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第5章:継承

— 春、X921年


「ん〜〜…すっっぱ!」

彼女は唇をすぼめ、目をぎゅっと閉じた。

「……あっ!急に甘くなった!もう一個ちょうだい!」


カリーはもう一粒、梅干しを口に放り込んだ。


今日はちょっとした変装をしていた。

彼女は今、九歳。兄たちが生まれた町、カラドを見てみたかったのだ。

だが、両親は何度も何度も理由をつけて彼女を連れて行かなかった。

それでも彼女の可愛さに、サイモンはつい心を溶かされてしまった。


それで今日は、大きめのギャツビー帽をかぶり、自家製の毛織りの緑のワンピースを着ていた。膝下までの丈で、靴は少し擦れてはいたが、きちんと手入れされていた。


「おはよう、かわいこちゃん」

優しいおばあさんが声をかけた。


「おはよう」

店主が帽子を軽く持ち上げて挨拶した。


「おはようございます!」

カリーは満面の笑みで返した。

「わぁ、町の人たちってすごくフレンドリーだね、お兄ちゃん!村の人たちみたい!」


彼女は兄の手を握った。


「う、うん。引っ越す前と変わらないよ」


カラドは彼の生まれた町だった。

エルフの村の方が好きだとはいえ、ここも彼にとっては特別だった。


カリーの目は輝き、尻尾を振る子犬のようだった。


「あっ!見て見て、お兄ちゃん!あなたの耳と同じ人たちがいっぱいいるよ!」


「わっ、指さすなってば!」

彼は彼女の手を押し下げた。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」

彼女はぺこりと頭を下げた。指をさされた女性はただ笑って、そのまま通り過ぎた。


その後も彼女はあちこちの屋台へと走っていった。

そんな彼女についていくのは、想像以上に大変だった。


病弱でか細いはずだったのに、

どこからそんなエネルギーが出てくるのか――驚きだった。


「見て、お兄ちゃん!すごくキラキラしてる!」

「あのネックレス見て!」


彼女が指差したのは、装飾品の屋台だった。

そこには指輪やネックレスが並べられていた。


「お嬢ちゃん、ひとつ見ていかないかい?」

男は顎を手に乗せ、口を開いた。

彼の顔は長い帽子に隠れており、声はしゃがれていた。


「見ていかないか?」

カリーは首をかしげた。


「“Cast yer glisk”ってのは“ちょっと見ていきな”って意味さ」

サイモンが後ろから歩み寄って説明した。

「ごめんなさいおじさん、見てるだけで買うつもりはないんです」


男は帽子を少し持ち上げた。


「お前さん、フィンレイの息子じゃろ?」


サイモンはまばたきをした。

「あっ、えっと…」彼は口ごもった。


「何だそのやましい顔は?衛兵詰め所はすぐそこだぞ」


サイモンはごくりと喉を鳴らした。


「えーとですね、実は…プレゼント探しに来たんです!そう、父さんへのプレゼントを!」


彼はカリーを軽く小突いた。


「な、なんで叩くの?――あっ!そうだよ!パパへのプレゼント!」


男はまた帽子を深く被った。


「そうかそうか。じゃあ、うちの品を見ていくといい、お得意さん」


数分後――


「まいどあり、坊やたち」


サイモンは空になった小銭袋を見つめた。

「おこづかい…全部なくなった…」

彼は噴水のそばに腰を落とした。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん!私のおこづかいからあげる!」


