第7話 半額王との対決!ローストビーフ戦場
赤札の魔光が灯る前から、市場は異様な熱気に包まれていた。
噂は街じゅうを駆け巡り、誰もがこの夜を待っていた。
《本日の目玉:半額王監修 ローストビーフ弁当(半額)》
分厚く切られた赤身の肉。
外側は香ばしい焦げ色、中はまだ赤みを残す絶妙な火加減。
たった一皿なのに、まるで戦旗のように人々の視線を集めていた。
「これを制する者こそ真の半額ハンター」
誰もがそうささやく。
「嬢ちゃん」
前列の中央に立ったロングコートの影――半額王が、重く言葉を放った。
「この戦場は甘くねえ。命を賭けても奪え」
空気が震えた。
私は銅貨袋を握りしめ、一歩前へ。
「命は賭けられません。……でも、財布なら賭けます!」
群衆が爆笑し、緊張が一瞬だけ緩んだ。
けれど私の心は真剣だった。
「嬢ちゃん、今日こそ本気で来い」
王の瞳は刃のように光っていた。
店主が赤札を掲げる。
「ルールはいつも通り!」
「買った者の勝ち!」
「争いは――」
「武力に訴えてもよし!」
ぱちん。半額。
――地獄が開いた。
ドワーフ鍛冶師が包丁を振り下ろし、肉の塊を無理やり斜めに裂こうとする。
「厚切りは力だ!」
マリオ(オーク)が突進し、肉の山を抱え込もうとする。
「肉は魂! 誇りの源!」
セレナは「美は層!」と叫び、葉を重ねて肉を飾ろうとする。
火魔法少女は「辛口ソースこそ正義!」と赤瓶を振り回す。
シオンは剣の峰を構え、「秩序を守れ!」と人波を押し返していた。
市場全体が怒号と煙に包まれ、ローストビーフの香りが空気を焦がした。
(中央は奪い合い……でも肉には温度差がある)
私は弁当の端を凝視した。
中央はまだ赤い。外は香ばしい茶。
外と内の狭間――余熱の境界に旨味が滞留している。
(学んできた“順序”“押し”“音”……全部を使って、この一切れを掬う!)
人混みの足元をすり抜け、弁当の隅に滑り込む。
スプーンを差し入れ、赤と茶の境界をすっとすくい上げた。
店主の木札が鳴る――「購入成立!」
一口。
外側の香ばしさと、中心の柔らかさが舌の上で重なり合い、脂が細い線を描いて溶けていく。
「……最高です」
群衆がざわめいた。
「リナが取ったのは端っこじゃねえか」
「いや、境界を読む眼は確かだった」
「中央を制した王こそ勝者じゃないのか?」
声が賛否に分かれ、市場が揺れる。
半額王は中央の肉を手にしながら、低く笑った。
「……嬢ちゃんの勝ちは勝ちだ。だが量で測る者からすれば負けでもある。満足の定義は人それぞれだ」
「リナ……」
ユイが隣に来て小声で囁く。
「……誇りを倒した気分は?」
「誇りを……倒した?」
胸がざわついた。私はただ、財布を守るために端を選んだはずなのに。
マリオが吠える。
「端で勝ったつもりか! 肉は魂! 魂を食わずに勝利などあり得ぬ!」
セレナは涙目で叫ぶ。
「あんなはしたない切れ端で顔色が良くなるなんて認めない!」
群衆が一斉に叫ぶ。
「「「いや食えよ!!(中央を)」」」
その時、通路の隅で老人の囁きが耳に届いた。
「……王が棚を戻す癖はな、昔の名残だ。飢饉の頃、配給所で崩れた米袋を夜通し直してたらしい」
「やっぱり……」
噂はまた広がり、誰もが半額王の背中を見つめた。
彼はただ黙って、崩れた弁当の山を崩れないように積み直していた。
シオンが剣を収め、私に一礼した。
「嬢ちゃん……誇りを軽んじたのではなく、理を読んだのか。俺は認める」
「ありがとうございます」
その声は喧騒を切り裂き、私の胸に真っ直ぐ届いた。
私は端の一切れを掌にのせ、息を整えた。
(私の満足は、私自身で決める)
この話時点のキャラクター紹介
リナ:端の温度差を読み勝利するが、「誇りを倒したのか」と揺れる。
ユイ:リナの行動に疑問を投げかけ、常識的視点を提示。
半額王:中央を制しつつ、リナを認める。「満足の定義は人それぞれ」。配給所で米袋を直していた過去の噂が広がる。
シオン:リナの理を認め、敬意を示す。
マリオ/ドワーフ/セレナ/火魔法少女:戦場を混沌にし、賛否の声を強める。
群衆:勝敗の定義を巡って二分化。皮肉・怒号・爆笑が入り乱れる。