第4話 美と倹約はサラダで決まる
昨日の干し肉戦の疲れが残る夕刻。
私は小銭袋をにぎり、掲示板を見上げた。
《本日の目玉:魔法ハーブサラダ(半額)》
木台の上、大鉢に盛られたサラダは宝石のようだった。
赤いトマト、緑のレタス、紫の玉ねぎ、そして銀糸のようなハーブ。
魔石灯に照らされ、青白く輝いている。
「サラダなんて贅沢品……でも今日は必要かも」
私は呟いた。
「耳と汁飯ばかりじゃ、栄養が偏る」
「そうよ!」
横でユイが身を乗り出す。
「リナ、最近顔色悪いのよ。ちゃんと野菜食べないと倒れるわよ」
「……でも銅貨一枚で済ませたいし」
「どうせ狙うのは端っこでしょ」
「はい。端にこそ滋養の真実があるんです」
「またそれか……」
ユイはため息をついた。
前に進み出たのは、黄金の髪を揺らすエルフ美容姫セレナ。
鏡を片手に声を張る。
「このハーブは森の宝、美の源! 肌も髪も声も、全てはここからよ!」
「滋養は外皮に宿る!」
対抗したのは例のエルフ僧侶。杖を掲げ、説法の声を上げる。
「外衣を食すことでこそ、真の癒しが得られるのだ!」
「美は層よ!」
「滋養は外衣!」
二人の論争は一歩も譲らない。
「毛並みにはビタミンだニャ!」
机に飛び乗ったのは猫耳獣人の少女。尻尾をぶんぶん振り、トレイに飛びかかる。
「星は告げている……野菜は我に!」
怪しい占い師まで参戦。水晶を抱え、奇妙な呪文を唱える。
「またカオスになりそうだな……」
観客が頭を抱える。
店主が赤札を掲げる。
「ルールはいつも通り!」
「買った者の勝ち!」
「争いは――」
「武力に訴えてもよし!」
ぱちん。半額。
セレナが風魔法でレタスを宙に舞わせ、「美の層!」と叫ぶ。
僧侶が「外衣!」と風を逆流させる。
猫耳の少女が机を疾走し、葉を抱えて跳ねる。
占い師は「野菜は我に……」と唱え、皿ごと引き寄せる。
緑の嵐。市場全体が風に巻き込まれ、群衆の悲鳴と笑いが混ざる。
私は大鉢の隅を凝視した。
トマトの切れ端が一つ、ハーブの葉が貼りついている。
(……これで十分。銅貨一枚で満足できます!)
すり抜け、スプーンで掬い取る。
店主の木札が鳴る――「購入成立!」
一口。
酸味が舌を弾き、ハーブの香りが鼻を抜けた。
小さな切れ端だけで体がすっと軽くなる。
「……これで私も滋養満点!」
「切れ端!? そんなはしたないものを!」
セレナが絶叫する。
「でも……顔がツヤツヤ!? なんでぇぇ!」
「滋養は外皮だろ!」
僧侶が食い下がる。
「毛並み最高だニャ!」
猫耳の少女が頬を撫でる。
「星がそう言っている!」
占い師が水晶を光らせる。
観客は腹を抱える。
「エルフ同士で言ってること真逆!」
「商売にはならん量だな……」
商人が冷静に呟く。
「昔は皮すらありがたかったんだよ」
老婆の声も混じる。
「嬢ちゃん」
ロングコートの影――半額王が現れた。
「サラダはモリモリ食うもんだ。だが……端で滋養を拾う目は悪くねえ」
「ありがとうございます! これで私は満足です!」
「だがな――分けても満足は減らねぇ」
王が静かに言う。
私は切れ端を二つに分け、ユイに差し出した。
「……ありがとう。少し安心した」
ユイは頬を緩める。
「ワンも欲しい!」
犬獣人少女が尻尾を振る。
私は残りをちぎって渡すと、少女は夢中で頬張った。
自分の口に入る量は減ったはずなのに、胸の奥はむしろ温かく膨らんでいた。
(……分け合うと、心の満足は広がるんだ)
この話時点のキャラクター紹介
リナ:サラダ戦でトマト片+ハーブ葉を拾い、初めて“分け合う満足”を体験。
ユイ:リナに栄養を取らせ、分けてもらい安堵する。
半額王:「分ければ香りが広がる」と助言。
セレナ:美容狂。リナのツヤ顔に発狂。
エルフ僧侶:滋養は外皮と主張。セレナと対立。
猫耳の少女:毛並みのためにサラダに飛び込む。
占い師:星の導きを理由に参戦。
群衆:商人、老婆、子どもなど、多彩な反応で市場を彩る。