彼はまばたきをした。

「……なんか、それ余計にへこむなぁ…」

ため息をついた。


そのあと、彼らは町の子供たちと鬼ごっこに巻き込まれた。


「私はイシェアベイル!一緒に遊ぼうよ!」


色白の少女はパーソナルスペースという概念がなかった。


「えっ、でも私たち――」


「うん!遊びたい!」


カリーは相変わらずの元気さで飛び込んでいった。


彼らは約2時間遊び、子供たちにとってはあっという間だった。


カリーは当然のように、お兄ちゃんと一緒に隠れようとした。


「他のとこに隠れなよ」

彼は優しく彼女の顔を押しのけた。


「やだ〜!一緒に隠れたいの!お兄ちゃんシィと!」


サイモンは樽の中に体を押し込もうとしていたが、彼女も入りたがっていた。


「二人見つけたー!」


少年が叫んだ。


サイモンはため息をついた。

「だと思った…」


日が沈みかけていた。


「おい、ちゃんと前見て歩かな――」


ボフッ


誰かにぶつかった。


「わっ、ごめんなさい!」彼女はすぐに謝った。


「ああ、いいんだよ嬢ちゃん、ただ――」


「!!!」


「ん?どうした、おっさん?」


彼女は服の埃を払ったが、男の目はある特徴に釘付けだった。


「悪魔の耳だ!」

男が叫んだ。


賑やかだった町は、森が静まり返るようにぴたりと止まった。


サイモンは凍りついた。

どうすればいいか分からなかった。

これこそが、両親が彼女を外に出させなかった理由だった。


彼は両親の願いに背き、自分だけでなく――妹も危険に晒してしまった。


群衆は彼らの方を見てざわめいた。


男は彼女を突き飛ばした。

「離れろ!悪魔め!」


彼の目は恐怖に見開かれていた。


「や、やめろよ!触んな!」


サイモンは彼女の元へ駆け寄り、自分の体で彼女を覆った。


「悪魔の子か?」

「その耳…呪われてる。近づかないで」

「化け物」

「悪魔」

「異端者」


そんな言葉と負の感情が、波のように広がっていった。

サイモンは無意識のうちに周囲の音を遮断し、

自分の鼓動だけが耳に響いた。


「…い」

「坊や」

「おい、坊や」


サイモンは顔を上げた。


若い男が歩み寄ってきた。カリーの帽子を手に持って。


どこかで見たような顔だった。

髪は銅色で横に流れ、目は鋭く洞察的だった。

文句なくハンサムだ。


町の男のように、ウールのベストにツイードのズボンを履いていた。


「一緒に来な。家まで送るよ」

男は目を閉じ、穏やかに笑った。

「誰かが調子に乗って、君たちに何かする前にね」


「えっ…あ、ありがとうございます」


サイモンは帽子を受け取り、カリーの頭にそっと被せた。


彼は彼女の表情を見た。


悲しみでも絶望でもなく――


ただ、“困惑”していた。


「さあさあ、解散だよみんな。子供相手に睨みつけるなんて、大人らしくないよ」

男はそう言った。


群衆はざわめいた。敵意は少し和らいだが、完全には消えなかった。


男は明るく大きな笑みを浮かべ、十分に信頼できる雰囲気だった。

サイモンは彼を信じた。


彼が自分をあの呪縛から解いてくれたのだから。


そして、彼らはカラドを後にした。

その日の旅は、こうして幕を閉じた。



男は、帰り道ずっと和やかな雰囲気を保っていた。


「好きなお菓子は何かな?」


「えっと…アップルパイです!」カリーが答えた。


その男は子供の扱いに慣れているようだった。年の頃は二十代前半といったところ。ここラオナハでは、その年齢で子供がいても珍しくない。


「アップルパイか、いいセンスだなあ。」


彼の笑顔で目が三日月のように細くなった。


草原の広がる「グラッシー・ムーアズ」を歩く二人。見渡す限りの丘が波のように連なっていた。


サイモンはほとんど口を開かなかった。両親に内緒で妹を町へ連れて行き、知らない男に助けられ、家まで送られた——その罪悪感が胸に渦巻いていた。


男はそんな彼の気持ちを見抜いたのか、サイモンの頭に手を乗せた。


「ちょ、なにすんだよ——」


「妹を守ったんだな。年齢の割にはいい勘をしてる。」


「年齢って…もうすぐ十三だよ!」


「じゃあ、今は十二か。ええ心構えやな。家族は男の守るべきもんや。お父さんにもそう言えば、叱られるのも少しは軽くなるんちゃうか。」


