依頼量の数倍はあろうかという量だった。


「スライム討伐は?」

「実行済みだ。ただし、討伐ではなくテイムした。ここに連れている10匹がそうだ。契約上、問題ないはずだ」


ギルドホールは、水を打ったように静まり返っていた。

冒険者たちは、酒を飲むのも忘れ、カウンターで起きている異常事態を凝視している。


(おかしい)

サラは、混乱する頭で必死に計算した。

(ゴブリンが5匹。一日中働かせたとして、どうやったらこの速度スピードが出せる? 薬草採取は、本来「人間」がやる仕事だ。ゴブリンにできるはずが…)


その時、サラは気づいた。

レオンの後ろにいるゴブリンたちの指先が、緑の草の色素で深く染まっていることに。彼らの動きはまだぎこちないが、そこには「雑草を抜く」のとは明らかに違う、「訓練された反復作業」の痕跡が刻み込まれていた。


(まさか…彼は、ゴブリンたちを『薬草採取専門』の労働力として『最適化』した…?)

(スライムには、『粘菌だけ』を吸収するように『特殊化』させた…?)


サラの背筋を、昨日とは違う種類の悪寒が走った。

これは狂気ではない。

これは、あまりにも冷徹で、精密で、常軌を逸した「合理性」だ。


彼は、Sランクの勇者が「価値がない」と切り捨てたFランクモンスターの「真の価値」を見抜き、それを「分業」と「徹底した訓練」によって、既存の冒険者の「生産性」を遥かに凌駕するレベルまで引きずり上げたのだ。


「あの…レオン様」

サラの声が、わずかに震えた。

「報酬の計算をいたします。薬草採取50束で銀貨3枚ですので…500束ですと、銀貨30枚。下水道清掃が依頼量の5倍と仮定して銀貨25枚。スライム討伐が銀貨1枚。合計で……銀貨56枚になります」


銀貨56枚。

Sランクパーティの一日の稼ぎには遠く及ばない。

だが、Fランクの雑務依頼だけで、たった一日で、一介の冒険者が稼ぎ出す金額としては、前代未聞だった。


「承知した」

レオンは銀貨を受け取ると、ゴブリンたちに「よし」と短く声をかけた。ゴブリンたちは、空になった麻袋を背負い直し、再び彼の一列縦隊を組む。


「待ってください!」


レオンが立ち去ろうとしたその時、サラは思わず、自分でも驚くほど大きな声で彼を呼び止めていた。


「な、何か…追加のご依頼は!?」


業務用の笑顔は、もうどこにもなかった。

彼女は、目の前の男がこれから何をしようとしているのか、その「経済活動」の行く末を、どうしても知りたくなっていた。


レオンはゆっくりと振り返った。

その無表情な瞳が、初めてサラを「ギルドの受付嬢」ではなく、一人の「人間」として捉えた気がした。


「ああ」と彼は言った。

「この街の『薬草市場』は、価格が不当に吊り上がっている。俺が『供給』を安定させ、価格を是正する」

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