第5話 小ドラゴン唐揚げ争奪戦
市場にざわめきが広がっていた。
「今日は珍しいらしいぞ」
「滅多に出ない品だ」
掲示板には、見慣れぬ赤札。
《本日の目玉:小ドラゴンの唐揚げ(半額)》
黄金色に揚げられた肉塊の山。
衣はきつね色に輝き、油から上がったばかりのようにパチパチと小さく鳴っている。
香りは濃厚で、辛香の赤が混じって鼻を刺した。
「こいつは……高級品だ」
「庶民が手を出せるのは半額の時だけだな」
群衆の目はギラギラと光り、まさに戦場の空気だった。
「ドラゴンは我らの誇り!」
剣を腰に下げ、銀のマントを翻す青年が前に立つ。
彼の名はシオン。竜騎士の見習いであり、最近市場に姿を見せ始めたと噂されていた人物だった。
「半額だろうと軽んじることは許されない!」
「唐揚げは音が命!」
鉄鍋を肩に担ぐドワーフ料理人が油煙を吸い込みながら叫ぶ。
「このパチパチは、黄金の合図だ!」
「辛口こそ正義!」
赤瓶を掲げて踊るのは再登場の火魔法少女。
「ドラゴンも炎で燃やせばもっと美味しい!」
「燃やすなー!」
観客が総ツッコミ。
「リナ、今日こそ肉を食べなさい」
横のユイが鋭く囁いた。
「約束、忘れてないでしょ」
「……覚えてます。でも私は――」
唐揚げ山の音と香りに、喉が鳴った。
(危ない……でも、衣片で十分……!)
店主が赤札を掲げる。
「ルールはいつも通り!」
「買った者の勝ち!」
「争いは――」
「武力に訴えてもよし!」
ぱちん。半額。
――戦場が開いた。
シオンが剣を抜き、刃は抜かず峰で客の突進を制する。
「秩序を守れ! 誇りを汚すな!」
ドワーフ料理人は鉄鍋を振り回し、追い油をかけて衣をさらにパリパリに仕上げる。
「今が最高潮!」
火魔法少女は「辛口ソース!」と叫び、唐揚げの一角を真紅に染めた。
「やめろー!」
「ソースを撒くな!」
群衆の怒号が響く。
市場全体が炎と煙と音に包まれ、唐揚げの山は戦鼓のようにパチ……パチ……と鳴り続けていた。
(音だ……!)
私は山の麓で飛び散る衣の破片を薄紙で受け始めた。
カリッと砕ける予感が耳に届くたび、鼓動が高鳴る。
「嬢ちゃん!」
煙の向こうから低い声。ロングコートの影――半額王が歩み寄る。
「衣は音だ。音で満足を立てるなら、それも戦術だ」
「はい!」
私はひと欠片を口に放り込んだ。
カリッ。
小さな花火が鼓膜を弾き、香辛の香りが広がる。
「……美味しい!」
舌に肉の記憶が蘇り、体がふわりと軽くなった。
「待て」
鋭い声が響く。シオンがこちらを見ていた。
「竜の誇りを、衣の音で代替する気か?」
「はい。私はこれで満足です」
「……理解できん」
シオンは唇を噛んだ。
その時、山の端から唐揚げ本体の一切れが転がり落ち、私の足元へ転がった。
油の湯気が鼻を直撃し、指先が一瞬伸びかける。
「リナ」
ユイが手首を掴んだ。
「“いつか食べる”は、今ここじゃないでしょ」
私は息を吐き、手を引っ込めた。
「……ありがとう。危なかった」
私は衣の破片を集め、銅貨一枚を店主に差し出した。
店主の木札が鳴る――「購入成立!」
一口ごとに響く音の三重奏――カリ、ザク、ハラッ。
肉を食べずとも、音が満足を立ち上げてくる。
「嬢ちゃん」
半額王が低く言った。
「音で食う。悪くねえ。だが――忘れんな。戦場の王は肉を食う者だ。下限を削る節約は、命を削る」
「……はい。覚えておきます」
ユイが腕を組み、呟いた。
「覚えるだけじゃなく、実行するのよ」
「いつか必ず」
「その“いつか”が遠のいたら、私が叱るから」
老婆がぽつりと呟く。
「……肉は若いうちに食わにゃ、力はつかんぞ」
子どもが笑って指を差す。
「あの人、衣で喜んでる!」
商人が鼻を鳴らす。
「肉を買わないなら、利益にならんな」
群衆の声が混じり合い、戦場を包み込んだ。
この話時点のキャラクター紹介
リナ:衣=音で満足を得るが、本体に惹かれかける。ユイに止められ、約束を再確認。
ユイ:常識人。リナを制止し「約束を守れ」と釘を刺す。
半額王:「衣は音だが、肉を食う者こそ戦場の王」と教える。
シオン:竜騎士見習い。誇りを重んじ、リナの衣満足を理解できずに戸惑う。
ドワーフ料理人:音で揚げ頃を読む職人。
火魔法少女:辛口ソースを乱舞させ、場を混沌にする。
群衆:子ども、老婆、商人など多彩なツッコミ。