「……そうだといいけど。」


やがて、彼らはエルフの村へとたどり着いた。


門の前にいた男たちが人間の同行者に驚いた様子だった。


「サイモン、カリー!どこに行ってたんだ?カイリーが心配してたぞ……それと、そちらの方は?」


「この人が助けてくれたんだ、ユアン……ごめん、町に行って——」


「町に?!」ユアンの目が見開かれた。


「この坊やとお嬢ちゃんが、道に迷った俺を助けてくれてな。礼に家まで送ってやっただけさ。」


嘘とは思えないほど自然な口調だった。


「そうか……」ユアンはうなずいた。

「とにかく、カイリーのところに行きなさい。

あなたは……ここに入るには、事前の連絡が必要です。」


「わかってるよ。そんな怖い顔しないでくれ、ちゃんと理解してる。」


両手を上げて、軽く笑うように肩をすくめた。


「お二人とも、気をつけてな。これからの人生に幸あれ。」


そして、またあの狐のような笑顔を浮かべて、手を振って去っていった。


——ついに、報いを受ける時が来た。



サイモンとカリーが玄関を開けると、いろんな匂いが漂ってきた。


甘いのやら、しょっぱいのやら、スパイスやら……まるで祭りの屋台のような香り。


キッチンにたどり着くと、その原因が一目瞭然だった。


テーブルいっぱいに広がる料理の数々——

パイに、ミンス&タティーズ、ショートブレッドが塔のように積まれていた。


どう考えても、作りすぎである。


「二人とも……どこに行ってたの?無事なの?」

カイリーは腰に手を当てて、精一杯厳しい表情を作っていたが……それは叱るというより、拗ねた猫のように見えた。


「……町に行ったんだ。」サイモンがぼそりと答える。


「何ですって?カリーを連れて?」


「はい……すみません。でも——」


「言い訳は通用しないわ。何度も言ったでしょう?彼女を連れて行くなら、私かお父さんと一緒でなきゃダメだって。」


彼女の声に怒鳴りはなかった。

……それが余計に堪えた。


「お兄ちゃんを責めないで、ママ!私がお願いしたの!私が無理矢理!」


カリーは必死でかばったけど——


「でも兄としての責任があるわ。ちゃんと私たちに相談すべきだったの。」


「……」


「その手……ケガしてるじゃない!?」


カイリーがカリーの手を取り、傷を確認した。


「ただ転んだだけ、マナ。」


彼女はサイモンの目を見た。


サイモンは目をそらした。

嘘はつけなかった。


「……男に、突き飛ばされて。」


「なんですって?どうして?」


「……わからない。帽子が飛んで、それで……耳を見られて……みんな、変わった。」


サイモンは顔を歪めた。


「見られたのね……」カイリーが呟く。


「マナ……"デビルイヤー"って何?」カリーが尋ねた。


「!!」


カイリーは彼女の肩に手を置いた。


「何でもないわ。悪い人たちが人を傷つけるために使う言葉よ。」


彼女は娘を抱きしめた。

その肩は微かに震えていた。


サイモンは顔を背けた。


——恥。


それしかなかった。


「……お父さんが帰ってきたら、きちんと話しましょう。

それまでは、自分の部屋へ行きなさい。」


すべてが終わったように思えたが、一つだけ気になることがあった。


「その……このご飯、どうしたの?」


カイリーの頬が赤くなった。


「……そのね、あんたたちがどこにいるかわからなくて、不安で……料理してたら落ち着くかなって、つい作りすぎちゃって……」


「……ううん、全然……」


父が家に戻り、事の顛末を知ったとき——それはもう、相当に怒っていた。


カイリーが慌ててなだめに入った。


「落ち着いて、あなた。悪気があったわけじゃないのよ。罰を与えても、意味なんてないわ。」


そんな時、イゼキアルが帰宅し、家族の騒動のど真ん中に飛び込んできた。


「今度は何したんだ?」

ドアをスライドさせて閉めながら、そう問いかけた。


「カリーを町に連れて行った…」

サイモンは唇を固く引き締めた。


「バカか。何でそんなことを?行くなって言われてただろうが。」


イゼキアルは重いため息と共に荷物を下ろした。


「お前にだけは言われたくない。家に全然いないくせに、何がわかるんだよ。」


「家にいないのは、未来のために動いてたからだ、バカ者。」


そう言って、彼は一通の手紙を父に渡した。


