第3話 硬い肉と節約の牙
昨日の白湯スープで心を満たした翌日。
私は財布をにぎりしめながら市場の掲示板を見上げた。
《本日の目玉:干し肉弁当(半額)》
保存性抜群、冒険者の必需品。
だが干し肉は固く、小食の私にはきっと消化に悪い。
それでも、戦場の熱気に押されて体が前に出る。
「肉は噛めば噛むほど味が出る!」
太い腕を振り上げたのはドワーフ鍛冶師。鉄槌のような拳で木蓋を叩き割りそうな勢いだ。
「肉を食わぬ戦士に誇りはない! 肉は魂そのものだ!」
吠えたのはオーク冒険者マリオ。
昨日のパン戦でも騒いでいた彼だが、今日の目はさらに血走り、宗教家めいた気迫を帯びていた。
「私は肉断ちをしているのです」
しかし祈りの声を上げながら、なぜか前線に突撃する修道女。
「……信仰と食欲は別です」
「どっちだよ!」
観客の即ツッコミ。
隣のユイが私を横目で見た。
「リナ……昨日もスープの端。今日もまた端を狙う気でしょ」
「はい。固い肉は私には過ぎます。でも――」
私は木台の角を見据えた。
弁当の米に、干し肉のタレがじわりと染みて赤茶に色づいている。
「……あそこには少なくとも満ちる幸福があります」
「また出た……でも倒れたら看病するのは私だからね」
店主が赤札を掲げた。
「ルールはいつも通り!」
「買った者の勝ち!」
「争いは――」
「武力に訴えてもよし!」
ぱちん。半額。
ドワーフが弁当塔を抱え込み、マリオが頭突きで突進する。
がらん! 木箱が崩れ、弁当が床を転がる。
修道女は祈りながら二つを懐に収める。
「神よ、これは共同体のために……」
「個人用ポケットじゃねえか!」
群衆の大爆笑。
(今だ!)
私は小さな押し蓋を取り出し、崩れた弁当の一角を押さえた。
米の表面に力をかけると、タレが隙間にじわじわ流れ込み、色が濃くなる。
甘じょっぱい香りがふわりと立ち上り、角全体がひとつの宝石のように輝いた。
「計量お願いします」
私はその角だけを小椀に掬い、銅貨一枚を差し出す。
店主の木札が鳴る――「購入成立!」
一口。
固い肉を噛まずとも、旨味が米に線を描いて広がった。
「……美味しい」
胸の奥が温かく満たされる。
「嬢ちゃん」
ロングコートの影――半額王が現れた。
「汁は米に道を見つける。嬢ちゃんは道を作った。角を押し、線を通すその手は悪くねえ」
ユイが腕を組む。
「でも、やっぱり肉は食べてないよね」
「私はこれで十分です」
「満足はわかる。でも身体は肉を求めてるの。冒険者として動く体を削ったら危ない」
彼女の目は真剣だった。
「……わかりました。いつかは肉を食べます」
「約束だからね」
ユイの声は観客のざわめきに混じってもはっきり届いた。
マリオが肉を掲げて咆哮する。
「肉こそ戦士の誇り! 魂だ!」
ドワーフが腕を振り上げる。
「黙れ! 噛めば味が出る、それだけだ!」
修道女は祈る。
「信仰と保存のために……」
「いやだからどっちなんだよ!」
観客が再び大爆笑。
子どもが母親の袖を引っ張りながら囁く。
「ねぇ、あのお姉ちゃん……ご飯だけで笑ってるよ」
母親は苦笑して答える。
「……まあ、人それぞれだよ」
私は最後の一口を噛みしめ、角に染みた味を心に刻んだ。
(少なくとも、ここには確かに満ちる道がある)
この話時点のキャラクター紹介
リナ:干し肉ではなく、タレ染みご飯で満足。「いつか肉を食べる」とユイに約束。
ユイ:リナの健康を気遣い、「肉を食べる約束」を取り付ける。
半額王:「汁は米に道を見つける。嬢ちゃんは道を作った」と評価。
マリオ(オーク):肉=魂と信仰的に叫ぶ思想キャラ。
ドワーフ鍛冶師:力押しで塔を崩す豪快キャラ。
修道女:肉断ち信仰を唱えながら肉を奪う矛盾体。
群衆:大人は皮肉、子どもは素直な驚き、笑いの声で場を彩る。