第12章:ゲーム理論の逆説
第12章:ゲーム理論の逆説
「……市場を、創る?」
サラは、レオンの言葉の意味が理解できず、呆然とオウム返しにした。
「ですが、素材がなければ、ポーションは作れません。市場は、完全にマルサス様に掌握されて…」
「その通り」
レオンは、静かに頷いた。
「ポーション市場は、一時的に閉鎖された。マルサスが仕掛けた『資源買い占め(サプライ・ショック)』は、短期戦略としては完璧だ。彼は、俺の『垂直統合(ポーション製造)』モデルを完全に停止させた」
「ならば…!」
「だが、受付嬢さん」
レオンは、サラの言葉を遮り、廃倉庫の壁に立てかけてあった、錆びついた剣を手に取った。
「マルサスが犯した、致命的な計算ミス(ミステイク)とは何か? 彼は俺を『ポーション屋』だと誤認した。だが、俺の本質は『ビーストテイマー』だ」
レオンは、不安そうに集まっていたゴブリンたちに向き直った。
「お前たち。今日から『生産計画』を変更する」
ゴブリンたちが、キョトンとした顔でレオンを見上げる。
「昨日までの『分業体制』は破棄する。スライムによる『溶解』、ゴブリンによる『瓶詰め』は、全ライン停止だ」
レオンは、錆びた剣を、ゴブリンたちのリーダー格の前に突き立てた。
「今日からお前たちの『労働』は、ただ一つ。西の海岸と東の岩場で、お前たちの『仲間』――野生の『鉄カブトガニ』と『ロックリザード』を、狩れるだけ狩ってこい」
「……え?」
サラは、今度こそ自分の耳を疑った。
「キ、ギ…?」
ゴブリンたちも、困惑の声を上げた。
自分たちの「同胞(Fランクモンスター)」を狩れ、という命令。それは、彼らの本能が理解し難い「非合理的」な行動だった。
「レオン様、何を…!」
「合理的な判断だ」
レオンは、冷徹に言い放った。
「マルサスは、何を(・・)した? 彼は『鉄カブトガニ』と『ロックリザード』の市場価格を、三倍以上に吊り上げた(・・・)。彼は、俺のポーションの『原材料』を買い占めるために、この街で『最高の買い取り手』になってくれた(・・・・・・・・・)んだ」
サラの頭の中で、何かが繋がった。
目の前が、グラリと揺れるような感覚がした。
「ま、さか…」
「そうだ」
レオンの獰猛な笑みが、深くなる。
「我々は、ポーションを『売る(セル)』必要はなくなった。マルサスが法外な価格で『買いたがっている(バイ)』ものを、我々が『供給』すればいい」
レオンの「生産設備」であるゴブリンやスライムたちは、Fランクではあるが、テイムモンスターだ。
彼らは、野生のモンスター(・・・・・・)を狩ることに、極めて最適化されている。
その「労働力」は、Aランクパーティのアレックスたち(少数精鋭)とは比較にならないほどの「物量」を持つ。
「マルサスは、俺が『ポーション市場』という一つのゲーム(・・・・)に固執すると考えた。だが、俺はゲームそのもの(・・・・・)を変更する」
「アレックスたちが『一匹』狩る間に、ゴブリンたちは『十匹』狩る。スライムたちが『酸』で弱らせ、ゴブリンたちが『錆びた剣』で仕留める。昨日までの『分業』は、今日から『狩猟』の分業となる」
「そ、そんな…」
サラは、目の前で起きている「戦略転換」の恐ろしさに、身震いした。
レオンは、マルサスの「攻撃(資源買い占め)」を、そのまま「利益」に変換したのだ。
マルサスが買い取り価格を吊り上げれば吊り上げるほど、レオンの「素材狩り」の利益率は上昇する。
「マルサスは、自分の『無限の資金力』で、俺の『ゼロコストの労働力』が生産する『商品』を、延々と買い支えることになる」
これは、経済戦争の「逆転」だった。
マルサスは、レオンのポーションを市場から「排除」しようとして、レオンの「最大の顧客」に成り下がったのだ。
「受付嬢さん」
レオンは、もはや恐怖で声も出ないサラに、帳簿を差し出した。
「『レオン・ポーション』の項目は、赤字で閉じておいてくれ。今日から新しい『勘定科目』が必要だ」
「『対マルサス組合・素材卸売事業』。売上は、青天井だ」
ゴブリンたちが、ようやく命令を理解した。
彼らは、錆びた剣や棍棒を手に取り、工場を飛び出していく。
その目は、もはや怯えたFランクモンスターのものではなかった。
冷徹な「合理性」によって駆動される、最強の「労働者」の目だった。




