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第14章:非市場的戦略(暴力)

第14章:非市場的戦略(暴力)


サラ・マクフィーが、金貨の重みでたわむ袋を抱え、Fランクモンスターの「軍団」を引き連れてギルドホールを去っていく。


その異様な行列を、ギルドに残された冒険者たちは、呆然と、あるいは嫉妬と羨望の入り混じった目で見送ることしかできなかった。


狂騒的な「バブル」は弾け、ホールには冷めた静寂が戻ってきた。

その中心で、アレックス・ウォーカーは、拳を握りしめたまま立ち尽くしていた。


(金貨105枚…だと…?)


自分たちSランクパーティ『紅蓮の斧』が、命を削るダンジョン深層部での一週間の成果に匹敵する額だ。

それを、あの追放した「お荷物デッドウェイト」――レオンが。

自分たちが「雑魚」として一顧だにしなかったFランクモンスターを使い、たった半日で稼ぎ出した。


「ふざけやがって…」

アレックスの喉から、低い唸り声が漏れた。


Aランクの仲間たちが、恐る恐る声をかける。

「ア、アレックスさん…どうします? あのテイマー、俺たちの『獲物』を…」

「もう『鉄カブトガニ』の依頼は割に合わねえ! あいつら(モンスター)のせいで、俺たちの稼ぎが!」


アレックスが感じていたのは、金銭的な損失・・・・・ではなかった。

それは、Sランク冒険者としての、絶対的な「価値」と「プライド」の否定。

自分たちの「戦闘力ストレングス」という『価値』が、あの男の「経済論理ロジック」という『価値』に、完膚なきまでに叩き伏せられたのだ。


「…テイマー風情が、調子に乗りやがって」

アレックスの目が、暗い炎に燃えた。


その時だった。

「――Sランクパーティリーダー、アレックス・ウォーカー殿」


二階のテラス席から、マルサスの腹心の幹部が、無表情に声をかけてきた。

「組合長が、至急お話を、と。…『個人的な(・・・・・)ご依頼クエスト』だそうです」


ギルドホールの喧騒から遮断された、薬師組合の豪華な応接室。

高価な絨毯じゅうたんが足音を吸い込み、空気には重苦しい「薬草」と「古い金」の匂いが満ちていた。


マルサス・ドルンは、窓の外を眺めながら、アレックスの入室にも気づかないかのように、静かに立っていた。

その横顔は、二階テラス席で見せた激情が嘘のように、冷え切っていた。


「……組合長。お呼びだとか」

アレックスは、苛立ちを隠さずに言った。


マルサスは、ゆっくりと振り返った。

その手には、最高級のワインが注がれたグラスが握られている。


「これは失礼、ウォーカー殿。今日は、我々の『ゲーム』に付き合っていただき、感謝する」

「アンタのせいで、俺たちは道化ピエロだ」

アレックスは、隠しもせずに敵意を剥き出しにした。


「道化?」

マルサスは、初めて微かに笑った。

「道化は、私の方だよ。まさか、市場原理マーケット・メカニズムそのもの(・・・)を逆手に取られるとはな。…あの男、レオン。彼は『怪物』だ。我々が築き上げた『秩序オーダー』を破壊する、害虫ペストだ」


「……何が言いたい」


「彼は、ポーション市場だけを荒らしたのではない」

マルサスは、グラスの中の赤い液体を揺らした。

「彼は、このギルドの『価値バリュー』そのものを脅かしている。Sランクの『戦闘』の価値が、Fランクの『労働』の価値に負けたのだ。今日、この瞬間にな」


その言葉は、アレックスの最も触れられたくない「傷口プライド」を、正確にえぐった。


「貴殿ら『力』を持つ者が、命がけで築き上げた『序列ヒエラルキー』。それを、あの男は『論理ロジック』と『ナンバー』だけで覆そうとしている。…これを、放置しておくのかね?」


「……」

アレックスは、ゴクリと唾を飲んだ。


市場マーケットでの勝負は、私の負けだ」

マルサスは、グラスのワインを一気に飲み干した。

「だが、この・・での勝負は、まだ終わっていない」


彼は、金庫から一つの重い革袋を取り出し、テーブルの上に滑らせた。

重い金属音が、静かな部屋に響く。


「金貨300・・・・・。前金だ」


「!?」

アレックスの目が、金貨の音に見開かれた。

金貨105枚とは比較にならない、「Sランク」にふさわしい報酬額。


「『個人的な(・・・・・)依頼クエスト』だ、ウォーカー殿」

マルサスの目が、冷たい光を放った。


「あの男の『生産設備ファクトリー』――街外れの廃倉庫と、そこにいる『テイムモンスター』ども。それを、跡形もなく『破壊デストロイ』しろ」


それは、もはや「市場介入」や「競争」ではなかった。

ルールを逸脱した、純粋な「暴力」による排除宣言。


アレックスは、数秒間、黙り込んだ。

彼も、Sランクの冒..."戦士"だ。非武装の(・・・)「工場」を襲うことに、一瞬の「躊躇ためら」いが生まれた。


だが、マルサスはそれを見逃さなかった。

「あの『工場』こそが、貴殿らAランク、Sランクの『価値』を暴落させている『癌』だ。それを『切除』するのは、ギルドの秩序を守る、Sランクの『責務』ではないかね?」


「責務…」

アレックスは、その言葉を反芻した。

そうだ。これは「私怨」ではない。「秩序」のためだ。あのテイマーが、この街の「均衡バランス」を壊したのだ。


アレックスは、テーブルの上の革袋を、荒々しく掴み取った。

「……話は、分かった。Sランクパーティ『紅蓮の斧』が、その『害虫駆除クエスト』、引き受けてやる」


彼の内面にあった、冒険者としての最後の「矜持きょうじ」は、「金貨300枚」と「歪んだ正義感」によって、容易く上書きされた。


「今夜、決行する」

アレックスは、応接室を後にした。


一人残されたマルサスは、空になったグラスに、再びワインを注いだ。

(市場で負けたなら、市場の外で(・・・・・)るまでだ)

彼の「内面の矛盾(市場主義者でありながら、市場を否定した)」は、彼自身が持つ「権力パワー」によって、静かに蓋をされた。


その夜。

『紅蓮の斧』のメンバーたちが、重武装で、街の闇へと紛れていった。


目的地は一つ。レオンの「心臓部」である、あの廃倉庫だった。

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