第8話 フェニックス卵のオムライス地獄
半額市の掲示板に、新たな伝説が躍った。
《本日の目玉:フェニックス卵のオムライス(半額)》
黄金の卵がとろりと溶け、赤いライスを包み込む。
表面にはケチャップの赤い線が描かれ、光を浴びて輝いていた。
フェニックス卵は焼いても煮ても再生する。
つまり――食べてもすぐに元に戻る。
「無限に食えるぞ!」
「これで一生腹いっぱい!」
群衆の目はすでに狂気を帯びていた。
「フェニックス卵は炎にこそ映える!」
杖を掲げるのは炎術師コンビ。左右から同時に火を吹きかける。
「私のコレクションに加えるのよ!」
金髪を巻き上げた貴族令嬢が侍女を従えて進む。
「味を記録せねば死ねぬ!」
評論家老人は既にインクを飛ばしながら紙束を握り締めていた。
「辛口! 無限辛口だぁ!」
火魔法少女は赤瓶を掲げ、卵にソースをぶちまける。
「やめろー!」
「無限辛口は地獄だ!」
観客の悲鳴。
店主が赤札を掲げる。
「ルールはいつも通り!」
「買った者の勝ち!」
「争いは――」
「武力に訴えてもよし!」
ぱちん。半額。
スプーンが卵に突き刺さる――が、次の瞬間。
卵がぱあっと光り、割れ目がふさがり、また元に戻る。
「減らねぇ!」
「永遠だ!」
群衆が狂喜乱舞する。
誰かが食べ、誰かがこぼし、誰かが泣き笑う。
オムライスの皿は永遠に満ち続け、地獄の食べ放題と化していた。
「……無限……」
私は立ち止まった。
腹が鳴る。
(お金は一枚。食べ放題。……損じゃない。たくさん食べてもいいんじゃ……?)
胸ポケットの家計手帳が目に入った。
昨日の欄に赤字が走っている。
《スライムゼリー:氷代出費 →赤字》
(あの時……衝動で失敗した。財布が泣いた。
もう同じ過ちは繰り返さない。節約は、欲望を抑えることだ!)
私は群衆の隙をすり抜け、皿の縁からケチャップの雫と卵膜の端を掬った。
店主の木札が鳴る――「購入成立!」
一口。
卵の柔らかさが舌に溶け、ライスの酸味が鼻を抜ける。
たったひと口で体が温まり、心が満ちた。
「……これで十分!」
「切れ端!? そんなはしたないものを!」
セレナが絶叫し、涙目で叫ぶ。
「でも顔が……ツヤツヤ!? なんでぇぇ!」
「無限だぞ!」
「もっと食え!」
群衆が押し寄せる。
「無限辛口! 世界を救う!」
火魔法少女が叫ぶ。
「やめろー!」
観客の怒号。
「リナ……」
ユイがそっと近づいてきた。
「やっと自分を律したね」
「はい……ゼリーで懲りたから」
「そう。あの失敗があったから、今日の一口が選べたんだね」
ユイの声が胸に沁みた。
「嬢ちゃん」
ロングコートの影――半額王が現れた。
「皆が欲望に飲まれる中で、一口で満足を選んだ。……それは一番得なやり方だ」
「ありがとうございます!」
「覚えとけ。欲望を制御できる者こそ、戦場を制す」
群衆が一斉に叫ぶ。
「「「いや食えよ!!(無限だぞ!)」」」
私は笑いながら家計手帳に書き込んだ。
《フェニックス卵:銅貨一枚/満足◎》
オムライスが光と香りを放ち続ける中、私は「一口で満ちる幸せ」を心に刻んだ。
この話時点のキャラクター紹介
リナ:無限食べ放題に揺れるが、ゼリー赤字を思い出して制御。端の一口で満足。
ユイ:リナを見守り、「失敗を生かせた」と安堵。
半額王:「欲望を制御できる者こそ戦場を制す」と語る。
セレナ:リナのツヤ顔に発狂。
炎術師コンビ/貴族令嬢/評論家老人/火魔法少女:狂乱を盛り上げる。
群衆:無限に狂喜乱舞し、総ツッコミも忘れない。