「それは何だ、イゼキアル?」


フィンレイは手紙を受け取り、開封した。


その瞬間、彼の表情ががらりと変わった。


「プロスペレールの騎士団から…?」


一拍おいて——


「うおおおおおっ!うちの子が騎士になるぞぉ!」

フィンレイは叫んだ。

「祝わないとな!それと…この料理の量はなんだ?まさか、あらかじめ知ってたのか?」


「へっ?あっ……料理は……」

カイリーは手をもじもじと擦り合わせながら視線を逸らした。耳がピクッと揺れた。


そして、経緯を説明した。


「とにかく!我らがイジーの騎士団合格を祝うぞ!」


「やったー!騎士だぁー!」

カリーが飛び跳ねながら喜んだ。


フィンレイは満面の笑みを浮かべた——が、すぐに目を細めてサイモンとカリーを睨んだ。


「……とはいえ、お前たち二人は、しっかりお灸を据えられるぞ。」


「……やったぁ、騎士団……」

カリーは小声でつぶやき、サイモンの後ろに隠れた。


——結果として、二人は数ヶ月間、外出禁止となった。


だが、サイモンにとって罰そのものは大した問題ではなかった。


何よりつらかったのは、すでに距離のあった兄との間に、さらに大きな隔たりができたことだった。


そして——


ついに、カリーの出生にまつわる真実を伝えざるを得なくなった。


世界の真実


この世界には、特別な存在が二ついる。


ミュトス(Mythos) と ヒューマン(Humanity)。


この世には、七柱の天使の加護とは無関係に「生まれながらの力(固有特性)」を持つ種族が存在する。


例えば——


エルフ:霊との深い結びつき


巨人:驚異的な筋力と耐久力


ドワーフ:器用さ、鉱石感知、元素耐性


ドラゴン/リザードフォーク:火炎の息、耐熱性、擬態能力


これらの特性により、長らく人類は支配されていた。


人間には生まれつきの特性がなく、抵抗する力もなかった——


そう、七柱の天使がこの世界に降り立つまでは。


彼らが授けた「魔法」という奇跡によって、人類は初めて反撃の手段を得た。


こうして始まったのが、大ミュトス戦争である。


一部のエルフやドワーフたちと手を組んだ人類は、支配を打ち破り、自由を勝ち取った。


人類は繁栄し、人口は爆発的に増加し、技術も進化した。


——だが、種族間の緊張は未だ根強く残っている。


片方が、もう片方を完全に許したわけではない。


そして、不幸にも…カリーはその狭間に立っていた。


ハーフエルフは、災厄の兆しと見なされている。


「神の逆鱗に触れた子」「忌まわしき混血」「異形の災い」


そんな風に扱われるのが現実だ。


人間とエルフの生物学的相性は似て非なるもの。

子を成すことは非常に稀で、成功すれば奇跡と讃えられる一方で、恐怖と偏見の対象にもなる。


特に、半分だけエルフである者たちは——


「下位存在」として蔑まれることも少なくない。


「じゃあ…あの酷い言葉って…」

サイモンは拳を固く握った。

「生まれた理由だけで、カリーを見下したってことか?意味わかんねぇ…オレが、あんな所に連れて行かなければ…」


「全部があなたのせいじゃないわ。」

カイリーは優しく言った。

「もっと早く伝えるべきだったの。私たちの判断ミスよ。」


「……」


「オレが、守る。」

サイモンは立ち上がった。


「世界がカリーを受け入れないなら、オレが受け入れる。」


「サイモン……」

カイリーはその名を小さく呼んだ。


サイモンはカリーに向き直った。


「絶対に、兄ちゃんがついてる。誰にも、お前を傷つけさせない。」


彼は自信ありげな笑みを浮かべた。


カリーは目をこすって——


「カリーも強くなる!」

胸を張って立ち上がった。

「ちょっと怖かったけど……でも、いじわるになんて負けない!大きくなるもん!」


フィンレイが二人の頭をわしゃわしゃとかき回す。


「なんだ、お前ら。悪口なんて、水を弾くカモの羽みたいだな!」


「パパ!髪がぁ!せっかく整えたのにぃ!」


そう言いながらも、カリーは嫌がらずにその手を受け入れた。


サイモンも、少しだけ笑った。


——それでも、罰はしっかり、数ヶ月続いたのだった。

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