第6話 ぷるぷる半額スライムゼリー
夕刻、赤札が灯るより前に、妙な噂が街を駆けていた。
《本日の目玉:スライムゼリー(半額)》
木台の上に並んだのは、透明に澄んだぷるぷるのゼリー。
氷の上で光を反射し、宝石のように輝いている。
「食べ物か?」
「毒じゃないのか?」
「《※まだ生きている可能性があります》って注意書きがあるぞ!」
群衆は怪訝な顔をしている。
私は胸を高鳴らせ、小銭袋をにぎった。
「ゼリーなら小食の私でもちょうどいい! しかも不人気なら安く確実に手に入るはず!」
「……その考え方、昨日までのパン耳や汁と一緒でしょ」
横のユイが眉をひそめる。
「今回は嫌な予感しかしないんだけど」
「だ、大丈夫です!」
「未知の食材を食べるのは研究者の義務!」
顕微鏡を抱えた学者風の男が、鼻息荒く前に出る。
「ぷるぷる! 投げたい!」
子ども冒険者の兄妹が両手を広げ、キャッチボールの構えをしている。
「我が愛しのスライムを……食べ物にするなど許せん!」
涙目で叫ぶのはスライム使いの魔術師。
しかし手はゼリーに伸びていた。
「……いや、ちょっとは味見したい」
「どっちだよ!」
観客の総ツッコミ。
店主が赤札を掲げる。
「ルールはいつも通り!」
「買った者の勝ち!」
「争いは――」
「武力に訴えてもよし!」
ぱちん。半額。
ゼリーたちはぷるぷると震え、ぴょんっ、ぴょんっと跳ね始めた。
「網目構造が美しい!」
学者が顕微鏡を覗いて大絶叫。
「キャッチ!」
兄妹が投げ合い、ゼリーが空中を飛び交う。
「愛してる! だが食う!」
スライム使いが涙ながらに抱きつく。
観客は頭を抱える。
「戦場というより……見世物小屋だな」
「こいつら全員アホだろ」
私は木台の隅を見た。
氷の角に小さなゼリーがひっそりと震えている。
(……これだ! 銅貨一枚で満腹感ゲット!)
容器にそっとすくい、銅貨一枚を店主に渡す。
店主の木札が鳴る――「購入成立!」
恐る恐る口に含む。
――ひやり。
舌の上でぷるぷる震え、ほんのり甘みが広がった。
「……美味しい!」
私は感動に目を潤ませた。
……だが、ゼリーは勝手にぷるぷる震え出し、スプーンから容器に戻っていった。
切り口がじわじわ再生し、また元の形に戻る。
「……まだ生きてる!?」
観客の悲鳴。
「食い物じゃねえ!」
「ペットじゃん!」
「……かわいい!」
私は衝動的に抱きしめてしまった。
「リナ!?」
ユイが絶句する。
「嬢ちゃん」
ロングコートの影――半額王が歩み寄った。
「それはもう食い物じゃなくてペットだ」
「ぺ、ペット……」
「節約の敵はな、意外と身近にいる。名前をつけ、世話を始めた時点で、それは“衝動買い”だ」
ユイが額を押さえる。
「リナ……氷代いくらかかると思ってるの? 私が世話まで手伝う羽目になるんだけど!」
「……す、すみません。でも、満足しました!」
「財布は満足してないでしょ!」
翌朝。
氷代で財布の銅貨がごっそり消え、私は家計手帳の収支欄に赤字を走らせていた。
《スライムゼリー:氷代出費 →赤字》
「……財布が……軽い……」
私は机に突っ伏した。
隣でユイがため息をつく。
「だから言ったのよ……」
ゼリーはぷるぷる震えながら私の指を舐める。
子どもが指を差して笑った。
「あ、ゼリーがペットになってる!」
老婆が鼻を鳴らす。
「昔は皮すら食ったもんだが……いまは遊びで買うのかねぇ」
商人が皮肉っぽく言う。
「赤字客が出ても、市には寄付金が入る。まあ回る仕組みってわけだ」
群衆が一斉に声を揃える。
「「「もう節約じゃねえ!!!」」」
私は赤字の手帳を見つめながら呟いた。
(……失敗。けど、この失敗を次に生かす)
この話時点のキャラクター紹介
リナ:衝動買いでゼリーをペット化。家計手帳に初めて赤字を記録。
ユイ:世話を手伝わされ、財布への打撃を冷静に指摘。
半額王:「節約の敵は衝動」と諭す。
学者:網目構造に興奮する変人。
子ども冒険者兄妹:ゼリーを投げ合う。
スライム使い:愛と食欲の矛盾に苦しむ。
群衆:老婆、商人、子どもなどが多彩な反応を返す。